トランプ
机にショットグラスと酒瓶。
そしてバラバラに散らばったトランプ。
俺達は今、負けた方が一杯飲むという賭けカードゲームの真っ最中だ。
ルールは簡単。
配ったカードが全部無くなれば勝ち。
ただし、一枚だけ道化師が紛れているから、同時に無くなることはない。
そして、今回は最小人数2人でゲーム中。
必ずどちらかの手元にあるわけだ。
机の向かいに座るミリーさんは涼しい顔をして「どうぞ、次はノア番よ」と手元のカードを差し出した。
俺の手元に道化師はいない。
つまり、彼女の手元に絶対あるわけだ。
ゲームは終盤に差し掛かっている。
俺の手元は残り3枚。
そして彼女は4枚。
序盤なら「まぁいいか」と楽観視できるけれど、今は引きたくない。
どれもこれも怪しく見える。
その中でもとりわけ怪しい雰囲気をかもしているのは、不自然に飛び出した一枚だろう。
これか?
これが道化師なのか?
それとも、今度はこっちに意識をさせておいて、隣なのか??
俺はミリーさんの心理戦にまんまと嵌っていた。
因みに現段階の勝敗は散々たる物。
勝ち2に対して、6負けている。
酔いも随分回って来たし、本当に分が悪い。
「もー‥。ミリーさん強すぎ。全然表情変わらないじゃないか」
俺はぼやきとともに、意を決して一枚のカードを抜き取った。
ーーー
髪に櫛を通す彼女の姿を見て、俺は以前から「聞こう聞こう」と思っていた疑問を投げかけた。
「ミリーさんはどうして理容師にならなかったの?」
その問いに彼女はピタッと手を止めて「‥そうねぇ‥」と言い淀み、そして手に持っていた櫛を鏡台にコトッと置いた。
彼女は俺に背を向けたまま、こちらを振り返らない。
ただ、俺からは少しだけ鏡に映って彼女の表情が見てとれた。
少しだけ俯き、目を閉じ唇をキュッと結んで。
今にも涙しそうな‥そういう表情。
見るべきでは無かった。
聞くべきでは無かった。
瞬時にそう思った。
けれどもう遅い。
見えてしまったものは、無視する事も、忘れる事も出来ない。
その上で俺の取れる対応。
それは気づかぬふりをする。
他に良い方法が思い浮かばなかった。
「ごめん。ちょっと気になっただけだから、今のは忘れて」
そう付け加えると
「ううん。別にやましい何かがあるわけじゃ無いの。単に‥思い描いていた理想と現実が大きく食い違っていて‥」
ミリーさんは瞬きもせず、一点をぼんやりと見つめていた。
きっと当時を思い出したのだろう。
「そう、だね。よく聞く話かも」
言葉は濁され、俺は具体的に「何が」と想像し難い。
だけど失敗や挫折なんてものは、誰にだって何処でだって、往々にしてよくある話。
ーーー
俺が同年代から良く聞いた話だと、街に憧れ田舎を飛び出したものの、上手く馴染めず、結局故郷へ‥。
もしくは仕事を求め王都に来たものの、思う様に仕事が無く、食うに困った等等。
可哀想だと思う。
けれど、あいにく俺は彼等に差し伸べる手を持ち合わせていなかった。
だってそんな人は毎年数えきれないくらいいる。
一度助けたからといって、その後立ち直れるかどうかもさだかではないし。
そんな人を王都で数多見送って来た。
そして俺の元にも、その役が巡って来てしまった。
ただ、それだけの事。
「どうして俺がっ!」
精神的にも肉体的にも荒れた時期があった。
あの時助けなければ‥。
そんな最低な考えも頭に浮かんだ。
でも、とうしようもないだろ。
咄嗟に「護らないと」「止めないと」と、反射的に身体が動いてしまったんだから。
俺は、シルスタンを恨んだ事は無い。
けれどその元凶。
ナイフ片手に襲いかかって来た女生徒。
彼女を許す事は無い。
ーーー
「理容師にならなかったんじゃ無い。私が途中で投げ出してしまったから、なれなかったの」
不安?からか、ミリーさんは力一杯ぎゅーっと俺に抱きついてきた。
俺はそんな彼女の背を撫で、髪に頰を寄せた。
艶があってしっとり。
そしてヒンヤリとした感触だった。
「私、世間知らずだったのよ。甘い言葉に騙されて、勝手に期待して」
「うん」
「騙されてたんだって、この街に来てすぐにわかった。‥今なら少し考えれば、簡単に分かる事だったのに馬鹿よね」
ミリーさんは相変わらず「何に」とは語らない。
でも俺の統計上、これは多分「男」が原因。
上手く唆されたか、それとも彼女が盲目的になったのか‥。
近年の彼女からは想像つかない。
だけどミリーさんだって完璧じゃないし、10年近く前ともなれば、そういう時期があっても不思議では無いと思う。
相手が既婚者だったか、それとも‥。
俺はつい下衆な想像をしてしまった。
そして、胸にドロドロと汚泥が積もった。
自分以外の誰か‥。
何一つ面白く無い。
だけどそれがあって、今があるのだから仕方ないと理解しなければ。
「ごめんなさい。こんな話、面白く無いわよね」
ミリーさんがおずおずと顔を上げ「幻滅した?」と俺に問うた。
その目の端に涙が見える。
「昔の事でしょう?それにその後、ミリーさんはちゃんと商会で頑張ってる」
「うん。私‥運良く大奥様に拾って頂いたから、せめて恩を返さないと」
大奥様。
それは商会長の母君。
以前兄貴から聞いた話では、ウルグ家の一切合切を取り仕切っている女傑だと。
但し、アードラー商会の運営に関しては関与していないから、俺達が直接顔を合わす事は無いとも。
義姉は会長に救われたと言っていた。
そしてミリーさんは大奥様。
2人ともウルグ家に救われて、それで今があって。
それが巡り巡って、俺達兄弟にまで縁が繋がろうとしている。
何か不思議な感覚だ。
「俺、ミリーさんの事なら何でも知りたいよ。まだ頼りないかもしれないけど‥猫の手よりはマシなはず。悩みがあったら俺に言って欲しい。あと、打ち明けてくれてありがとう」
額を合わせ、そのままグリグリ擦り付けると、彼女は「ちょ‥痛い」と笑った。
そして「猫にしてはデカいなぁ」とも。




