条件
王立音楽院の学院長室。
学院長から渡された手紙を見て、シルフォーネは驚いた。
内容は極めて簡素。
流麗な文字で「再考願う」その一言のみだった。
封蝋印は炎を背負う百合。
それはこの国の最高権力者であるカトリーヌ王女の紋様印。
「シルフォーネ君。勿論引き受けてくれるね?」
学院長が「もう君に選択肢はないんだよ」と圧を強めてきた。
「‥何で僕に固執するんです?最初の話では、学院から1人代表を‥って言ってただけじゃないですか」
和平式典。
演奏で客人をもてなすのは王立楽団の仕事。
今回シルフォーネに声がかけられたのは、同じ「王立」の音楽院に所属しているからだった。
「そうだね。確かにそうだ。私個人としては素直に喜んでくれる者を推したい。だが、学院としてはそうはいかないんだよ。この学院‥『王立』の名に恥じぬ奏者を出さねばならん。だから君に打診をした」
厳しい声と表情がシルフォーネに向けられた。
「けれど、もうそういう段階ではないのだよ。彼の方が直に君を望んでいる。これがどういう事か、私が皆まで言わずもわかる筈。時間はあまり無いが、もう一度よぉく考えたまえ」
「‥はい」
ーーー
部屋で1人考える。
断れば自分のピアニストとしての道が絶たれる。
学院を追い出され、ついでに何処の貴族からも声はかけられなくなるだろう。
「参ったなぁ。何でこんな事に」
最初は学院長経由で声をかけられただけだった。
だから「未熟な私には荷が重すぎる」と断ったのだ。
理由を簡単に言うなら‥ただ面倒だっただけだ。
貴族社会特有のマナーや考え方は、そうで無い自分にとってとても複雑で難しい。
言葉遣い、作法、服装。
階級によって呼びかけ方までも変わる。
最近は随分慣れたけど、初めて呼ばれたサロンパーティは、始終「???」だった。
連れがいたから何事もなかったが、きっとあの時1人で出向いていたら、きっと大恥をかいていただろう。
演奏自体に不安はない。
いつも何処にいようと、鍵盤に手を置けば、それまで感じていた不安も緊張も全て吹き飛び音楽に没入できるから。
平和式典。
今回は今までと段違いに格上の案件。
王族、並びに隣国の国賓。
王立楽団に所属する演奏者は国内指折りの名手ばかり。
「うぅ‥。ピアノだけ弾いて、じゃあバイバイってわけにいかないじゃんん」
頭を抱え地団駄を踏んだ。
前回断りをした段階で「終わった話」だと思っていた。なのに学院長から呼び出され、あの手紙を渡された。
断れない。
自分の将来だけでなく、学院の名誉もかかっている。
理由はさておき、次期王女からの指名だなんて光栄な事だ。
一生に一度あるかの機会と名誉。
受ければ一族の誇り。
断るは無礼。
あの頭の硬い父も、流石に考えを改めてくれる?
様々な文句が頭をめぐった。
けれど本心は今も変わらず「可能であれば遠慮したい」だ。断るには誰が聞いても納得せざるを得ないような明確な理由が必要。
返答期限は無いに等しいのに、名案が出てこない。
「あぁ〜〜‥」
今いるのは面談室だ。
学院長室を退室した後、こっちに移動するよう言われたのだ。
部屋に入ると中には王立楽団から派遣されたという男性が待っていて、簡単な挨拶の後「どうですか?」と、率直に問われた。
即答せず黙り込んでいると「1時間だけ待ちます」そう言って彼は立ち上がり、部屋の中に自分を残して出て行った。
今は扉の外で返答を待って貰っている。
王女殿下の手紙を携えてやってきた彼は、王立楽団の団員という風ではなかった。
どちらかといえば官僚‥もしくは王女殿下の側近だろうか?
未だ空席の玉座にカトリーヌ王女殿下が『女王』として君臨するのは秒読み。
名と顔を広めるには絶好の機会。
ただ、面倒と思っている以外に実はもう一つ懸念がある。
「正装‥正装かぁ‥」
式典は王族を筆頭に高位貴族や神殿の神官が各地から集まり、催される。
そのドレスコードは勿論「正装」。
護衛の近衛騎士から警備兵まで、皆が煌びやかに着飾るだろう。
自分のクローゼットにそんな服はない。
おそらくこれに関しては自分が用意せずとも便宜が図られる筈。用意されるものが既製品であったとしても、サイズ調整がされるだろうし、もしオーダーメイドなら裸での採寸となる。
「‥‥」
制服の裾を指で摘んだ。
自然と眉間に皺が寄る。
「嫌だけど、言うしかないよね」
ーーー
コンコンっ。
内側から戸をノックし、使者の男が待っているか確認した。
「はい」
返事はすぐに返ってきたので、戸を少し開け「入って」と、招き入れる。
「失礼致します。先も申し上げた通り、私の主はあなたの演奏を所望しています。その上でご返答を」
先程はあまりよく見ていなかったが、ストロベリーブロンドの短髪に眼鏡をかけた、生真面目そうな男性だ。
丁寧な口調でありつつ、簡潔に答えを求めてくる事にも好感がもてる。
これは「知っているから」なのか「知らずにやっている」のかどっちだろう?
まぁ、この際どちらでもいい。
貴族令嬢でも何でもない自分に、必要以上の賛美やお世辞、心にもないおべんちゃらは要らないのだから。
青年に近づき、屈むように手で合図をおくる。
そして、耳打ちをした
「この件、有り難くお受けします。ただ2つ僕が出す条件を飲んで欲しいんですよ」
「条件‥ですか?」
「ええ。とても大事な事で。それはーー」
自分の言葉に男性は固まった。
そして僕を「失礼」と、一言謝った後、しげしげと見た。
これは「知らなかった」ようだ。
「それは‥私の一存だけで「可」と申し上げられません」
明らかに男の目は泳いでいて、それが堪らなく可笑しかった。




