記憶の名の店
本編まだです。
ただお店の空気だけでも感じてくれるとうれしいです。
カラカラカラ・・・
ガヤガヤとウルサいほどの表通りからは外れた場所に、木製のカラカラと鳴る鈴の音がわずかに響いた。
不思議な場所だった。
窮屈なほど建物が密集している通りからほど近いにも関わらず、その喧騒が嘘のように静寂を描いている。
それはまるで音自身がその場所を避けているようで・・・
そんな静寂が横たわるこの場所は、まるで時代に取り残されているようだ。人通りも少なく、煉瓦づくりの道と建物はまるで西洋の通りのよう。
日本でも明治の頃はならばこの風景も当たり前のようにあったのだろうが。ともかく、ひたすら無遠慮無秩序に発展してきた今日日の日本ではあまり見ない風景であることは違いない。
そんな場所にぽつんと店があった。
南側にはガラス張りの大きなショーウインドウ。その中では客と覚しき人々が談笑しながら食事を楽しんでいる。どうやら喫茶店であるらしい。
その大きなショーウインドウは、そこだけ時代を間違えているような気になるが、不思議と違和感はない。
そのショーウインドウには店名だろうか、白い文字がくっついている。
そこには流れるような字で「Re:MEMORIES.」とあった。
カラカラカラ・・・
洒落た扉に付けられた木鈴の音がまた鳴る。
ふと少年は思った。
ここに来るのは初めてではない。以前親に連れられてきたことがある。
その時のことはあまり覚えていない。だが何でもひどく癇癪を起こしたらしい。
不思議と、この通りは小学校のころ、お化け通りと呼ばれていた。
誰が何を持ってそう呼んだのか。おそらくは他とは全く異なる雰囲気が子供心にそう思わせたのではないだろうか。
しかし今更そんな噂を信じるものは早々に居るまい。
両開きの扉を押す・・・カランと音が鳴った。
「いらっしゃいませ!」
澄んだソプラノの声が響いた。暫くすると15、6ばかりの少女が少年の前に表れる。
「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」
花も恥じらう満面の笑み。この店の給仕服に生命の躍動を閉じ込めた彼女は、本当に可愛らしかった。
「一人です」そう返事をすると共に店内をちらりと見渡した。
おしゃれで上品な内装、そこでお喋りにふける少年少女。
それを見て一人できた少年は急に恥ずかしくなった。
もちろん大人の姿も、一人でお茶を楽しんでいる者もいるが、ちょうど学校の下校時間が重なり友人同士、あるいは恋人同士で来店している同校の生徒が多いとはいえ少年のガラスのハートにギリギリと傷がつくのも仕方のないことだろう。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ウェイトレスの少女はニコニコと笑いながら席へと案内する。
「こちらメニューです。お決まりでしたらお呼び下さい」
「あ、はい・・・」
それだけ言って彼女は下がってしまった。それがひどく残念に思える。
女の子と話す機会など早々にない。
実を言うと先ほど、学校の屋上、夕暮れ時、クラスの少女に告白したが・・・まあ見事に玉砕。
その彼を振って去っていった彼女と一瞬後ろ姿がだぶった。
それがいっそう惨めな気持ちにさせる。
「ふらふらと来るんじゃなかった・・・」
近くにいるカップルを横目にしながらため息を一つ吐く。 暗鬱としながらもメニューを開く。席に座った以上、何も頼まず帰る度胸など彼にはない。
しかし、しかしだ。さすがにこれはないのではなかろうか。
メニューの内容は
1.謎の肉Aの~
この時点でおかしい。謎の肉ステーキ、ハムのサンド、ハンバーグetc・・・
それだけでない。謎の肉B、Cと続く。怪しすぎる。
さらに創作料理だろうかボルケーノ・ランチだったりアイス・ウッドペッカーであったり、このメニューを考えた奴はバカだと思う。
「謎のAランチ一つ」
『え?』
「ドラゴンサラダお願い」
『ドラゴン?』
「さめ肌もう一つ追加ね」
『追加!?』
客は普通に頼んでいる。
「は~い、え?ドラゴンサラダ売り切れでーす」
『売り切れるの!?ドラゴンなサラダが!!』
ここまで来るとおかしいのは自分ではないかと疑問に思えるから不思議。
ウェイトレスの彼女は忙しそうに客の間を翔ている。
そして、じっと見ていたからだろうか、やがて彼女は少年のもとへやって来た。
しかしそんな笑顔で「お決まりですか?」と問われても困る。とりあえず頼もうにも安全牌が存在しないのだ。
「え、えと、これで・・・」
思わず差したメニュー、それを見てウェイトレスさんにっこり。
「かしこまりました。
・・・エル~、不思議な不思議な日替わりランチだよ」
ザワッ
「へ?」
いきなり店中の視線が集まり、怯む。
「お、おい頼んだぜあいつ」
「ここでミステリーランチとは」
「え?あれって今日誰か頼んだっけ?」
「なんてチャレンジャーなの・・・」
『な、なんか地雷踏んだ!?』
慌ててメニューを見直す。
不思議な不思議な日替わりランチ:¥1500
『高っ!』
さらにメニューの最後にはこんなことが書かれていた。
"当店の料理の材料、調理法は企業機密のため一切お答えできません。"
「あ、怪しい・・・」
さらに聞こえるクスクス笑い。
目を向けると湯気の立つ紅茶のカップを目の前においた、12、3の金髪外国人少女が笑っていた。
しかもこちらを見ていたためばっちりと目が合い。向こうはびっくりしたようだ。
「お待たせしました~」
いつの間にか料理皿を持ったウェイトレスさんがすぐそこにいた。
ふと目があった少女の方を見ると、傍らに佇んでいた初老の男性に何か耳打ちしていた。
コトリ
目の前に料理が置かれる。
見た目は普通だ。
少なくとも普通に見えるパンとスープ、それに何かの唐揚げ?にデザートがついている。
「ごゆっくりどうぞ~」
そこからの記憶は定かではない。
少なくとも悪夢を見るようなことはなかった・・・と思う。
しかしあの時店にいた人たちも全員記憶がないという。
情報通の友人曰く、あの日替わりランチは当たり外れがあるものの、どちらにしても記憶が飛ぶほどの味がするらしい。
前書きのとおり、核心的なことは何一つないプロローグな回でした。
本編は次回からと言うことで
次回予告 第一話
恋人を亡くした男のハナシ
「あなたの罰はあなたが決めてくれるわ」
お楽しみに・・・