表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/18

3話 酒呑童子の息子

「幻妖鏡?」


 忍が疑問の声を上げると、鏡屋は掲げていた手を静かに下ろし、頷いた。


「そう。妖怪や、彼らから人々を守る異能力者たちが暮らす世界――それが、ここだよ」


 朔は顎に手を当て、考え込むような仕草をしながら、ゆっくりと問いかける。


「……さっきはつい納得してしまったが、よくよく考えたら意味がわからない。パラレルワールドって、人間が普通に認識できるもんじゃないだろ? しかも、ちゃんと名前がついてるって……なんだよそれ」


 困惑気味に言葉を漏らす朔に対し、鏡屋は苦笑を浮かべた。


「まぁ……正直に言うと、この世界のことを僕も完璧に理解してるわけじゃない。そもそもこの“幻妖鏡”の話は、とある妖怪から聞いたものでね。僕がさっき話したのは、彼の言葉と自分の観測が一致していた部分だけ。それ以外の詳細は、その妖怪本人から直接聞いてもらうしかないかな」


 朔が眉をひそめたのと同時に、メイが小さく呟く。


「……なんだか、信憑性に欠ける話ばかりですね」


 その瞬間だった。


 神社へと続く石段の方から、ひょろりとした男の声が風に乗って届いた。


「お〜い、神主さ〜んよぉ!」


 全員が声の方へと視線を向ける。

 石段の下から現れたのは、一本の槍でも担いでいそうな雰囲気の青年だった。

 綺麗な黒髪が靡く額からは手のひらほどの大きさのツノが二本、堂々と突き出している。


「ちょいと頼みがあって来たんだが……って、客人がいたのか」


 青年は忍たちを順に見渡す。


「お、“噂をすれば”ってやつだ。ちょうどいい」


 鏡屋は彼の姿を確認するなり、忍たちの方へ振り返り、青年を示した。


「彼はね、さっき話に出てきた酒呑童子の“息子”、想鬼(そうき)君だよ」


 あまりにも突然の紹介に、三人は思わず固まる。


「ん? 親父の話でもしてたのか?」


 想鬼が不思議そうに首をかしげると、忍が驚きで顔をこわばらせながら、震える指で彼を指さした。


「え……? む、息子ぉ? 妖怪が子どもを作るなんて、聞いてないんですけど……」


 その疑問に、鏡屋が補足するように一言加える。


「まあ、息子というよりは……弟子、なんだけどね」


「なんでそんな回りくどい言い方をするんだよ」


 朔が訝しげな表情を見せると、鏡屋は頬をかきながら思い出すように言葉を続ける。


「彼……つまり酒呑童子本人が、想鬼君のことを“息子”と呼んでいたからさ。想鬼君も彼のことを”親父”と呼んでいるし」


「弟子……ね」


 忍は小さく呟いた。


 鬼という存在は、基本的に自己中心的だ。特に強い鬼ほどその傾向は顕著であり、弱い者を見下し、いじめ、除け者にするのが当たり前。

 だからこそ――弟子を持つなどという行為は、鬼の常識から大きく外れているように思えた。


 だが同時に、そんな異端さを持ってこそ“語り継がれる鬼”になるのかもしれない。

 自分の欲や衝動を制御できる存在こそ、伝説に名を残すほどの強さを得るのだろう。


 もしかしたら――この世界で頼朝に勝てた理由もそこにあるのかもしれない。

 伝説にある「酒を飲ませて酔った隙を突く」という作戦が通じなかったのは……酒呑童子自身が“酒好き”という誘惑に打ち勝ち、飲まなかったから。


 そう考えると、鬼の王の異質さが、少しだけ理解できる気がする。


 その時、想鬼が何かを思い出したかのように鏡屋へ話しかけた。


「そんなことより大変なんだよ。俺ん家の近くで、魔女と吸血鬼が大喧嘩しててさ。なんとかしてくれねぇ〜か?」


 鏡屋はぱちぱちと瞬きをし、苦笑を浮かべる。


「ほんと、あの子たちはとっても仲がいいんだから……。わかった、麗奈をそっちに向かわせよう。いいね?」


 その言葉に、麗奈は一つ頷いた。


「かしこまりました」


 鏡屋は軽く手を挙げて「あざっす」と礼を言う。


 その時、メイが不意に声を上げた。


「あの……私も、その……喧嘩の仲裁、ついて行っていいですか?」


 その申し出に、麗奈は露骨に嫌そうな顔を浮かべる。


「……なんですか」


「いや、何も……」


 視線を逸らした麗奈との会話をよそに、朔が口を開いた。


「いやいや、まずは元の世界に帰る方法を探すのが先だろ。てか神社の掃除、まだ終わってねぇし」


 だが忍は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら朔の方へと近づいていく。


「いいじゃ〜ん? ちょっとついて行くくらい。まだ午前中だし、午後までに戻ってこれば大丈夫でしょ?」


「のんびりしすぎだろ……」


 朔が呆れたように言うと、忍は親指を立てながらキラリとした笑顔で告げた。


「というわけで、朔くん! 君を『元の世界に戻る方法を探す係』に任命します!」


「お前、ついて行きたいだけだろ!」


「ぐへぇっ!」


 朔が忍へ頭に強めのチョップを入れると、鏡屋がメイへと問いかける。


「……で、メイちゃんはどうしてついて行きたいと思ったのかな?」


 シンプルなその質問に、メイは顔を伏せて、静かに答えた。


「……私は、最近妖怪になりました。でも……妖怪がどういう存在なのか、正直まったく分かっていません。普通に暮らしていたら、知る機会もあまりないと思うんです。だからこそ——」


 そう言って、ぱっと顔を上げる。


「ここで、ちゃんと知っておきたいんです!」


 その真っ直ぐな言葉に、鏡屋は目を見開いた。


「なるほど……ごもっともな意見だね。うん……」


 ふっと息をついたあと、口元に苦笑を浮かべる。


「ただ……その煌びやかな目さえなければ、もっと共感できたんだけど……」


 メイの瞳は「学びたい」よりも「見てみたい」という好奇心に満ち満ちた輝きを放っていた。


 鏡屋は肩をすくめ、麗奈に向き直る。


「麗奈、この二人も連れて行ってあげな。ただし——早く戻ること。客人を危険に晒してはならないよ」


「……わかりました……」


 渋々ながらも、麗奈は了承する。


 一方で朔も、不満げに口を開いた。


「分かった……。とにかく、迷惑だけはかけんなよ」


「もちろんっ!」


 忍は満面の笑みで答える。


「ちなみに、俺に了承は求めないのか?」


 想鬼が自分を指さして尋ねると、鏡屋はあっさりと言い放った。


「君は助けてもらう側だからね。拒否権はな〜し」


「だよな〜」


 そんな調子で会話は終わり、神社を後にする一行。

 先頭を歩く想鬼の後ろに、麗奈、メイ、そして忍が並ぶ。


「行ってきま〜す!」


 忍が手を振りながら元気よく声をかけると、朔は苦笑しつつ軽く手を挙げて応えた。


「ああ。行ってらっしゃい。気を付けろよ」


 忍たちが石段の向こうへと消えるのを見届けた朔は、ゆっくりと鏡屋へ歩み寄る。


「それじゃあ、元の世界に返す方法を探そうか」


「……ああ。なんか、ありがとな。それと、さっきは荒ぶって変なこと言って申し訳なかった」


 素直に礼と謝罪を述べる朔に、鏡屋はにこやかに笑った。


「別に構わないさ。最近は仕事も参拝客もなくてね。暇を持て余してたところだったんだ」


「そうか。ならよかったよ」


 二人は軽く笑い合い、再び歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ