6話 見える者同士
「た……倒せたのかしら?」
加奈子が首を傾げると、朔は小さくうなずく。
「やりました。もう、安心です」
一息つくと、朔はムカデの死骸を数珠から外そうと手を伸ばした。そのとき、数珠の一部が切れていることに気づき、慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 弁償しますので……」
朔の謝罪に、加奈子は柔らかく微笑んだ。
「いいのよ、顔を上げて」
彼女は数珠をそっと撫でながら、懐かしむように語り始めた。
「これは、夫からもらったものなの。もらったとき、彼はこう言ったわ」
加奈子の顔が柔らかく微笑む。
『これで目に見えぬ者たちから人々を守るんだ。幽霊のことを信じない奴らでも、我らを馬鹿にするような奴らでも。見えるというごく一部の人にしかできないことを、お前がやるんだ』
「……なんてね。今思えば、ただカッコつけたかっただけかもしれない。でも――」
加奈子は絡まった数珠を手慣れた様子で解きながら、静かに続けた。
「あの言葉が、私を勇気づけてくれた。これでお金を稼ごうとか、思えるくらいには。だから、きっと、誰かを助けるために壊すくらい、夫は許してくれるわ」
彼女の目には、薄らと涙が浮かんでいた。
朔は視線を外し、静かに言葉を紡ぐ。
「……良い旦那さんだったんですね」
普通の人には見えないものが自分には見えてしまう。そのことを気味悪がられ、隠して生きる辛さ。そんな中で、自分を信じ、支えてくれる人の存在がどれほど大切か。加奈子にとって、夫はまさにそういう存在だったのだろう。
しかし、その支えを失ったときの恐怖は、計り知れない。
朔は森の中へ差し込む光の方へと歩き出した。
「忍と合流しましょう。ここでのことを伝えないと」
「ええ、わかったわ」
朔は後ろからついてくる加奈子に振り返り、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。
「きっと、あなたにとっての旦那さんの代わりなんていないと思います。でも――」
彼の瞳は、純粋な想いを湛えていた。
「俺たちでよければ、いつでも支えになりますよ。同じ“見える者”同士として」
加奈子はその言葉に、優しい笑顔で応えた。
「ありがとう、朔君」
すると加奈子がふと頼へ問いかける。
「そういえば朔君たちって、能力者なのよね」
「ええ。俺は”雷を操る”能力を、忍は”炎と水を操る能力"を持っています」
「そうなのね。私、能力者とは初めて会うわ」
まあ、当然だろう。能力者は基本、差別され軽蔑されてしまうものなので、自身が力を持っているこに気づかれたら、相当コミュニケーションが得意でなければぼこぼこにされて、そこで人生詰んだも同然になるのだから。
「加奈子さんは、能力者は怖くないんですか?」
「ええ、全然」
その質問に意外にも加奈子はさらっとこたえた。
「今までは、あんまり好きではなかったわよ。大体犯罪者としてニュースに出てるの能力者だったし。でも」
森から差し込む光が眼前に迫ったと同時に耳に入った言葉に、朔は目を見開いた。
「あなたたちのおかげで、悪いイメージがどこかへ吹き飛んで。能力者が全員悪いやつではないって、わかったわ。ありがと」
「……どういたしまして」
気恥ずかしさからか顔を見ることはできなかった。
でも、その一言が、朔の心の支えになることは、確実だった。
<"Sinobu"side>
* * * * * *
屋敷から出ると、ちょうど朔の顔が視線の先に入り込む。
「よっ、倒せたか?」
朔が気軽に話しかけるが、先程の事があってかあまり良い顔ができない。
朔が一息つきながら尋ねると「まあね」と、軽く返す。
「朔君こそ、ちゃんと倒せたのかい?」
忍がからかうように言うと、朔は胸を張って答えた。
「もちろん、加奈子さんと協力してぶっ倒したぜ」
「ほお〜、ようやった、ようやった。褒めて使わすぞ、朔よ」
「なんで上からなんだよ……」
忍が周囲を見渡しながら、朔に問いかけた。
「ねえ、本当に全部倒したの?」
その問いに、朔はきょとんとした表情を浮かべる。
「え?いや、もういないだろ。気配だって……あれ?」
どこからか感じる視線。
反応を見るに、忍が言うまでは気づかなかったのか。
すると少し顔が青ざめた朔が一言。
「なあ……加奈子さん……いなくね?」
まさかの加奈子がその場から姿を消していた。
「何言ってんの〜、そんな、すぐいなくなるわけ〜……って、本当にいないじゃん!」
忍と朔はすぐさま周囲を探し始める。
そのとき、茂みの中へと駆けていく加奈子の姿が忍の視界に映った。
「あ、いたぁ〜!」
二人は加奈子を見つけると、すぐに走り出す。
「加奈子さ〜ん、待ってぇ!」
「あそこって、視線を感じた場所だよな!」
朔の言葉に、忍は慌てて反応する。
「マジじゃん!なら、余計に危ないよ!」
急いで少し森に入ったところの茂みを急いで覗き込む。
すると、そこには加奈子がちぎれた数珠を持ち、それを叩きつけようとしている姿が。
「待って!!」
忍は振り上げた加奈子の腕を咄嗟に掴む。
「え!?なんで止めるの!?コイツもきっと主犯の中の一人よ!」
「コイツってどいつですか!!」
忍は茂みの中へと視線を移す。
そこには、16歳ほどの右目が赤で、左目が青のオッドアイ。
髪は金髪の少女の下級霊が蹲っていた。
「多分、この子、今回の事件には関係ないですから!だから、やめて!」
こんな下級霊の女の子ができる事なんて、たかが知れているのに、今回のような大掛かりのことをするとは思いない。
忍が必死に止めようとするが、加奈子は抵抗を止めない。
「やめて!ずっと忍ちゃんのところまで行くときに視線を二つ感じてたの!絶対こいつがその視線の一つよ!だから、止めないで!」
「だから、それはたまたまで!」
いくら加奈子に言い聞かせても止まる気配がない。
「二人がすごい能力者なのは分かるわ!でも、だからって、全部あなた達に任せる訳にはいけないの!私も、仇を打ちたいの!」
興奮してしまった加奈子は、目の前に仇がいるとでも思ってか、ずっと騒ぎ散らしている。このままでは埒が開かないと感じた忍は、「あ〜もぉ!」と嘆く。
「朔!加奈子さんの腕持って!」
「え!?」
忍は咄嗟に朔と場所を交代する。
「朔君、やめて!」
加奈子の叫びに、朔は「ごめんなさい!」と叫び返す。
すると、忍はいきなり下級霊の少女の腕を掴み、咄嗟に走り出す。
「え!?」
女の子は小さく声を出すが、忍はそんなことなんて気にしない。
「え、ちょ、どこに行くのよ!」
加奈子の言葉を無視し、忍は山を降りる道へと走っていった。
それから忍は息を切らしながら、タクシーを利用し加奈子と朔を張り切って自宅へと戻った。
「はぁ……はぁ……なんとか逃げ切れたかな……」
この自宅は、加奈子が最初に依頼に来た場所であり、すでに場所も知られている。
「だ、大丈夫?」
忍が下級霊の少女に声をかけると、少女は小さく頷いた。
「よかった〜、なんとか間に合ったんだね。ごめんね、巻き込んじゃって」
忍が軽く謝ると、少女は小声で問いかけた。
「あの……なんで私のこと助けたんですか? 私、霊ですよ。幽霊ですよ? 怖くないんですか?」
忍は、その言葉に一度顔を挙げ、何かを考える素振りを見せると、ゆっくりと少女の顔を見つめた。
「私が戦ってる時に石投げて、ムカデから助けてくれたの、君でしょ?」
「え?」
少女は気づかれていたのかと言わんばかりの、驚いた顔を見せる。
「それに、君、加奈子さんにずっとついていってたでしょ。覗いてたの、バレバレだったよ」
少女は少し顔を赤らめ、俯いた。
「バレてたんですか……」
「うん。最初に私たちが家から出るときから、ずっとね」
忍は笑顔で答えた。
「見てただろうから分かると思うけど、別に幽霊とかは怖くないよ。特に君みたいな可愛い幽霊さんはね」
少女はからかわれたと思ったのか、少し睨むような目で忍に問い直した。
「それで、助けた理由はなんなんですか?」
忍は正面を向いて座り直し、何かを思い出すように答えた。
「巻き込ませたくなかったから」