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店内に一歩足を踏み入れると、そこは色鮮やかな空間だった。


色とりどりの生地やリボン。

それらが壁一面、ズラリ並んでいる。


「わぁ‥」


その取り扱っている種類の多さ、そして見せ方にミリーは感動を覚える。


流行りの柄や素材は手前。

正統、凡庸なものは中央に幅広く。

そして祭り等、使用時期が限られる物は奥に少しだけ。そういった雰囲気だった。


色合い、素材毎にキチッと整頓されている。

それらから、店主の強いこだわりと性格が伺える。


こういう雰囲気は好きだ。

何時迄もずっと見ていられる。


ミリーはすっかり目と心を奪われていた。


流石、この街で一番種類豊富な布地屋と皆が口を揃えて言うだけある。圧倒されつつも、棚の端から順々に一つずつ見ていった。



じっくり時間をかけ、数ある内から2つ選び取った。


一つは上品で落ち着きのある濃紺。

そしてもう一つは、自然で安定感がある深緑色。


この2点は店を訪れる前から考えていたもの。



しかし「本当にコレでいいのかな?やっぱりあっちの方が良いかな?」と寸前で悩み、決断出来ずにいた。


濃紺と深緑。この2つは間違いない。

何処に着て行っても恥ずかしくないし、何より着回しがきく。


でも、無難で遊び心は無い。


「うーん」


ミリーは後者の2点に自然を向けた。


秋らしい明るく鮮やかな、銀杏色。

次に、夏の野鳥や矢車菊に近しい瑠璃色だ。



ミリーは色見本を手に取り、その4つの中からどれを選ぶか、再考し始めた。


ーーー


色抜けしたような黒色。

灰色とも紫色とも言えない霞色。

街中に立っていると背景に溶け込んでしまう様な砂色。


ノアの服はそんな色ばかりだ。

はっきり言うと『地味』の一言につきる。


別にそれら全部が駄目と言っているのでは無い。

どんな色や形でも、組み合わせ次第でいくらでも活かす事が出来る

問題は組み合わせ。

あとはその場に合わせる意識‥だろうか?



と、言っても。



正直な所、これまであまり気にしていなかったというか、気づかなかった。


「あれ?」と、思ったのはつい最近の事。


毎日顔を合わせる様になり、相手の事が少しずつ知れてきた結果だと思う。


服が地味であろうと、仕事に影響はない。


むしろ汗や土埃で汚れる損を考えれば、仕事用と私服でキチッと分ける方が良いだろう。



あの日、もし普段着で告白されていたら‥多分私は真剣に受け取らなかった。

おそらく「何言ってるの?」って、流したと思う。


あの夜はノアの実兄ヨーナスの祝いの席で、失礼な表現かもしれないけど、彼にしては珍しくキチッとした格好をしていた。


あとはあのバイオリンの演奏。

アレの効果はハッキリ言って絶大。


カトリーヌ王女が商会本部を訪れた際もそう。

衣装部屋にあるものでとりあえずアレコレ見繕っただけだったけれど、似合うものが数点あった。


それはつまり、服装に関して今はまだ原石の状態。彼の意識次第で、この先はいくらでも光る可能性がある‥という事。


あぁ、想像するだけで楽しい。


「‥‥でもなぁ」


果たしてどう彼を説得すれば良いんだろう?


そのまま率直に「地味」と、貶すわけにはいかない。遠回しに言っても正しく伝わるか怪しい。


今ある服全てをどうにかして欲しいと言っているわけでもなく、1、2点買い足せば‥。


そこまで考えて「あっ」と思いついた。

そう、別に彼が自分で買わずとも、私が買えば良い。


そして、贈り物として渡せば良いのだ!


そうなると、心配なのは‥。


「ん〜‥。嫌味に思われるかしら?何か変な意味合いに受け取られたく無いわね‥」


物によって贈り物には意味が込められる。

良かれと贈ったものが思わぬ揉め事のタネになっては意味がない。


えぇと‥女性から男性‥。

必死に記憶を手繰った。


男性が女性にドレスや宝飾を‥これはよく聞くわ。でも逆はあまり聞かない。

女性からだと、どうしても「お手製のハンカチ」が定番になっている気がする。

毛糸で家族の為に‥コレもよく耳にする。


でも私が今、思い出したいのは付き合っている男性に「服の贈り物をする事」の意味よ。


なのに、全然思い出せない。



というか、今更だけどアレね。

私のこの考え、もしかして重いかしら?


でも、ノアったら仕事着だけでなく、私服も地味なのよ?だったら、こう考えてしまう仕方ないじゃない??


否定しているわけじゃないの。

今の彼も充分素敵だと思う。


でも、これから毎回会うたびに「この服を着せたい」と「こっちの色の方が似合う」と、悶々とするくらいなら、私が一度行動を起こして、ノアの反応を見ても良いんじゃ無いかって思うわけよ。


勿論、本人にそれを説いて変わってくれるなら尚良いけど‥多分難しい。


その理由は彼の性格というよりは、ノアの生活状況。


「若いし、一人暮らしだし。そこに割く余裕は‥微妙ね」



本人がどうしても嫌って言うなら仕方ないけど「今度この服を着て遊びに行きましょう」って誘えば受け取って、着てくれないかな?



例えばこう‥


時計塔広場で2人ベンチに座ってのんびり。

喫茶店でお茶を飲みながら‥。

少し遠出して、隣町に行くのも良いわね。



1人妄想に耽る。


「いいわぁ」


口元が自然とニヤけてしまいそうになり、慌てて繕った。


事前に、誰も周りにいない事は確認済み。

だけど、用心に越した事は無い。


「んんっ!」


咳払いをして、自分の気を落ち着けるとともに、気も引き締める。


そして深呼吸をした。


何とも私らしく無い。


例えノアの名前を伏せたとしても、この内容をそのままトレッサやヨーナスに話そうものなら、きっと驚かれるし、ついでに笑われそう。


それくらい変な自覚がある。


こんな風に考えたり、思ったりするのは、多分自分の欲が出てきたせい。


もう少し「こうなって欲しいな」「こうしたらより格好良く‥」という希望が胸にムズムズと疼いてどうしようもない。


でも、押し付けは良くない。

それは充分分かっている。


ミリーは「うぅ‥」と頭を抱え悩んだ。


ーーー


ノアは基本的にゆるくダボっとした服を好む。


特にシャツ。

肩や腕周りに余裕の無い物がどうしても嫌だと言っていた。


それはおそらく服が突っ張る事で演奏に支障が出るだとか、仕事で身体を動かすと汗で布が張り付く‥とかだと思う。


だからそこに関しては仕方ない。

何せ自分が着るわけでないし。


着心地は大切だ。

いくら見目が良くても、不快感があってはならない。


せめてもう少しパッと目につく色をいくつか買えばいいのに、何故あんな地味な色ばかり揃えているんだろう?もしかして色に対してもこだわりが?


もしそうなら、いくら私が良かれと思い勧めても意味がないけど‥。



贈り物をする何か良い理由。



暫く「うーん」と悩み思い至ったのは、


①泊まりに来た際の着替え。

②同じ換えの下着。


自分で考えた癖に、何とも恥ずかしい。

けれど、これであれば、大きく彼の意思を阻害する事も無い。


あくまで多分だけど。


難産 うぅー_(┐「ε:)_

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