2話 鏡写しのパラレルワールド
「えっ……え〜? ここ、どこ……?」
忍が呆然とつぶやく。
遅れてメイと朔も目を開けた。
「……なんだったんだ、あの光」
「猫の目には厳しいです……」
メイは目を細めながら焦点を合わせ、そして景色を見て固まった。
思わず口を開けたまま動けなくなる。
「……ん? おい、どこだよここ!? なんか景色が違うぞ!」
「み、見たことない場所になってます! 鳥居を潜るとこんなところに来れるんですか!?」
混乱するふたりの声を遮るように——
背後から「カラン」と木が落ちるような音が響いた。
三人が咄嗟に振り返る。
そこには、巫女服をまとった中学生ほどの少女が立っていた。
手から箒を取り落とし、ぽかんと口を開けたまま、三人を見つめている。
「……だ、誰……?」
その背後には、先ほどまで自分たちが掃除していた神社とよく似た、しかしどこか現実離れするほど綺麗な社殿が静かに建っている。
「人間が二人と……妖怪……?」
少女は混乱気味に呟き、訝しげにメイを見つめた。
忍は慌てて手を挙げ、優しく声をかける。
「えっと……いきなりごめんね? その……ここって――」
忍が周囲を見渡しながら言葉を探していると、少女が突然声を張り上げた。
「動かないで!っください……」
「うぇっ!?」
忍はその勢いにびくりと肩をすくめ、そのまま固まる。
「宮司様をお呼びしてきます。なのでそこから動かないでください」
少女はそう言うと、すぐさま神社の中へ駆け込んでいった。
忍はその後ろ姿を見送り、困ったように朔へ振り返る。
「……ねぇ、ここどこだかわかる?」
「知ってるわけないだろ。メイ、お前はなにか――」
朔がさりげなく視線を送ると、メイはぴしゃりと答えた。
「知りません」
「……だよな」
そのやり取りの最中、メイはふと不思議そうに眉を寄せる。
「それより、さっきの子……なぜ私のことを“妖怪”と見抜けたのでしょうか」
今日のメイはメイド服ではなく、白いTシャツに長めのスカート姿。
尻尾は隠し、耳も帽子で完全に覆っているため、一見して普通の少女にしか見えないはずだった。
「たしかに〜……」
忍も納得したように頷いた、そのとき。
神社の縁側の引き戸が静かに開かれる。
「人間が二人と妖怪だなんて……寝ぼけてたんじゃないのかい?」
「本当です。少しくらい“見習い”が言うことも信じてください」
現れたのは、白衣に白文様の袴を着た、整った顔立ちの四十代ほどの男性。
その背を押すように、先ほどの少女も続いている。
男性は忍たちを見るなり、目を見開いた。
「わぁ、本当だ……変なメンツ」
「失礼だな」
朔が即座にツッコむと、男性はにこやかに笑い、室内へと手で示す。
「とりあえず中に上がりなよ。君らの顔を見るに、訳ありと見た」
三人は社の中へと案内され、座卓を囲むように座った。
男性は苦笑しながら、頭をかく。
「いやはや、それにしても先ほどは失礼を。驚いたものでね」
「い、いえいえ……こちらこそ、突然お邪魔してしまって」
忍が気まずそうに笑いながら返すと、男性は丁寧に名乗った。
「私は──郷里 鏡屋。この神社で宮司を務めている」
そう言って、お盆に載せたお茶を配りながら、隣にちょこんと座る少女を手で示す。
「この子は、ここで見習いをしている──長谷川 麗奈」
「……麗奈です」
小さく一礼した少女に合わせ、忍たちも自己紹介を終える。
そして鏡屋は少し眉をひそめ、真剣な表情で尋ねてきた。
「それで……麗奈から聞いたんだが。君たち、“鳥居の中から現れた”らしいね。どういうことか、詳しく聞かせてもらえるかな?」
その問いに、忍は気まずそうに頬をかきながら答え始めた。
「そ……それがですね、私たちもどうしてここにいるのかがさっぱりでして……。むしろ、どこなのかを私たちが知りたいぐらいなんです」
鏡屋は小さく「なるほど」と呟き、ひとつ確認するように問いかける。
「この話をする前に、一つだけ。君たちの世界では、“車”とか“電車”、それに“飛行機”といった乗り物は、普通に走っているかな?」
「ええ……まあ、それは普通に」
忍は不思議そうに眉を寄せながらも、うなずいた。
鏡屋は「やはり」とでも言いたげに目を細め、静かに語り始める。
「まず、君たちに伝えておきたいのは――ここは君たちから見て、同じ時代、同じ地理……だが、“異なる歴史”を歩んできた世界だということ」
「……異なる歴史?」
忍は首を傾げた。言葉は理解できる。だが感覚が追いつかない。
それを察したのか、鏡屋は優しく補足する。
「もっと簡単に言えば、ここは“パラレルワールド”と考えてくれればいい」
「……ぱられる?」
忍は再び首を傾げる。意味は分かるのに、どうにも飲み込めない。
すると、隣にいた朔が口を開いた。
「なるほど、パラレルワールドってことは理解しました。……でも、何がどう違えば、ここまで文明に差が出るんです? 俺らの世界じゃ技術はかなり発展してるのに、こっちはどこか……自然が中心というか」
鏡屋は顎に手を当て、少し思い出すように視線を宙へ漂わせた。
そして隣に座る麗奈へ視線を向ける。
「……この話、以前したよね? 復習がてら、君から説明してあげて」
麗奈はこくりと頷き、事前に一言添えた。
「敬語、得意じゃないから、タメ口で行かせてもらうけど……いい?」
「あ、どうぞ」
忍は応じるが、その顔には「マジかこいつ……」と言いたげな表情が浮かんでいた。
「お前も大概だから、人のこと言えんぞ」
朔がぼそっと言うと、忍はふてくされたように返す。
「勝手に心読まないで〜」
そんな掛け合いを経て、麗奈は静かに、けれど淡々と語り始めた。
――時代は平安中期にまで遡る。
その頃の世界には、妖怪や化け物が大手を振って存在していた。
彼らは人を驚かせ、喰らい、夜な夜な人里を襲っては、好き放題に振る舞っていた。
中でも最も力を誇っていたのが、“鬼”と呼ばれる一族だった。
鬼は物資も乏しく日も差さぬ山奥に棲み、時折、好奇心か欲望か――人里へ現れては、財を奪い、命を奪い、爪痕を残して消えていった。
そんな時代に、一人の英雄が現れる。
その名は“源頼朝”。
後に武士の時代を築いたとされる彼は、“鬼狩りの始祖”としても語り継がれている人物だった。
だが、そんな源氏の力をもってしても、抗えなかった存在がいた。
――“酒呑童子”。
本来であれば、源頼朝が鬼を討ち倒し、他の妖怪の勢力も弱体化させ、人の世を守る英雄となるはずだった。
しかし、現実は違った。
妖怪たちは頼朝を討ち破り、その後も好き放題に振る舞った。
人を喰らい、財を奪い、命を弄び――やがて、日本の人口は半分以下にまで減少していった。
麗奈は忍たちから視線を外し、遠くを見つめるように言葉を続ける。
「あなたたちの世界と、私たちの世界が違う未来を辿った理由は……ここにあります」
再び視線を戻し、今度は忍の目をまっすぐに見つめて言い放った。
「人間が、妖怪に敗れたこと」
その一言に、三人は重苦しい沈黙に包まれた。
しばし沈黙が流れたのち、鏡屋がその空気を和らげるように言葉を添える。
「だからこそ、君たちと一緒にいたメイちゃん……だったかな? 彼女が“妖怪”だと分かったとき、少し驚いたんだ。けどね、この世界も悪いことばかりってわけでもないんだ」
そう言って、鏡屋はすっと立ち上がる。
「少し、外に出ようか」
案内されるままに忍たちは境内へ出た。
鏡屋はちらりと麗奈に目配せを送る。
「軽くでいいよ」
その言葉を受けた麗奈は、静かに右手を掲げた。
すると、その手のひらに白く光る手毬ほどの球体がぽん、と現れる。
次の瞬間、それを地面へと投げ放つ。
――ドンッ!
まるで手榴弾が爆ぜたかのような衝撃と閃光が、境内を揺らした。
「う、うぉ……すげぇ」
朔が思わずぽつりと呟く。
その様子を見ながら、鏡屋は落ち着いた口調で説明を続けた。
「この世界では、“異能力”という力を使える人間が存在する。君たちの世界にも、そういうの……あるだろう?」
朔は頷きながら答える。
「ええ。今日のニュースでも、異能力者が事件を起こしてました」
鏡屋は爆発の余波で服に付いた砂埃を払い、再び忍たちへと向き直った。
「ただ、こっちではその力の“強さ”が桁違いなんだ。もちろん、異能力者の数自体は少ない。なにせ人間の数が、君たちの世界ほど多くないからね」
そこで、鏡屋は静かに両手を広げるようにしながら語った。
「つまり、ここは君たちの世界の“鏡写し”のようなもの。文明や勢力、歴史……すべてが反転している。そう考えてくれればいい」
そう言って、鏡屋は両手を高く掲げ、ゆっくりと深く息を吸い込み――力強く告げた。
「幻妖鏡。幽霊、妖怪、異能力者……あらゆる“異”が集う、鏡の世界さ」




