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中庭③ つまり、幼馴染の様なもの?

「飲み過ぎたかも。私、ちょっと別室で休んでくるわね」


ミリーは隣席にいた同僚に断って、宴席を抜け出した。


ホールへの出入りは3箇所。

正面の所謂玄関口。

そして会議室や事務室等がある2階への階段。

最後の一つは、休憩室や商会直営店舗、倉庫等へ続くL字型の外廊下だ。


ミリーは休憩室に向かおうと、外廊下を進む。


足元が少しふらついた。

転けないように石壁を支えにすると、手の平にヒンヤリとした温度が伝わってきて気持ちいい。


普段は全く飲まないのに、今日は『特別な日』だからと口にして‥あぁ、きっとアレだ。

会長秘蔵のザガンの銘酒。

2度と口に味わえないのでは!?と、欲張ってお代わりをしたせい。


ーーー


暗い中庭は少し不気味に感じられる。

燭台を借りてくれば良かったかな?と、後悔するが戻るのも面倒だった。


そのうち目も慣れるだろうし。


休憩室に向かっていた私が何故中庭にいるか。

それは目的の休憩室に内側から鍵がかけられ、入れなかったからだ。


普段顔を会わせない者同士が一同に集まり、酒を呑もうものなら、中には箍が外れてしまう人もいる。


皆まで言うまい。


つまり‥諦めて仕方なく中庭に出たわけだけど、こちらに来たのは正解だったかもしれない。

熱った皮膚の上を秋の風が撫ぜて、丁度良い。



ホールから楽しそうな笑い声が離れたここまで届く。あちらはまだまだ盛り上がっているようで、終わる兆しが無い。


宴会は夕方から始まって、今は21:00を過ぎた頃だろうか。どんなに長引いても後2時間程で流石に終わるはず。


何せ明日は休日ではない。

仕事に障りがないよう片付けもしなければならないのだから。


終わるまで居るべき?

それとも皆に任せてサッサと帰って寝ようか?


ミリーは少し葛藤した。


お腹は充分膨れている。

それに人に合わせて喋るのは‥少し疲れた。


「‥酔いが覚めるまで此処にいよう。それで頃合いを見て、2人に声をかけて帰る」


暗闇に目が慣れて、足元に転がる小石が見えた。それをつま先でコツンと蹴ると「カラコロ‥」と、軽い音を立てて石畳を転がり、草木に消えた。


今日の主役は同僚の2人であるトレッサとヨーナス。

幸せそうに肩を寄せ手を繋ぐ彼等は、照れくさそうに頬を赤く染め笑っていた。


ミリーはそんな彼等を思い出し「ふふっ」と笑い、安堵の息をもらす。


「はーっ‥」


良かった。

本当に良かった。

ずっと1箇所に立ち止まっていたように見えた彼女が、ようやく前を向いて歩き始めた。


そのきっかけとなったのは長年近くにいた自分でも商会長でもなく、ヨーナスである事には正直驚いたけれど。



誰に対しても心を固く閉ざしていたようなトレッサ。

純粋な好意ですら拒絶するかのような、そんな空気を纏っていた。

彼女の本心は定かではないけれど、周囲からは『近寄りがたい人』として認知されていたと思う。


今でこそ仲のいい2人だけれど、最初の頃はヨーナスがトレッサにグイグイ行き過ぎて、スッゴイ目で睨まれていた。


私は未だかつて、あれほどの塩対応を見た事がない。


「ふふっ」


ミリーはその頃を思い出して笑った。


当人からすれば笑い事ではなかっただろうし、見ているコチラも決して面白くはなかった。


あくまで今だからこそ‥だ。


よくもまぁヨーナスは毎度懲りずに何度も何度も‥正直傍目から見てもしつこいくらいに話しかけられたものだ。


彼の積極的すぎる行動には正直呆れていた。

いつになったら諦めるのか‥と。


2人の関係性が急変したのはここ一年くらい。

きっかけはトレッサがカルデアに出向した時。


会長はそれまでトレッサを決して手元から離さなかった。なのに突然隣国へ行くよう命じた。


しかも、その時友好的な関係性を結んでいたとは言い難いヨーナスの所へ。


向こうで何があったのか、詳しくは知らない。

けれど確実に2人の距離が変わっていた。


最初はぎこちなく引き攣っていたトレッサの笑顔。最近は自然なものになっている。


あの子が私に恋愛相談をしてきたときは夢かと思って、思わず頬を抓ったわ。


昔と今を比較し、思わず笑う。


何が原因であぁなったかなんてわからないけど、今2人が幸せならそれだけで充分だ。


祝辞の挨拶を務めたアードラー商会の商会長はずっとトレッサの事を心配していた。

彼女の心に深く刺さっている「男性嫌悪」の種は他人がどうこうできる物では無い。


昔、何があったかなんて、傷を抉るような事を聞けるわけもなく、私はただ見守る事しか出来なかった。


商会長はトレッサの事を「妹のように‥」と語っていたけど、それは私にとっても似た様なもので。


けれどもうそれも終わり。

きっとあの2人なら大丈夫だろう。


「‥もう人の心配してる場合じゃないわね」


1人呟き、目を閉じた。


私もトレッサと同じ20代半ば。

『まだ』?それとも『もう』?

大半の同年はとうに身を固め、子供を抱えている年頃だ。


これまで将来を考えてこなかったわけではない。

いつか‥と、人並みに思っている。


ただ、そう思える相手が中々いないというか‥これもまた運なのだとしか思えない。


今、自分の隣に誰もいないのは誰のせいでもない、過去の自分が行なってきた結果。


だからこそ情熱を向ける相手に出逢えた事。

傷つく事を恐れず行動した彼らを尊敬する。


そして、羨ましいと少し嫉妬した。


「最初はどうかと思ったけど、トレッサにとっては案外いい男だったみたいねアイツは」


誰に話しかけているでもないし、同意を求めるでもなく、ただの独り言。


ヨーナスとは商会に拾われた頃からの腐れ縁だ。

異性として意識した事はない。


なんせ彼は初対面で「デケェ女」と、私に言ったとても失礼なヤツだからだ。


ヨーナスは男性にしては小柄な方だが、初対面の10代の頃は輪をかけて小さかった。


そして逆に私は、10代前半で一気に背が伸びて‥つまりそこらの男子より背が高かった。


年上のヨーナスよりも‥だ。


「私が特別デカかったんじゃなくて、ヨーナスがチビだったんだから」


結局私の身長その後全く伸びず、平均より少し高い程度。


そしてヨーナスはというと、10代後半で念願の成長期がやってきたらしい。


「見てろミリー!次に会う時は俺の方がデカくなってんだからなっ!」


わざわざ隣村からやってきてまでそう宣言する姿はいっそ可愛く見えたものだ。

手土産に搾りたての牛乳を渡した事を今でもよく覚えている。


「ふっふふっ」


思い出すとつい笑ってしまう、いい思い出だ。


そして肝心の結果はというと、本人の願いとは裏腹に私より小さいまま成長期は終わってしまったけど。


「ふーっ‥」


こればかりは私のせいではない。

彼本人の努力不足か、遺伝か。


「‥似てないなぁ?」


ミリーは頭を捻った。

頭に思い浮かべたのはヨーナスとその弟の事だ。半年程前から2人が並んで歩く姿を本部で見かけるようになった。


確か名前は‥ノア。


ヨーナスは手を「よぉ!」と上げるのに対し、ノアは頬を赤らめ、ペコッと頭を下げる控えめな、少し恥ずかしがり屋という印象。


初対面で「デカい」と言ってきた兄とは大違いだ。


「‥‥」


どうやら私は思いの外「デカい」と言われた事を根に持っているらしい。


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