閑話:洋裁店
ポリーヌ洋裁店。
街の南部に位置する、こぢんまりとした住宅兼店舗。
時刻はとうに昼時を回っているのに、店舗の表には「準備中」の札が下げられている。
カランコロンッ。
その扉に取り付けられた、木製のドアベルが軽やかな音を立て来客が来た事を知らせた。
「はーい、只今!」
店主はその音を聞くや直ぐさま返事をし
「申し訳ございません。あいにく、まだ準備中でして。表に札を下げておいたつもりだったのですがーー」
丁寧な口調かつ、足早に奥の住居スペースから顔を覗かせた。
けれど、そこに立っていた人物を見て
「なぁんだ、ミリーか。驚かせないでよぉ」
私的な知人と分かって、態度を一変させた。
ミリーは「あはっ」と笑い返しながら『寝癖が付いてるよ』とハンドサインを送った。
「おはよう?突然ごめんなさいね」
「ううん、それは全然構わない。うっかり寝過ごしていたから、寧ろ助かったかも」
そう言ってポリーヌはキャラキャラと笑った。
ーーー
「昨日?今日?徹夜で作業してて、気がついたら明け方になってたの」
ポリーヌは両頬に手を当て
「はぁぁ〜‥、今回は本当に焦ったわぁ」
と、安堵の息を漏らした。
「それはお疲れ様。でもどうしてそんなギリギリに?ポリーヌはかなり余裕を持って納期設定している印象が強いけど」
ミリーは不思議に思って、右頬に指を添えた。
ミリーから見てポリーヌという人は、薄利多売でなく、どちらかというと厚利少売派。
毎月10人の依頼をコツコツ受けるより、自分が面白いと感じた依頼を1〜3つ受ける。
そういう人だ。
つまり仕事を受ける際、他店より納期を長く設定する傾向にあるから「間に合わないっ!」と、時間に追われる事はあまり無い筈なのだ。
「そう、そうなんだけど。納期は今晩だっていうのに、お客様の体型が短期間で変わってしまったの!それってどうしようもないじゃ無い!?急遽、サイズアップ!しかもソレと気づかせない様な工夫っ!もぉターイヘンでっ!」
ポリーヌはそう言いつつ「コレよコレ」と、現物を見せて、自分がどの様に工夫したかをミリーに語った。
「へぇぇ。布地を足して、更にビーズ刺繍とリボン?はぁ‥私は想像するだけで、嫌になるわ」
でも、その分素敵な仕上がりだった。
薄いピンク。
柔らかな透けるオーガンジーとレースのリボン。
それを着る予定の人は、恐らく10代半ばか、10代後半の若い女性だろう。
体型が変わった‥という話だが、成長期つまり胸が?という可能性もある。
つまりソレの直し作業を徹夜でしていたら、明け方になっていて「つい先程起きた」という事だ。
ミリーは苦笑いしながら
「そうと知らず、連絡も無しに来てしまったわ」
持参した菓子に手をつけた。
「いいのよぅ。仕事は無事終わったのだし、それにこういう時間はとても大事なのよ」
ポリーヌはパチンと片目を瞑ってみせた。
ーーー
「それで肝心の要件はなぁに?」
ポリーヌの問いに、ミリーはギクシャクとしながら、紙袋と一枚のメモを差し出した。
それは誰かの採寸表。
そして紙袋の中に入っていたのはサンプルの布地4枚。
ポリーヌはそれを一目見て、ニヤッと表情をほころばせた。
「ふぅぅん。私の知らない内に良い人を見つけたようね?相手の歳はいくつ?まさか10も20も上って事は無いわよね??」
採寸表から相手が男性とバレるのは仕方ない。
けれど、何故そこまで話が飛躍するのだ?と、ミリーは焦った。
「いや、あの‥待って?何でそんな話に??私まだ何も言ってないわよ?父かもしれないじゃない」
近場に住んでいない、とはいえミリーの両親は共に健在。
そんな父へ偶に贈り物‥という一番安易な発想をポリーヌはしなかった。
そして「父かも」と、そう発言した事によって、その相手が「父では無い」と、知らず知らず認めていた。
「そんなの単純よ。あなたのお父様に服を贈るにしては、色選びが若い。それと、最近あまり此処へ来なくなったというのもあるわね」
ポリーヌの統計上、付き合いたては同性の友達より恋人を優先しがち‥なのだそう。
その答えに図星を突かれたミリーは恥ずかしさから、顔を赤く染めた。
「なるほど‥なるほどね」
浮かれた態度や行動を取っていたつもりはない。けれど、この事でどんな些細な情報から恋人の存在が透けて見えるか‥よく勉強になった。
「ふふーん。背の高い細身の男性。オーダーは普段着使いの、少し綺麗目なリネンシャツねぇ」
「もうあなたに隠し事はなし」
ミリーは両手をポリーヌに挙げて全面的な降参を表した。
ーーー
ポリーヌはミリーの話を聞いて「んんーっ」と、唸って
「話を聞くに、飾り気が無いというか‥機能性重視なのかしらね?そういう気持ち、私も分かるわぁ」
その後「うんうん」と、頷いた。
そして、ミリーはそんなポリーヌの言葉に意外さを感じる。
「えぇー?でも、ポリーヌはいつもお洒落にしてるじゃない。今着ているのだって、あなたは作業着って言うけど、とても可愛いし」
ポリーヌは「これ?」と、自分の服を見下ろし、スカートの裾を指でちょいと摘んで見せた。
「作業し易いように、袖は肘までか七分。仕事上、どうしても糸屑が付いてしまうから、基本はエプロンドレス」
「あ!」
ポリーヌに改めてそう言われてミリーは思い当たる節があった。
そう。
ミリーの記憶にあるポリーヌの服装はいつも手首が出ていた。しかも、冬場でもそうだったから、誕生日に手袋を贈った事も。
「そっか、そういう事ね。あー、いつも見ていたのに言われないと案外気づかないものねぇ‥」
ミリーは机に突っ伏した。
ーーー
「それではご依頼、確かに承りました。完成は1週間後‥という事で」
ポリーヌから渡された書類にミリーは署名しながら
「結局丸投げになってしまったわ。でも、1人で考えていても一向に決まらなくてね」
当初ミリーは布地の選択から、どんなデザインにするかまで全て自分でやろうと思っていた。
けれど残念な事に、まず最初の布地選択から悩みに悩んで、結局ミリーは決められなかった。
悄気てしまったミリーを慰めるかの様にポリーヌは
「いいのいいの。寧ろ、下手に布地を買ってコッチに持ってこられるより良いわ。要は色合いが同じであれば良いのでしょ?」
そう言ってサンプル生地を指差す。
「うん。もうポリーヌのセンスにお任せするわ」
ミリーが力無くそう呟くと、ポリーヌは呆れ声で
「こらこら。私はあなたの良い人に直接会った事は無いんだから。つまり、あなたから聞いた話で想像するしかないのよ??しっかりして?でないと、とんでもない服が出来ちゃうんだからね?」
と、問いた。




