中庭② 好機?
雲が移動し、地表に月明かりが戻る。
「‥手の届かぬ憧れ貴女。今宵こちらに降りたったのは花に誘われたからでしょうか?それとも私の想いに気づいてくれたから?もし後者であるならば‥私は貴女に惜しみなく愛の歌を捧げよう」
普段詩人めいた言葉が思い浮かんだとしても、口にする事はない。
なのに不意に声に出してしまったのは、誰も居ないと思っていた中庭に1人の女性を見つけたからだ。
まさか本当に月女神が?
一瞬そう思ってしまったが、雲が徐々に晴れて、月明かりが元通りになってみれば「あぁ‥」と、違う意味で胸を打たれた。
彼女は女神では無くて、ちゃんと存在する人間。
自分が密かに情を抱いている『想い人』。
はっきり顔が見えなくたって、髪型や今日身につけていたワンピースで彼女だとわかる。
わかってしまうくらいに‥コッソリと見つめていたのだ。
自分はまだ、彼女にとって星にすらなれていない。
今夜、皆の前で演奏をしている時。
今日の主役は自分では無いと分かりながらも、少しくらいは自分に興味を示して、見てやくれないかと期待していた。
演奏中に一瞬。
本当に一瞬だけ、目が合って‥微笑む彼女が拍手を贈ってくれて、それだけで俺は満足だった。
彼女は気づいていない。
俺が本部を訪れる時、いつも貴方を見ていた事も、貴方への恋心を胸に秘めている事も。
彼女を見かける時はいつも誰かと一緒で挨拶するのがせいぜい。
当然だ。
此処は職場であるし、顔を合わせる時は仕事中なのだから。
けれど今は勤務時間外で、そして珍しく彼女は1人。
これは話しかけるチャンスなのでは!?
グッと拳を握った。
それにしてもなんだろうか?
さっきからユラユラと立ち位置が定まらないのは‥酔っているから??
驚かせないよう近づきながら、彼女の動きをよく観察した。
楽しそうに鼻歌を歌って。
そして揺れているのは‥
「もしかして、1人で‥ダンス?」
それも、さっき俺が披露した『月と星のワルツ』の旋律。
どうして此処で?
聞きたい事も話したい事も山程ある。
何より‥自分を知って欲しい。
これを逃せば今度はいつ話しかけられる機会がある!?
そう思うと、焦りから「‥今晩は。1人でダンスですか?」と、後先考えず話しかけてしまった。
「えっ?やだ‥誰もいないと思って‥」
彼女は動きを止め、そして困惑の表情で俺を見上げた。
そんな表情ですら、俺の目には可愛らしく映ってしまう。
あ、やば。失敗した?
でも‥いいか。
はなから自分の想いが叶うとは思っていない。
このままずっと想いを告げられず、もやもやと燻り続けるくらいなら‥玉砕を恐れず行動すべきだ。
ここは兄を見習って、先ずはどうにかして接点を作る。その結果彼女から『兄弟揃って変』と、認知されてしまっても‥仕方ないだろう。
「それ、さっきの曲っすよね?俺でよかったら、お相手しますよ」
今だけでも見てくれないか、俺の月女神よ。




