恋?それとも‥
「‥今晩は。1人でダンスですか?」
「っえ!!?」
パッと声がした方へ顔を向けた。
自分以外に誰もいないと思っていたから、とても驚いた。
けれどいたのだ1人の青年が。
濃紺のシャツに黒のネクタイ‥先程丁度思い出していたノアが。
偶然通りかかる場所ではないから、私と同じく宴席から抜け出して中庭で休憩していたのだろう。
その証拠にシャツの袖は肘下まで捲り上げられ、首元のボタンもいくつか外し、楽にしている。
「えっ?やだ‥誰もいないと思って‥」
ノアと個人的に会話をした事はない。
商会ホールで何度かすれ違った事があるだけだ。
あわあわと焦る私とは真逆にノアは落ち着いていて「よかったら、お相手を」と、にっこり笑って手を差し伸べてきた。
ついさっき、彼の演奏を聴く迄は「ヒョロリと背が高い寡黙な青年」と記憶していただけだ。
大抵ヨーナスと一緒に行動しているから、余計にそう見えていたのかもしれない。
けれど今日、その印象はガラリと変わっていて、妙に緊張してしまう。
しなやかな弓捌きと、真剣な面持ち。
穏やかなのに、意外と通る声。
何より、今自分を見下ろす彼の目が「とんでもなく優しい」ように感じられるは気のせいだろうか?
それともさっきの独り言を聞いて憐れまれてる?
差し伸べられた手をどうするべきか?
取る事も出来ず、宙を彷徨う。
だってこれまで異性と踊ったのは、本当に子供の頃か、父親くらいだ。
嫌な汗が背中を伝う。
「えぇと‥ノア。何故ここに?」
「あ、俺の名前知ってたんだ。嬉しいな」
にこにこと屈託のない笑顔をこちらに見せた。
「あははっ。まぁ、お兄さんとは‥それなりに長い付き合いだし?古い友達してね?」
あーやだー、笑顔が眩しい。
兄弟のわりに似ていないと思っていたけど、やはり血は争えない。
笑った時の表情が‥とても似ている。
宙にあった手に温もりを感じた。
それは目の前にいる彼の手が自分に重なったからで。
「へぇっ!」
思わず変な声が出てしまった。
手を引き、ノアから離れようとしたが、その前にグッと握り込まれた。
「‥ノ‥ノア??」
大きい手だ。
けれど職人達とは違う。
力仕事をあまりした事がないような、細くて長い指。
それでも当然同性に比べれば力強くて、少し、怖くなった。
時間外とはいえ、此処は商会の中庭であり、自分達の職場。
つまり比較的安全な場所だと、思っている。
彼が余程変な事をしてこなければ、だけど。
彼の目をじぃっと見た。
一見酔っているようには見えない。
しっかり立っているし、言葉も話せている。
「‥ね、少しだけ。いいでしょう?ミリーさん」
彼は何かを感じたのか、少し力を緩めた。
それでも手は離されず、何なら指でスリッと撫でてこちらに媚びてくる。
「っ!?」
肌が騒ついた。
それは嫌悪ではなくて、腹の奥がきゅうとなる様な感覚で。
いやいや、どうして?
ノアとは、これまで碌に話した事もないのに!?
「‥ダンスがしたいなら、もっと若い子を誘ったら?きっと貴方が誘えば皆、了承してくれるわよ」
演奏後のノアははっきり言ってモテていた。
彼の腕に抱きつき、あからさまに胸を当てている子もいたくらいだし。
つまり‥今、ノアが私相手に絡んでいるのは、たまたま見かけて、あとは案外酔っていて、人肌恋しくなっているんじゃないかって‥。
そうじゃなければ、わざわざ年上の私相手に、こんな風にあからさまに誘ってこないと。
「‥俺はミリーさんと踊りたいから誘ってるんですけど?」
背に手が回され、腰をグッと引き寄せられた。
「っ!!!??」
ぼっ!と、顔が熱くなった。
ここが外で良かった。
室内であれば、きっとノアから丸見えだっただろう。
「ふ〜んふ〜♪」
ノアが陽気に鼻歌を歌って、左右に揺れる。
勿論、密着させられている私も彼の動きに合わせるしかなかった。
月明かりが彼の横顔を照らす。
特別整った顔ではない‥けれど、何故だか魅力的に見える。
パチっと目が合うと、それはもう嬉しそうに彼が笑うものだから‥私の調子は狂いっぱなしだ。
自分で思うより、慣れない酒に酔っていたのだろうか?
ゆらゆら。
次第に心地に良くなり、ノアに体重を預け
「‥あなた多分お酒の飲み過ぎだと思うわ」
彼の反応を見る為に、握られていない方の手で彼の首筋を撫でてみた。
するとどうだろう。
ノアはうっとりとした表情を露わに「もっと」とせがむ猫の様に逆に頬を擦りつけてきた。
「‥お酒はそんなに。でも、確かに酔ってはいます貴女に」
「っ!?な、何を言って‥!あんまり、揶揄わないで」
「‥揶揄ってないです」
ノアは足を止め、真剣な目を私に向けた。
普段は前髪を下ろしているのに、今日はきちっと整えていて、綺麗な琥珀色の目がハッキリと見える。
「ーー俺、ミリーさんより年下で‥正直仕事もまだまだペーペーなんですけどーー」
少し震える声。
あれ?この展開って‥。
「ぇ?ま、待って‥」
「ーー貴女が好きなんです!」
「へぇぇっ!?」
これは本当に予想外。
兄のヨーナスと違い、これまでノアとは殆ど接点が無かった。
と、いうか。
告白をされたのは久しぶりで、今、聞いたばかりなのに、まるで信じられないし、10代の少女の様に恥ずかしさから全身が熱くなった。
きっと全身から湯気がでている。
「あの‥その‥ね。気持ちは嬉しいんだけど‥」
「!嬉しいって‥それってオッケーって事すか!?」
さらにギュッと力が込められ、密着度が上がった。
「ひぁぁあっ!?」
勘弁して欲しい。
こちらは恋愛なんてご無沙汰なのだから。
頭は大混乱。
心臓は爆発寸前。
けれどそうなのは彼も同じらしい。
彼の胸に触れている手の平から早い鼓動が伝わってきていた。
これは‥酔った勢いじゃなく、本気って事??
ドクンっと胸が大きく高鳴った。
「そ、の‥えっと‥」
良いとも悪いとも、私が返事をしない事にノアは不安を覚えたのか「‥迷惑、ですか?」と、寂しそうに呟く。
「っ!!!?」
何故そんなに無駄に良い声で!?
正直な所、彼の事はよく知らない。
今までよりも、今日見聞きした事の方が多いのだから。
現時点でノアの事が好きかと聞かれれば「わからない」もしくは「嫌いでは無い」と、答えるしかないだろう。
「迷惑だなんて思ってません。本当に私で良ければ‥いいですよ」
だけど時にはそういう始まりも有りかもしれない。
こちらも背に手を回し応えた。




