5話 暗黒の正々堂々
朔は戦闘体勢を保ったまま、奏川 三穂津と名乗った男の発言に呆れ顔を返した。
「異能撲滅協会? なんだよそれ。人殺しが大好きな連中の集まりか?」
少し煽ってみると三穂津の額に、みるみる血管が浮かぶ。
「黙れ、この世を汚す能力者ども! お前らに喋る権利なんてないんだよ! 僕の許可なく口を開くなぁッ!」
罵詈雑言を浴びせる三穂津。だが鏡屋は落ち着いたまま、柔らかい口調で返す。
「それで、要件は何かな? ここは神を祀る場であって、銃を振り回す場所ではないはずだけど」
すると、三穂津は逆に笑みを浮かべ、堂々と鏡屋を睨み返した。
「なに、大したことじゃない。ただ――」
彼の視線が、朔へと移る。
鋭い眼光と殺気を叩きつけながら、一言。
「そこにいる能力者を始末しに来ただけさ」
「え!? 俺!?」
思わず自分を指差す朔。
三穂津は不敵な笑みを浮かべ、どこか誇らしげに語り出した。
「そうさ。君は“異能力者”とは少し違う、“能力者”という立ち位置。そして僕たちにとって――」
彼は手を顔の前にかざし、腕を広げて狂気の笑みを浮かべた。
まるで宿敵を前にした狂信者のように。
「“異能力者の原種”にあたる“能力者”は、撲滅の前段階の存在! だから見つけ次第、即刻抹殺すべき対象なんだよッ!」
「異能力者の前段階……で、能力者?」
朔は困惑し、首をかしげた。
隣に立つ鏡屋が小声で補足する。
「“能力”っていうのは、本来は妖怪や化け物が持つ力のこと。そして“異能力”ってのは、その力を人間が使えるようになった状態のこと。つまり、人間が“能力”を得たとき、それを“異能力”と呼ぶんだ」
「な……なるほど」
朔は曖昧に頷くが、理解しきれているわけではなかった。
朔は納得したような、していないような曖昧な返答をすると、三穂津がそれに便乗するように話を続けた。
「そう、つまり異能力ってのは、元となる“能力”がなければ存在しない。そして君は、その“能力”そのものを保持している。そういうことなんだ」
朔はそれを聞いて、ようやく状況を理解し始めた。
なぜ自分が狙われるのか、確信とは言えないがなんとなく見えてくる。
――つまり、“異能力”の起源である“能力”を潰さないと、“異能力者”の撲滅は完了しない。
それが三穂津の……いや、異能力者撲滅協会とやらの理屈らしい。
鏡屋は朔の様子を伺いながら、一つ問いを投げかけた。
「ちなみに、朔くんの“能力”の名前って何?」
「ん? さあな。名前なんて考えたことなかったし。どんな力かはわかるけど」
すると、鏡屋は頭を抱えてため息をつく。
「これは……本当に能力者っぽいね」
「何を基準にそんなことが分かるんだ?」
「それはね――」
鏡屋が再び説明しようとしたその瞬間、三穂津が声を荒げた。
「いつまで待たせるつもりだ!? 僕はもう、いい加減待ちくたびれたんだけど! 心の広い僕を怒らせるなんて、どれほどのことか分かってるのか?」
朔は思わず「めんどくせー」と顔に出してしまう。
鏡屋は目を伏せ、静かに息を整えると、三穂津に向かって問いかけた。
「それじゃあ、最後に一つだけ聞かせて」
彼は顔を上げ、真剣な眼差しで三穂津を見据えた。
「君はどこから来たんだい? この辺りじゃ見ない服装をしているけど」
その言葉に朔も三穂津の服へと視線を向ける。
「確かに、こっちに来てから見たことないな。ああいう……時代が進んだ俺らの世界でよく見る服装」
三穂津は鏡屋に鋭い視線を返す。
彼の装いは、まるでサラリーマンのような薄い紺のスーツ風。そして首からはネックバンドイヤホン――通称“肩掛けイヤホン”がぶら下がっていた。
「なんで僕が答えなきゃいけないわけ? このままだと、僕が一方的に情報を抜き取られてるだけじゃないか。不公平だろ」
鏡屋はふいに顔を伏せ、小さく頷いた。
「確かに、不公平だね。じゃあ、もう答えなくていいよ」
「はあ?」
三穂津の苛立ちがこもった声に、鏡屋は皮肉を込めた笑みを浮かべて顔を上げた。
「さっきの反応で、大体分かったからね」
その挑発的な一言に、三穂津は怒りで顔を真っ赤にし、血管が浮き上がるほどに叫んだ。
「ふざけるなぁぁぁっ! 僕をバカにするのも大概にしろよ!」
次の瞬間、三穂津は手のひらを朔へと向け、勢いよく構えた。
「何する気だ!?」
朔が声を上げたのと同時に、鏡屋が朔の前に手を差し出して制する。
「大丈夫。神社の敷地内には、能力や異能力を使えなくする結界が張られているから」
「おぉ……それなら安心だな」
朔が胸をなで下ろした、その時。
三穂津が不敵な笑みを浮かべた。
「やっぱりね。最初から分かってたよ。この神社の中に、何か仕掛けがあるってことくらい」
「へえ、すごいね」
自信満々に語る三穂津に対し、鏡屋は冷たく一言返す。
また怒りを爆発させるかと思いきや、意外にも三穂津は息を荒げながらも、かろうじて理性を保ちつつ言葉を続けた。
「はぁ……はぁ……そうだ。そこの“能力者”。お前に一つ、提案がある」
三穂津は朔へと指を向ける。
「俺に提案? 乗る気はねえけど、話だけなら聞いてやるよ」
「はは……そう言っていられるのも今のうちさ。君は、すぐに必死になってこの提案を受けざるを得なくなる」
「はぁ……そう」
朔は面倒くさそうに応じた。
その態度に苛立ちを隠せない三穂津だったが、なおも言葉を搾り出す。
「提案の内容は……君の“家族”のことだ」
“家族”という言葉に、朔の顔が一気に強張った。
「俺の……家族のこと、だと?」
三穂津は意地の悪い笑みを浮かべたまま続ける。
「そうさ。君の家族を殺した犯人――その組織について、教えてやろう」
「飲む……その提案、乗った」
朔の即答に、鏡屋は目を見開いた。
「え!? 本当にいいのかい? 明らかに罠っぽいけど」
「ああ……問題ない」
鏡屋はその言葉の裏に、朔の放つただならぬ気配を感じ取った。
そして三穂津が、その様子を見て高らかに笑う。
「ははは! ほら、本人も了承したんだ。それで決まりだろ?」
だが、その笑いを遮るように、朔が低い声で問いかける。
「それで……条件は?」
三穂津は笑みを崩さぬまま、条件を提示した。
「簡単なことさ。ここの神社の結界の外で戦う。それだけだよ」
朔は静かにうなずき、鏡屋に一言だけ告げた。
「鏡屋さんは、ここで待っててください」
そう言って背を向け、境内の外へ向かおうとする朔。
だが、その肩を鏡屋が掴んだ。
そして、にこやかに微笑む。
「何を一人で行こうとしてるんだい? 当然、僕も一緒に行くよ」
その言葉は、朔にとって嬉しすぎるものだった。
だが同時に、脳裏に浮かんでしまう。――家族が殺された、あの忌まわしい記憶が。
「危ないので、ここにいてください」
短く、ただそれだけ。けれど朔にとっては、心からの、重い一言だった。
しかし鏡屋は朔の肩を引き、正面から向き合う。
「出会って、まだたった一時間くらいかもしれない。でも、僕はもう君のことを兄弟のように感じているぐらい、大切に思っている。だから、絶対に元の世界に返してやるって、心からそう思ってる」
鏡屋は白く整った歯を見せ、親指を立てて笑った。
「それに、僕はそこまでヤワじゃない。だから、一緒にあいつをぶっ飛ばそう」
朔は真顔で問いかける。
「……信じていいんですね?」
「ああ、もちろんさ」
二人のやり取りを見ていた三穂津は、鼻で笑い、唾を吐いた。
「……気持ち悪くない? なんだよあのやりとり。BLじゃあるまいし」
その言葉に、朔は静かに三穂津の方を振り返り、一言だけ告げる。
「よし、やろうぜ」
三穂津は、何度目かもわからないほどの不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ……馬鹿どもめ」
そうして三人は、神社の石段を降り、敷地の外へと足を踏み出す。
「それじゃあ……公平に。カウントダウンで始めよう」
三穂津の提案に、朔と鏡屋はうなずいた。
「ああ、分かった」
三穂津は両手を高く掲げ、タイミングを取る。
「よ〜い……」
パンッ!
「ドン!」
その合図とともに、朔と鏡屋は前方へと走り出した。
次の瞬間――
グシャアアッ!
朔の隣で、鏡屋の腹部が斜めに裂けた。




