海が誘う
2年ほど前に書いた短編です。
俺の親、先生でさえこの小学校にイジメは無いと言う。でもそれは嘘だ。
なぜこんなにハッキリ言えるのか?
それは俺がイジメをしている当事者だから。
「おぉい、ロディ。今日もいじめられに登校してきたのか?」
一つ前の席の椅子を蹴る。自分が座っている物より一回り大きく見える木造りの椅子。
座っているヒョロい子供は後ろを振り返る事なくひたすら俯いていた。
「文句あるなら言えよ、なぁ?」
同意を求め周りを見渡すと、見慣れた取り巻きたちがニヤニヤ笑いロディと俺を交互に見る。
あぁ楽しい。気分はさながら群れのリーダーだ。周りの取り巻きさえ心の中で馬鹿にしながら、俺は前の席の標的を授業中も執拗にからかい続けた。
今日最後の授業が終わると、ロディは早足で教室を出て行く。少し前までは図書室に寄って本を借りたりしていたのだが、今月に入ってからそんな姿を全く見なくなった。
どうにも怪しい。ロディをいくらいじめても涙を流すところを見たことがない。ただ黙って耐える。帰り際図書室に寄る余裕もあった。そんな奴がいきなり授業がおわるや否や飛ぶように帰るようになったのは何か理由があるに違いない。
もし誰かとデートでもしてたらクラスの奴らに言いふらしてやる。自分でも制御出来ないイライラを抱えながらロディの後をつけた。
「ジェイ!どこ行くんだ?」
玄関で取り巻きたちに声をかけられたが、奴らはトロいから尾行には不向きだ。
「何でもない。先帰っとけ」
少し不満げな顔をしたが取り巻きたち数人は顔を見合わせて大人しく帰って行った。
若干俯き気味に歩くロディをしばらく尾行していると、海に向かう方向に歩き出した。
明らかに家とは違う方向の道を進んでいる。
海で誰かと待ち合わせをしているんだな。
尾行をしている姿は側から見たら間抜けに見えるだろうが、今はそんなの気にしてられない。
夢中になり追いかけていると、普通皆が通る海への道とは違う所を通っていることに気づいた。
どうやら秘密の抜け道を知っているらしい。当初の目的よりワクワクが勝った俺はロディを見失わないように小走りで小さい背中を追いかけた。
一気に磯の匂いが濃くなった。そう思った瞬間、ロディの姿が岩間に消えた。
ここが秘密の抜け道か?
ロディが消えた場所に静かに近寄る。
そこは岩と岩の切れ目が何重にも重なり、ぐねぐねと曲がったトンネルのようになっている道だった。遠目だとただの岩壁にしか見えないだろう。
耳を澄ませると、トンネルの向こうから波の音が反響して聴こえてくる。それとロディの話し声。
やはり誰かと会っていたのだ。
ここまできたら相手の顔を見てから帰りたい。
思い切ってトンネルから顔を出しロディと相手の姿を探す。
思ったより近くに居たようで、すぐにロディを見つけた。
だが、さっきまでロディが話しかけていた相手は見当たらない。いや、正確には居るのだが、それは"人間"では無いのだ。
「お、おい、、、何だよそれ、、」
つい声が漏れた。
俺を見返す複数の目。俺は野生動物に睨まれた時の感覚を思い出していた。
「ジェイ!?何でここに」
ロディが随分と高くから俺に話しかける。俺より小さいロディが跨っているのは、馬のように見える"何か"。
形は完全に馬なのだが、明らかにおかしい。体が海と一体化している様に見えた。
いきなり現れた俺に焦ってロディは馬の背から降りた。俺を見て固まっていた馬はそれで気を取り戻したのか、警戒したようにウロウロと歩き回り始める。周りに居た複数頭も前足を上げたりと動きが忙しない。
「どうどう、大丈夫。僕の友達だから」
「、、、は?友達?何言ってやがる」
一瞬遅れて意味を理解した俺は弱々しい声で反論した。いつものような勢いは無い。
「あ、ご、ごめん。でも彼らは警戒心が強いから、、」
「彼らって、いったいそいつら何なんだよ、、」
落ち着かせようと伸ばしたロディの手に鼻面を寄せる馬のような生き物。体は水でできている様だが、馬の形を保ったままだ。よく見ると体の表面の水が細波を立てているのが見えた。
「よしよし。たぶん、この子たちはケルピー の一種だと思うんだ。詳しくは分からないけど、、」
うっとりとした顔でロディが説明する。普段学校で見る顔とは全く違った。好奇心と愛情でキラキラと光っている。
チラとロディが俺に目線を送る。
君も触れてみなよ。とロディの目が語るのが分かった。
恐る恐る近づくと、馬たちはソワソワとロディの顔をうかがう。
本当に危険は無いのか確認しているようだ。
「ほら、優しくね」
ロディにゆっくりと手を引かれ馬の額にそろそろと触れる。体は水でできているはずなのに、鼻息がしっかりと指に感じられた。額の触り心地は完全に水を触っている感覚だったが、確かにこれは生き物だ。全く暖かくは無いけど。
「す、すげぇ、、」
目の前のものが何かは分からなかったが、神秘的な物に触れている興奮で心臓がドクドクと強く脈打った。馬の目と俺の目が合う。自分よりよっぽど知性がありそうだ。
「ふふ」
隣のロディはいじめっ子が横に居るというのに本当に嬉しそうに笑っていた。
「嫌じゃ、ないのか?」
思わず尋ねていた。秘密を俺に知られてこいつは嫌じゃ無いのか?俺だったらずっと隠しておきたい。ましてや俺はこいつに嫌われて当然の事をしてきた。
「秘密を知られたって意味なら、いつかはバレると思ってたし。君のことが嫌じゃ無いのかって意味なら、、、うーーん、どうだろうね」
「いや、絶対嫌だろ。自分で言うのもなんだけど、虐めてるんだぞお前のこと」
「でも今は秘密の共有者だ。僕が居ないと彼らには会えない。って言ったら?」
確かにこの馬たちはロディの事を心底信頼しているように見えた。俺が1人でこの浜に来たところで彼らは姿さえ見せないだろう
「、、、実はお前俺より性格悪いだろ」
「あはは!」
ロディが大きく笑うと、やっと馬達の態度も軟化した。
それから俺たちは毎日のように秘密の浜辺に通った。雨が降っていようと風が吹いていようと関係なく。ロディと共に浜辺へ出向くと彼らはいつもすぐに水面から顔を出し挨拶をしてくれた。
俺もすっかり顔馴染みだ。
暑い日は皆で水を掛け合い遊んだり、砂浜で城を作っては馬達に崩され、大笑いした。
たまに彼らの気が向けば背中に乗せてくれることもあった。あの瞬間はこの世で1番幸せなのは俺たちなんじゃ無いかってぐらい、最高な気分で満たされて、誰かにバレるのも恐れず大きい声で叫びまくった。
いつまでもこの時間が続けばいい。柄にもなくそんな事を思う。
秋になり、海に入るのも厳しくなってきた頃、俺は1つ気になることがあり今日こそロディに訪ねようと思っていた。
いつものように浜辺に座り込み、のんびりと過ごす馬たちを見る。隣には同じように体育座りをしているロディ。いつまでも飽きずに馬の動きを目で追っていた。
「なぁロディ」
「ん?」
相変わらず馬を目で追っていてこちらを見ようともしない。いつもの事だ。
「最近さ、あいつらちょっと変じゃ無いか?」
「変って?」
彼らの話題になった事でロディはパッと俺を見る。
「あれだよ、お前を見る目。なんかさ、、、」
自分もいつも彼らを見ているのだ。自分とロディを見る目が違うことは気づいていた。
「明らかにお前をその、仲間だと思ってる気がするんだよ」
「ははっ、それは嬉しいなぁ。光栄だよ」
嬉しそうにロディは笑う。俺は話を続けるのを少し躊躇った。だが今や仲良くなったロディを守りたいと、そんな気持ちが芽生えていたのは嘘じゃ無い。
「、、、いや、ちょっと気味悪いよ」
そう言った途端、会話が聞こえないほど遠くに居たはずの馬達が一斉にコチラを見た。俺の声が聞こえていたとしか思えないほど同時に。
「何でそんな事言うんだよ、、」
悲しそうな声。何か言い訳をしようとしたが声が出ない。傷つけてしまった。
ロディは何も言わない俺を置いて海の方へと、彼らの方へと走って行った。
焦って後を追う。
「ま、待てって!」
遅れて走るも、案外足が早くて距離が縮まらない。
追いついたと思った時には、ロディは馬の首に触れこちらを見ていた。
「な、泣いてるのか?」
ロディの目からボロボロと涙が流れていた。こいつが泣くのを見たのは初めてだ。
「君はやっぱり何も変わってないんだね」
先ほどとは違い、今は怒りで声を震わせている。
「ち、違うんだ!そんなつもりで言ったんじゃなくて、、、」
必死に言い訳をしようとするが、俺の声はロディに届いていないようだった。
ひたすらに俺を睨み涙を流す。小さい体のどこにそんな水分を溜め込んでいたのか不思議なほど。
「お、おいロディ」
不安になり手を伸ばす。どこかに行ってしまいそうで怖かった。
「わ、悪かったよ、あやまるから、、一緒にまた遊ぼう、な?」
手が触れそうになった時、ロディの体中から水が溢れ出した。最初は波を被ったのかと思ったが、違う。皮膚から濁流のように水が溢れ出している。周りで見守っていた馬たちは、なぜか嬉しそうに前足を上げたり走り回っていた。
「ロディ!?」
辛うじてまだロディの体は見える。腕を取り水の中から引っ張り出そうとするが、びくともしない。全体重をかけて引っ張ろうとしたが、水の勢いがさらに増し勢いに押されて背中から倒れ込んだ。
飲んだ海水に苦しくなり咳き込んでいると、ロディの体が大きく膨れ上がったのがボヤけた視界に映った。
「ゲホッッ、ま、、待ってくれ!」
起き上がった時にはもう遅かった。ロディの姿はそこに無い。居るのは、新しい仲間に擦り寄る水でできた馬達。
「そ、そんな、、、」
彼らが前までロディに向けていた親しげな目で、その新しい馬を見ているのが俺には信じられなかった。
「俺はただ、、、」
言葉にならない息が漏れる。呆然としていると、彼らは俺を一回も振り返る事なく沖の方へ走り出した。新しいリーダーが出来たことが嬉しくて堪らないのか、子馬のようにはしゃいでいる。
彼らの姿が見えていたのも僅かな間。あっという間に海中深くに潜って行ってしまった。
「ただ、、、」
俺は、ロディをここで見つけた時と変わらない磯の匂いを深く吸い込んだ。
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