表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

3話 自分たちに出来ることを

 目には見えない、肌にまとわりつくような、嫌な圧。


「……なんだ、これ……」


 朔が低く呟いた瞬間、加奈子が不思議そうに眉を寄せた。


「え? 何かあるの? 私には……」


 忍は即座に微笑を作り、加奈子の方へ向く。


「いえ、なんでもありません。アライグマが通って行ったので、ちょっと驚いただけです」


「……そう」


 加奈子の返事には、かすかに不安の色が滲んでいた。

 どうやら、この圧を加奈子は見ることができていないらしい。


「にしても……酷いな」


 朔が忍にしか聞こえない声で呟く。

 忍も静かに頷いた。


「……だね。まだ屋敷が見えてすらいないのに、この“気”の重さ……」


 並の怪異が放つ気配とは比べものにならない。

 これほどの強さなら、人ひとりを殺すなど容易だろう。


 忍は道の先を睨みつけながら、低く呟いた。


「相当な化け物がいるね……」


 少し前を歩いていた加奈子が振り返り、不思議そうに首を傾げる。


「えっと……何かあったのかしら?」


 忍は咄嗟に笑顔を作り、軽やかな足取りで駆け寄った。


「いえ、ほんとになんでもありません! それより、早く行きましょう!」


「ええ、あとはこの道をまっすぐ進むだけよ」


 その全く平然とした様子に、忍は本当に彼女が霊媒師なのかと一瞬疑う。

 だが、世の中にはオーラどころか、そこら辺に漂う霊すら見えない人間がほとんどなのだ。

 霊感があるだけでも十分すごいのかもしれない。


 それから五分ほど歩いた頃――木々の間から屋敷の輪郭がぼんやりと姿を現した。


 だが不思議なことに、さきほどまで漂っていた異様な気配は、まるで嘘のように消えていた。

 目の前に広がるのは、古びた屋敷。ただの田舎の空き家にしか見えない。


「ここが、例の屋敷ですか?」


 忍が立ち止まり、見上げながら尋ねる。


「ええ……そうよ」


 加奈子の声はどこか弱々しく、その表情も屋敷を前にするたびに青ざめていく。


 心配そうに見つめた忍が声をかけた。


「……大丈夫ですか?」


「ええ……私は平気。ただ……あの時のことを思い出してしまって……」


 そう言うものの、加奈子の顔色は見るからに悪くなっていく。


 朔が忍にしか聞こえない声で、ぼそりと呟いた。


「全然大丈夫じゃねぇじゃん……」


 そう言って彼は加奈子のそばへ行き、優しく背中に手を添える。

 やはり、あの出来事は深いトラウマになってしまっているのだろう。


「無理しなくていいですよ。屋敷の詳細は、外で簡単に話していただくだけでも十分ですから」


 そう告げた後、朔は忍の方へと振り返った。


「いいよな、忍。一旦、引こう」


 ……うん。普通なら引くだろう。

 動けない加奈子さんを背負って戦うなんて、かなり難しいから。

 でも――それはあくまで、この家の中で戦うのが難しいだけの話。ならば。


「私は、このまま中に入る」


 その一言に、朔も加奈子も目を見開いた。


「は!? お前、何言ってんだよ! さっきお前も感じただろ、あの気味の悪い気配! やめとけって!」


「そうよ! 流石に一人で行くのは危険すぎるわ!」


 加奈子も焦りを隠せず、朔と同じように忍を止めようとする。

 だが、忍の考える作戦には加奈子が必要不可欠だ。

 あの異様な気配を、ここまで綺麗さっぱり打ち消せる存在。

 主犯は明らかにそれだ。


 しかし――。


「多分ね……この屋敷にいる悪霊は、一体だけじゃないと思うの。主となる霊のほかに、子分みたいな存在がいる」


 そう言いながら、忍はゆっくりと屋敷へ歩を進める。


「そして、その子分たちはおそらく、この屋敷の“外”にいる」


 先ほどから感じていた、複数の視線。

 しかもそいつらは、そこらの悪霊とは比較にならないほど強い。

 なら、厄介な方を忍が引き受け、残りを加奈子を守りながら朔に任せる方が――体力的にも、実力的にも妥当だ。


 彼女の歩みは止まらない。


「だから、朔にはその子分たちの排除をお願いしたいの」


「だ、だけど……!」


 朔が言い返そうとした瞬間、忍は振り向き、真っ直ぐに遮った。


「大丈夫。私は負けない。だから――頼んだよ」


 忍は自分で言うのもなんだが、異能力を含めた実力で言えば、決して弱くはないと理解している。


 朔はしばし黙り、やがて深くため息をついた。


「はぁ……仕方ねぇな」


 そう言って忍の瞳を見据え、決意を込めて頷く。


「分かった。頼んだぞ、忍。こっちは俺に任せとけ」


「うん!」


 忍が力強く頷いたのを確認すると、朔は加奈子の背を押し、来た道を引き返し始めた。


「え、えぇ!? い、いいの……!? 本当に行かせてしまって大丈夫なの!?」


 加奈子が不安げに問うと、朔は少し苦笑して答える。


「俺も正直、心配です。でも――あいつなら、きっとやってくれます。絶対に。だから、信じてあげてください」


 その声に宿る確信は、どこか力強かった。


 そして朔は視線を屋敷の外へ向け、きりりと表情を引き締める。


「それよりも、俺たちは俺たちでやるべきことができました。だから……」


 一息つき、静かに言葉を続けた。


「さっさと終わらせてしまいましょう」


 忍は、朔が走り去るのを見届けると、深く息を吸い込んだ。


「なんか……私らしくないこと、しちゃったな〜」


 本来、忍は自ら前に出るような性格ではない。

 友人は多いが、積極的に行動するタイプではなく、明るく振る舞うことで自然と人が集まってくる――そんな人物だった。


「でも、言ってしまったからには、期待に応えないとね!」


 「怖い」という自分の心に打ち勝てたことを自画自賛するように、小さくガッツポーズをする。

 そして意を決した忍は、屋敷の扉をそっと開けた。


「お邪魔しま〜す。お、意外と中は綺麗だ」


 ゆっくりと中へ足を踏み入れると、昭和の雰囲気が色濃く残る玄関が忍を出迎えた。

 目立つ埃はなく、腐った木のにおいもしない。

 むしろお手本のように綺麗で、特に怪異や化け物の気配も感じられない。


 外観からは想像できないほど、内部はきちんと手入れされていた。


 忍は軽く頭を下げ、土足のまま中へ上がる。


「加奈子さん、ごめんなさい。土足で上がっちゃって……」


 これから戦いになるかもしれないことを考えると、靴は履いたままのほうがいい。

 そう心の中で詫びながら、奥へと進んでいった。


 渡り廊下は両側に襖が並び、狭い一本道となっている。


「いつでも出てこいよ〜。この日のためにたくさん能力練習したんだから!……最近はサボってたけど」


 三年前に“ポスター”を作成してから、制御どころか操作すら満足にできなかった。

 だからこそ練習に励み、ある程度は扱えるようになった。


 だが――一年半ものあいだ客が来ないとなれば、さすがにやる気も萎える。

 だからといって、サボってよい理由にはならないのだが……。


 ともあれ、今日が能力を使う初めての実戦となる。


 忍は、薄暗く静かな一本道を、木の軋む音を聞きながら慎重に奥へと歩みを進めていた。

 すると――左側の襖の奥から、かすかな音が漏れ聞こえてくる。


「ん?」


 言葉では表せないほど微かな音。だが、確かに何かがいる気配。


 忍が耳を澄ませ、左を気にしながら進んでいると――突然、頭上から「ガザガザガザッ」と、無数の針が木に突き立つような音が鳴り響いた。


「うっ……なに、この鳥肌が立つ音……!」


 思わず耳を押さえたその瞬間、頭上から何かが垂れ落ちる。

 ベチャッと嫌な音を立て、廊下に叩きつけられたそれを見て、忍の背筋が凍った。


「まさか……」


 ゆっくりと上を見上げる。

 そこには――屋根一面を覆い隠すほどの、気味の悪い光沢を放つ巨大なムカデが、天井に張り付いていた。


「うわっ!? きしょっ!」


 忍の叫びに応えるように、ムカデは鋭い牙をぎらつかせ、顔を天井からぶら下げるようにして首を振る。


「お、おい! ちょ、ちょっと待てって!」


 次の瞬間――ムカデは巨体を揺らし、顔面で思い切り忍を弾き飛ばした。

 襖が豪快に突き破られ、忍の体は部屋の奥へと吹っ飛んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ