9話 オカズは仲間と相棒と その2
耳元で、風と共にレノーラの声がささやく。
同時に彼女は横を滑空し、アリアのすぐ隣を飛び始めた。
「レノ!」
「妾を気安く呼ぶとは……今日は特別だからな」
「ははっ、相変わらずの厨二びょ――」
言いかけた瞬間、レノーラはアリアの脇を抱え、そのまま羽ばたいた。
「うおっ!?」
「行きたいところを言え。妾が連れていってやろう」
その“中二病”じみたセリフに、アリアは思わず笑みを浮かべる。
「ありがとさ」
二人は暗闇の中を一気に舞い上がる。
その時――背後から異様な奇声。
振り返ると、上下の体が融合した姦姦唾螺が、猛スピードで迫っていた。
「さぁあ! あやつに我らの“恐ろしさ”を見せてやろうぞ!」
レノーラの周囲に蝙蝠が次々と出現し、一斉に口を開ける。
「ゔゔゔゔッ!」
赤い光線が同時に放たれ、姦姦唾螺を鉄格子へと追い詰める。
逃げ場を失ったそれは、身をよじって必死にかわそうとするが――無駄だった。
「ふははははっ! 妾の力を見たか!」
「油断するんじゃないよ!」
レノーラが高らかに豪語した、その瞬間。
アリアが杖の先で空に円を描く。
「ストームブレード!」
風が凝縮され――一気に解き放たれた。
「ギャァァァァァァ!!!」
無数の斬撃が姦姦唾螺の体を切り裂く。
だが、それでも化け物の速度は衰えない。
「ちっ……しぶとい!」
その時――レノーラの視界に、水色に光る魔法陣が映った。
「あれは……!」
即座にアリアを抱き直し、地面へと放り投げる。
「いってこ〜い!」
「はぁぁぁ!?!?」
突然のことにアリアは叫ぶが――その視線の先。
確かに、魔法陣が光っていた。
「なるほど……!」
アリアは空中で体勢を立て直し、必死に手を伸ばす。
姦姦唾螺も標的を切り替え、速度を一気に上げた。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
触れるのが先か。
仕留められるのが先か。
緊張の刹那――
「よしっ!」
アリアの指先が、魔法陣に触れた。
瞬間――鉄の柵に囲まれた姦姦唾螺の支配領域全体に、淡い青の光が六角形を描きながら走る。
ピキ……ピキピキピキ……
そして――
パリンッ!
「アァァァァァァァァァァァ!!!」
断末魔とともに、領域が砕け散った。
「いまだッ!」
アリアの叫びに、レノーラは力強く頷く。
翼を広げ、高らかに宣言した。
「ああ! 今こそ妾の力を見せつけてやろう! アリアよ、下がっておれ!」
その瞬間、レノーラの身体から放たれる影。
二十を超える蝙蝠たちが一斉に舞い上がり、姦姦唾螺を取り囲む。
そして、静かに口を開いた。
「能力――生誕順位改正!」
――それは。
自らが囲った範囲内にいる「存在が確定した相手」に対して、
この世の“存在順位”を強制的に書き換える能力。
例えるなら、草と兎。兎と狼。
そうした食物連鎖の頂点を、意のままに改ざんする。
今この空間において――
姦姦唾螺は“雑草”、レノーラは“捕食獣”。
絶対的な力関係が成立した。
次の瞬間。
姦姦唾螺の肉体が悲鳴を上げるように歪む。
頭が潰れ、腕が千切れ、胴体がねじれ――もはや原型を保てない。
「あぁ……あぁぁ……」
もはや声すら出せない。
「さぁぁ! 消え去れ!」
レノーラの瞳が紅く輝いた瞬間――
グシャァァッ!
姦姦唾螺の体は音を立ててねじれ、完全に消滅した。
「さすが……だな……」
アリアがぽつりと呟いた。その前に、レノーラが静かに舞い降りる。
「ふふん。妾にかかれば、この程度よ」
今回、なぜアリアが姦姦唾螺の領域を解除する役を担ったのか――。
理由は単純だった。
レノーラの異能生誕順位改正は、“簡易領域”という性質上、他の領域と重ねて展開できない。
だからこそ、先に姦姦唾螺の支配領域を破壊する必要があったのだ。
「……お前に能力を使わせるために、どれだけ苦労したと思ってるか」
アリアがぼやくと、その時――
ガサリ、と奥の森の茂みが揺れる。
「んっ!?」
二人はすぐに身構え、戦闘態勢へ。
だが茂みから飛び出してきたのは――
「うはぁぁ、ここどこだよ!」
「そ、想鬼!?」
まさかの人物の登場に、レノーラが思わず声を上げる。
想鬼は両肩に、大きな酒樽を二つも担いでいた。
「おっ、お前ら! よく生き残ったな! ……って、それどころじゃねぇ! 手伝ってくれ、これ!」
「樽? 何に使うつもりだい?」
アリアの問いに、想鬼は慌てて叫ぶ。
「詳しい話はあとだ! 今は西の神社から、この酒樽をどんどん持ってきてくれ!」
レノーラが首をかしげる。
「麗奈はともかく……忍のところには加勢しなくていいのか?」
アリアは想鬼に歩み寄りながら、ふと静かに言葉を返す。
「――その加勢のための準備ってことなんだろ、これは」
──そのころ。
麗奈は、戦争の神“アレス”と対峙していた。
「いい加減、まともな攻撃してきなよ。つまらない」
皮肉めいた声に、アレスは反応を示さない。ただ無心に剣を振るい続ける。
「……基礎は物理攻撃。ただ、その速度は異常。そして――守りの型が崩れない以上、こちらの通常攻撃は通用しない」
鋭い眼差しで相手を観察しながら、麗奈は小さく呟いた。
「解析完了」
次の瞬間、アレスが盾を前に、剣を背後に構えた隙のない構えで突進してくる。
「みんなのためにも――早く終わらせようか」
短く詠唱。
「異能力――無想転生」
黒い結界が麗奈の前に展開され、直後にアレスの盾が突き立てられる。
しかし麗奈は一歩も退かない。
「!?」
声にならぬ驚きを浮かべるアレス。
麗奈は手刀を構え、その手に札を貼り付ける。すると結界が掻き消えた。
アレスは即座に剣を振り下ろすが――麗奈は身を屈め、軽く避ける。
「!!!」
剣を振り下ろそうと踏み込むが、その一瞬が致命的に遅かった。
「じゃあね」
その声と同時に、アレスの腹部が横一文字に裂かれる。
「!?!?」
驚愕の表情を浮かべたまま、上半身だけの姿でなおも剣を振るおうとするアレス。
だが、麗奈の結界がそれを阻んだ。
「懲りないな」
手刀を突き出す。ズシリと頭部を貫いたその一撃は、アレスの意識ごと断ち切った。
「ふぅ……大きいから、狙いやすかった」
彼女の名は――長谷川麗奈。
彼女の異能力〈無想転生〉は、相手の物理攻撃を視認した瞬間、その動きを“解析”し、最も有効な防御・反撃・技を瞬時に導き出す能力である。
異能力が“原種の能力”より劣るとされる通説を、唯一人真っ向から覆した存在――それが麗奈だった。
「さて、忍さんのところに加勢しに行こうか」
一度伸びをした麗奈は、静かにその場を後にし、ゆっくりとした足取りで――忍と八岐大蛇が対峙する戦場へと向かっていった。




