8話 オカズは仲間と相棒と その1
掲げていた黒き魔剣を振り下ろし、レノーラはそのまま構え直して踏み込む。
「覚悟ッ!」
迫る姦姦唾螺の蛇の下半身へ、横一閃の斬撃を放つ。
だが――その尾は素早くうねり、闇の中へと姿を消した。
「喰らえ――メテオスコール!」
アリアも負けじと、姦姦唾螺の上半身へ向けて手のひらを突き出す。
背後に浮かび上がった魔法陣から、無数の魔弾が一斉に放たれ、怒涛の如く一点を撃ち抜いた。
「やったか……?」
砂煙が晴れる。しかし、そこに怪物の姿はない。
「この暗幕のせいで……視界が悪いな」
レノーラが冷静に呟いた、その直後――地面が不気味に震え出した。
――カシャン。
――チリリリリリリ……。
耳をつんざく金属音と、どこからともなく響く鈴の音。
「なんだい……この鈴の音は?」
アリアが眉をひそめ、レノーラも頷く。
「それに……今のは金属音か?」
次の瞬間。
姦姦唾螺の上半身が、音もなく目の前を横切った。
一瞬の出来事――その姿はすぐに闇に溶ける。
「くっ! 待て!」
アリアは即座に追おうとする。
だが、足元すら見えない暗黒に包まれ、怪物の居所はまるで掴めない。
鈴の音はなおも鳴り止まず、不気味な余韻だけが空間を支配していた。
そのとき――。
森の奥が、ほんのわずかに明るくなった。
「ん? これは……月の光?」
アリアが空を見上げる。
だが、そこに夜空などはなく、薄暗い照明が灯ったかのような、奇妙な光源だけが浮かんでいた。
「なぁ……あれは?」
レノーラが指を差す。アリアも視線を向けると――
六本の木に縄が結ばれ、六角形を描くように張り巡らされた異様な空間が広がっていた。
「あそこだけ……空気が違いすぎるぞ……」
吐き気すら催すほどの圧に、レノーラは口元を押さえる。
「確か……あれは……姦姦唾螺を封印するための……」
アリアが呟いた、その瞬間。
カラン。
彼女の手から杖が滑り落ち、乾いた音を立てた。
「ん!? どうしたのだ?」
レノーラの問いに、アリアは困惑を隠せない表情で答える。
「いや……いつもは魔法で少し浮かせて持っているんだが……急に解けたみたいで」
「はぁ? お前ほどの魔術師が、魔力切れなどあり得んだろう」
アリアは顎に手を当て、思案の顔になる。
「……いきなり、魔法の制限……?」
試しに手のひらへ魔法陣を展開すると、反応はある。
「だが……すべての魔法が使えなくなったわけじゃない……」
答えを見いだせずにいるアリアに、レノーラはため息を漏らす。
「つまり、どういうことなのだ?」
その瞬間、アリアの瞳が大きく見開かれた。
「……分かったぞ」
ゆっくりとレノーラへと視線を向け、言葉に力を込める。
「今、私たちは――」
「姦姦唾螺の支配領域の中にいる」
「はあぁ!? つまり……」
レノーラは小さく首をかしげる。
「どういうことなのだ?」
アリアは呆れ顔でため息を一つつき、簡潔に言い放った。
「つまり――“自分にとって有利な領域を展開する”。それが姦姦唾螺の能力ってことさ」
「な……なるほど……」
レノーラが気まずそうに目を逸らした、その瞬間。
暗闇の中から、気配が迫る。
「っ! 下がれ!」
アリアを背後へ押し下げると同時に、姦姦唾螺の蛇の下半身が剣のように伸び、レノーラを襲った。
「うっ……ふふ、ははっ! 不意打ちとは卑怯ではないか!」
レノーラが剣で受けると、火花が散るほどの斬撃。
その背後をアリアがすり抜けるように駆け抜けた。
「そこは任せたぞ!」
「はぁ!? 我を置いてどこへ行くのだ!」
レノーラの声を無視し、アリアは振り返らず走り続ける。
「いちいち格好つけるためにキャラ変えなくていいのにさ」
〈"Aria"side〉
* * * * * *
小さくつぶやき、思考を巡らせる。
姦姦唾螺の領域内に私たちがいると分かった今、アリアの使命は二つ
その時――。
目の前に現れたのは、無数の鈴が取り付けられた鉄製の柵。
この有利戦線を築く“支配領域”の排除……そして――
背後に殺気。
「くっ、やっぱり来たか!」
振り返りざまに杖を突き出し、叫ぶ。
「リフレクト・エッジ!」
展開された結界に、姦姦唾螺の上半身が突っ込む。
「アァァァァァッ!?」
不気味な声が空間に響き渡る。
「気色悪い声出すんじゃないよ!」
直後、結界が光を放ち――
ドガァァンッ!
爆発が闇を揺らす。
アリアは振り返ることなく、鉄柵沿いを再び駆け出した。
もう一つの使命は姦姦唾螺の注意を引くこと。
──一方その頃。
レノーラは姦姦唾螺との空中戦を繰り広げていた。
「ふん、やるではないか!」
黒剣を振るい、隙を与えない猛攻。
だが突然、姦姦唾螺が距離を取る。
「逃げられると思っているのか?」
レノーラは両手を広げる。
赤い瞳を持つ蝙蝠が、左右に四匹ずつ――計八匹、召喚される。
「さあ、行け!」
蝙蝠たちは銃弾のような速さで、姦姦唾螺へと飛びかかる。
その様子を見ながら、レノーラは少し寂しげに呟いた。
「……早くしてくれよ、アリア。我は――能力が使いたくてたまらんのだ」
アリアは鉄柵に沿ってなおも走り続けていた。
「くそっ……範囲が広すぎる! それに……」
呼吸が荒くなり、杖を握る手に力が入る。
「杖おめぇ……!」
その瞬間、横から殺気。
「くそっ、この領域の中じゃ魔法が制限されて……!」
アリアは地面を杖で二度叩く。
足元に魔法陣が浮かび、中央から液体を詰めたフラスコが現れる。
三度振りかぶり、殺気の方向へと栓を向ける。
「はあぁぁぁっ!」
光線が奔る。大地を抉り、闇を焼く。
「……やはり、すごい威力だな」
呟くと、再び走り出す。
(この領域さえ解除できれば……!)
アリア・グリッター――“知略と叡智の魔女”。
広く知れ渡るその名を、彼女は誇りとして受け止めきれてはいなかった。
彼女自身はほんの少し魔法が使えて……頭が回るだけの人間と、ずっとそうとしか思えなかった。
魔女と呼ばれる存在が迫害されていた時代を知っているからこそ。
その称号に距離を置き続けていた。
脳裏に浮かぶのは、あの皮肉屋の顔。
「……でも、あいつと組めば――最強になれる」
レノーラ・ヴィセント。
迫害の嵐の中を生き延びた、誇り高き吸血鬼。
似たような過去を持つからこそ、分かり合えた。
今では、言葉を交わさずとも意思が通じる仲に。
「あんな厨二病女でも、やるときはやる。だから今は――私が頑張る番だ!」
その時だった。
目の前に、蛇の尻尾が現れる。
「……は?」
直感で悟る。
この速さ、この質量――避けられない。
(レノ……レノ……!)
「レノ!」
無意識に口からこぼれた愛称。
直後、目の前の蛇の尻尾が――黒剣に弾き飛ばされた。
「呼んだか?」
風と共に耳元でレノーラの声が響いた。




