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4話 初戦闘と初祓い

 忍は畳の上を大きく転がりながら、タイミングを見計らって素早く立ち上がった。


「イッタ〜。めっちゃ急に来るじゃん!」


 体勢を立て直し、ムカデの方へゆっくりと視線を向けると、忍の顔から一気に血の気が引いた。


 先ほどは一瞬しか見えていなかったが、改めて見てみると、その大きさが規格外だったのだ。

 ぱっと見ただけでも、廊下いっぱいに広がるほどの巨体。まるで建物ごと押し潰してしまいそうな存在感。


「やばぁ……」


 虫が苦手な忍にとっては、視界に入れるのもためらわれる見た目とサイズ。

 あまりの気持ち悪さに、思わず声が漏れと、同時に、ムカデは足をゆっくりと揺らし始める。


「ふ〜……よし! かかってこいや!」


 忍は自分の頬をぺちぺちと二度叩き、気合いを入れる。

 その声に応答するかのように、ムカデはカサカサと鳥肌の立つ音を立てながら、猛スピードで突っ込んできた。


 一度、深く息を吸い、忍は両手のひらをムカデに向けて集中する。

 すると、手の中心へ、川の流れのように水が現れ、みるみるうちに膨らんでいく。


「おぉりゃ!」


 目を見開いた瞬間、水が鋭い斬撃となって風のような速さでムカデへと放たれる。


 ――だが。


 ムカデの硬い体はその斬撃をものともせず、簡単に弾き返す。


「何その硬い体!?」


 忍は迫り来る巨体を、横跳びでなんとか回避。すぐに体勢を立て直し、ムカデの頭を睨みつけた。


「水がダメなら!」


 両手に再び力を込め、今度は炎の玉を作り出す。


 その瞬間――。


 ムカデの長い体が突如くねり、ちょうど尻尾のあたりが忍の位置に差しかかったそのとき、体当たりのように襲いかかってきた。


「う!?」


 不意打ちの一撃に声も出ず、忍は床を転がると、そのままムカデは再び突進してくる。


「イテテ……ってやば!?」


 忍は咄嗟に水を手から噴射し、その反動でなんとか避ける。


  巨体ゆえに動きは鈍いが、攻撃のタイミングは意外と知性があるかのようで、なんとも不気味だ。

 しかも、予測のしずらいくねくねと動く長い体。


「いい加減、一発ぐらい喰らわせてやる!」


 忍はジャンプするのと同時に足の裏から水を噴射して宙に浮き上がると、片手をゆっくりと構えた。


 手のひらに水を集中させ、力を一点に収束させる。

 狙いはムカデの胴体。照準は完璧。


 ――ギュウゥゥゥ……。


 水から鳴るはずのない音が、空間に響く。


 次の瞬間、膨張していた水が一気に収縮し、レーザーのような一条の水撃として放たれる。

 その速度は目にも止まらぬほど鋭く、圧縮された水の一撃はムカデの胴体を見事に貫通した。


 だが、それでもスピードを落とさないムカデは、勢いそのままに顔を持ち上げ、忍へと迫ってくる。


「まず……」


 空中では身動きが取りにくく、回避はほぼ不可能。

 目の前に迫るのは、鋭く光る牙。


「くっ!」


 忍はなんとか体をひねり、攻撃を回避しようとする。


 ――が、太ももに一瞬だけ牙がかすった。


 なんとか着地をすると息を切らしながらムカデを視点の先に捉える。


「いたた……この感じあまり舐めてかからな……い……方が……」


 視界がいきなりボヤける。

 そのとき、頭の奥に、何かが響いてきた。


 ――それは、まるで人々の。


「叫び……声?」


 瞬間、忍の頭の中で大量の叫び声が響き渡る。


『ギャャャャャャ!死にたくない!!』

『なんで私なのぉぉ!!!』

『俺が何したっていうんだよぉぉぉぉ!』


「なに……これ……」


 耳を塞いでも、消えることのない苦痛と憎しみ、そして絶望の声。


「うるさい……うるさい……」


 まるで心に直接叩きつけられるような叫びに、忍は思わず声をあげる。


「うるさい!!」


 そのとき、ふと気づく。

 視界が、まるで紫がかったフィルターを通して見ているかのように歪んでいる。


「え……?これ……」


 無意識に、ムカデにかすられた太ももの傷へ手が伸びる。

 触れると、ぬるりとした嫌な感触が指に残った。


「まさか……」


 嫌な予感が頭をよぎる。


 血に濡れた手をゆっくりと見てみるとそこには、紫の液体。


「ど……く?」


 頭の中で鳴り響く叫び声。

 異様な視界の変化。

 そして、ふらつく足元。


 死ぬほどの毒ではないと思いたいが、あの巨大だ。一瞬だけでもどれほどの毒を入れられたか分からない。


「叫び声で何も……聞こえない……」


 悲痛な叫びがとにかく頭に響いて、うるさく、気が散って仕方がない。


 そのときだった。

 忍の視界に、黒い影が覆いかぶさる。


「へ?」


 ふと顔を上げるとそこには牙を大きく広げたムカデが。


 忍は咄嗟に手のひらを前に突き出し、炎を溜める。


 しかし、あまりにも近すぎた。構える暇すらない。


 手から、足から水を噴射した反動で避けることも、素早く能力を発動することが、まだ忍にはできない。


「こんなところで死んでたまるかぁぁぁ!」


 できないのは分かっている。だが、それでも忍は攻撃をしようと構えようとする。

 その瞬間――


 どこからか、手のひらサイズの石が飛んでくると、ムカデの頭に直撃した。


「ギャウッ!?」


 ムカデはまるで人間のような声を上げ、石の飛んできた方向に視線を向ける。


 ――ほんの一瞬、隙ができた。


「おらぁぁぁぁ!」


 どこから飛んできた石かは分からない。

 でも、この偶然を見逃すわけにはいかない。


「吹き飛べぇぇぇ!!」


 叫びと同時に、忍の手のひらから巨大な炎の玉が放たれる。


「ギャァァァァァァァ!!」


 炎はムカデの頭部に直撃し、凄まじい勢いで焼き尽くしていく。


「今のうちにっ!」


 忍はその場から即座に飛び退き、ムカデから距離を取るように走り出す。


 その瞬間、胸の奥に今まで以上に強い決意が灯る。


「こいつは……絶対にここで倒す!この叫び声の人たちのためにも。もう、犠牲者が出ないためにも!」


 ムカデは頭を大きく振り、一瞬で炎を振り払うと、駆け出した忍を視界に捉え、すぐさま追撃を開始する。


「頭を使え、私!」


 走りながら、必死にムカデの弱点を探る。


「ムカデ……ムカデ……そいつ相手に、私の能力で出来ること……できること?」


 すふと、ふと、過去の理科の授業が脳裏に浮かんだ。


『ムカデのような変温動物は、急激な温度変化に弱いんですよ』


「……私、温度操作に向いてる能力持ってるじゃん!」


 忍は深く息を吸い、ふらつく体に鞭を打ち、さらに速度を上げる。


「ギャァァァァァァ!」


 背後からムカデの叫び声。

 正直、既に頭の中がうるさかった忍にとってはムカデの叫び声など何も感じない。ただ、その声が“位置情報”になる。


 忍はゆっくり深呼吸をすると、走りながら片手を優しく地面に付ける。


 すると、触れた畳がどんどんと湿っていき、跡をつけていく。


 ムカデはそんなことなんて気にせず忍の後をそのまま追いかける。


「もう少し……頑張れ私!」


 湿った畳の上を、その巨体なムカデが突き進んでいく。

 シミの範囲は次第に伸び、ついにはムカデの尻尾にまで到達した。


 ――キツい、苦しい。

 でも、それでも超えなきゃいけない。

 復讐すら、ただの願いすら、踏みにじられたままでは終われない。


 忍はその場で素早く振り返ると、指をクイッと一度上げた。


「ギャァァァァァ!」


 その合図に応じるように、水が湿った畳から勢いよく噴き出した。


「ギャァァァァァ!」


 激しく噴き上がる水流が、上を通過していたムカデの巨体を持ち上げる。


「これで終わりじゃないよ!」


 水柱の中で、ぶくぶくと気泡が立ち昇り始める。


「この水は熱湯だよ!」


「ギャァァァァァァ!!!」


 ムカデは素早く体をくねらせ熱湯から降りるが、動きはかなり鈍くなっている。


 ――今しかない。


 忍はすかさずムカデの頭を狙う。

 これまでの戦いで、胴体に一度攻撃をした時の感覚から、霊魂が宿っているのは体ではないと感じていた。


 なら、残るは――頭だけ。


 忍は身を低くし、横からムカデに狙いを定める。


 水を極限まで圧縮して放つ攻撃なら、あの外殻を破って中まで貫ける。


「集中……集中……!」


 息を深く吸い込み、忍は一言、強く叫ぶ。


「ここ!!」


 その瞬間、口から尾の先までを一直線に貫く、水のレーザーがムカデへと放たれる。


 凄まじい勢いで放たれたその水は、ムカデの頭を貫通し、体の芯を貫きながら突き抜けていった。

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