中庭④ 好印象
今日は三日月だったかしら?
暗闇の空をミリーは探した。
そして、雲の切れ間に薄っすら光りを見つける。
どうやら月は雲に隠れているらしい。
やがて少しずつ姿を表した細い三日月はとても綺麗で「まるで月が祝福の笑みを浮かべている様」だと嬉しくなった。
ふわふわとした心地よい酩酊感はまだ身体に残っている。
「たー‥らっら〜♪」
耳に残っていた旋律を口ずさむ。
先程宴会場で聞いたワルツは素晴らしかった。
本当は多種類の楽器で合奏するのに、それをたった一本の弦楽器だけであれだけ華やかに演奏できるなんて‥ノアは凄い。
最初はどこの有名な演奏家を呼んだのかと思った。それがあのノアだと知って、本当に驚いた。
普段の彼が好んで着る服と言えば肩口の広い大きめのダボっとした物。
そしてやや長めの髪をハーフアップに纏めている印象。
それが今日はどうだ。
濃紺のシャツに光沢のある黒のネクタイを絞めて、髪もキチッと纏めて‥。
普段とは違う凛とした立ち姿と、しなやかな弓捌きに年甲斐にも無く、ドキドキしてしまった。
「いつもそうしてればいいのに!」数人の女性から囃し立てられていたが、彼は「えぇ〜?」と、困った様に相手をしていた。
正直な所それは私も彼女達に同意する。
誰だって綺麗な物や可愛い物、心惹かれる素敵な男女は見ているだけで眼福だもの。
ただ一つ懸念ははある。
目の保養が一つ増える事によって、商会内で要らぬ争いが増えやしないかと。
「むむむ‥」
少し勿体ないけれど、やはりノアにはいつも通りのだらっとした女性ウケの悪い姿でいて貰った方が平和??
両方の姿を思い浮かべ比較してみた。
ざざっと風が吹いた。
風に煽られワンピースの裾がたなびく。
姿がどうあれ、演奏の出来には変わりない。
今もあの音が強烈に記憶にあって、頭の中に何度も再生される。
ただ疑問なのが「何故彼ほどの腕の持ち主がこの商会にいるのか?」だ。
そうは言っても自分は音楽に関しては門外漢。
あくまで一素人の感想に過ぎないけど。
「ん〜♪ら〜♪」
『月と星のワルツ』を鼻歌で歌いながら2、3歩を進め、くるりと回った。
本来は年頃の男女が二人組で行うダンス。
いつか自分も!と、かつて女友達と手を取り何度も練習をした。
未だにその機会を得る事はなく、異性とはまだこのダンスを踊った事がないけれど。
踊りながら「最後にちゃんとした恋人がいたのは‥?」と思い出そうとしたが、嫌になって途中でやめた。
「ちゃんと」と、銘打ったのは「仕事、仕事!」で碌に会う事もないまま(キスくらいはしたけれど、肉体関係が無い)別れる‥なんて事があったからだ。
一夜限りの。
そんな関係もある。
「‥あの子。今頃どうしているかしら」
私は自分の唇にそっと指で触れた。
今から1〜2年前くらい。
私は1人のバイオリン奏者に救われた。
彼の印象はとても風変わりな人。
その姿、その行動。
今でもよく覚えている。
別れ際、さらっと奪われてしまった唇なんかは特に‥。
たった一度きりの邂逅。
あの時、せめて名前だけでも聞いておくべきだったと、私は今でも悔いている。
「ちょっと似てた」
記憶の彼とノアの演奏。
つい聴き入ってしまうような、また聴きたいと思わせる様な‥そんな魅力を感じた。
限りなく似ていると思う。
だけど、絶対同じ人じゃない。
音楽に門外漢ではあるけど、そう確信する明確な理由がある。
それは利き手。
ノアは右手に弓、そして記憶の彼は左手にそれを持っていた。
だから、どんなに似ていても「違う人」だ。
ーーー
ぴたっと足を止める。
そして記憶をふり払うように首を横に2.3回振った。
「‥いい加減忘れないと」
別にあの彼とどうこうなる事を願っているわけではない。ただ、あの後ずっと再会が叶わないから少し気になっているだけだ。
いっそ、アッサリと忘れてしまえればいいのに。
そう出来ずにいるのは、彼が奏でるバイオリンのせい。
時折、時計塔広場から風に乗って耳に届き、その度に思い出す。
けれど、いざ勇んでその場に向かえば、何故か会えないという‥。
「トコトン縁がない‥」
故郷には家を継いだ弟家族と両親が住んでいる。
乗り合い馬車で2日はかかる辺鄙な田舎だから、帰省するのは年に一度だけ。
それも2〜3日滞在する程度。
例年であれば、丁度実家に帰って時期。
けれど、今年はまだ予定すら立ていなかった。
今日のお祝いパーティーがあったから‥というのもあるが、昨年、弟夫婦の間に甥が生まれた事で「あんたはいつ結婚するのっ!?」と、両親からせっつかれている。
ずっと独身なんて嫌に決まっている。
ただ最近は本当に良い出会いがないだけだ。
心配されている。
それは十分わかっている。
けれどさすがに「次帰ってくる時に見合いをっ!」と両親から手紙が送られて来た時は思わず部屋で「嘘でしょっ!勘弁してよっ!」と叫んでしまった。
空を見上げると、しなやかな弧を描く月がそこにあった。
静かに、柔らかな光を纏って。
風が髪を揺らし、頬を撫でた。
「‥結婚‥」
見合い話を断る為に、両親に嘘をついた。
次の帰省時に紹介するから‥と。
「誰か‥恋人のフリしてくれないかなぁ〜」
ワンピースのスカートを指で摘み、月に一礼。
声には出さず「ねぇ、月女神。私の一等星はいつ現れるの?」と尋ねた。
途中で設定変更したの忘れてた。
コソコソ修正




