それぞれの想い。ミリー
採寸は滞りなく終了。
丁度昼時だった事もあり、私達は時計塔広場に来ていた。
「今日ここを通り過ぎた、凄く良い匂いがしたんだよね。だから昼ごはんには絶対コレを食べるって決めてたの」
そう語るシルフォーネ様の手には大きな串焼きがあった。姿に反して案外ガッツリした物を好むらしい。
そして美味しそうに齧り付く食事姿を見ながら、私はこれからこの方を「どう」呼ぶべき何だろう?と、頭を悩ませた。
今お召しのワンピースなら、シルフォーネ様で間違いない。
けれど問題はこの後に続くテーラーとの打ち合わせだ。その席では本来の男装‥シルスタン様として席に着く。
理由は和平式典のドレスコード。
国主催の行事であるから、当然正装での参加が義務付けられるからだ。
ーーー
学院側は何故シルフォーネ様を選出したのだろう?
何か理由があってこの姿をしているだろうに、わざわざ公になるような事を‥。
着替えを手伝いながら(背中のボタンを留めただけですよ?)素朴な疑問をご本人に伝えた所、シルフォーネ様は後ろを少し振り返り私の目をジッと見てこう言った。
「僕の口から話すと、自惚れが過ぎるって思われそうだな」
何とも言えない迫力。
年若く、見目は可憐であるのに、その中に毒を溜め込んでいるような‥。そんな空気を感じた。
「メイヤーさん?」
名を呼ばれハッとした。
気のせいかもしれないけれど、何だか試されている様な気がしたのだ。
それならそれで、こちらもある程度開示しよう。
「そんな事はありえません!その‥私は音楽の世界に疎くて申し訳ないのですが。事前に手渡された資料。それを見るだけでもいかにシルフォーネ様が優れているかが伝わってきます」
そこには、ここ数ヶ月で招かれた夜会の主催者‥公爵家を始め有名所がズラリ書き連ねられていた。
「その中には、こちらをご利用される方の御名前も御座いました。その中の幾人か‥直にお話させて頂きましたが、皆様とてもお上品でお優しく。爵位に相応しい御立派な方々ばかり‥と記憶しております」
「つまり、その人達が僕を呼んでいたから間違いないだろうと?」
現段階はそう。
逆に言えばそれしか、基準がない。
なんせ、商会長も私もシルフォーネ様の演奏を聴いた事がない。唯一あるとすればノアだけ。
「あの方達は価値のないものに興味を示されません。ただの噂に惑わされる事も御座いません。例えばシルフォーネ様の演奏に心打たれた‥ならば、ご参加された夜会の後にお声がけをされているはず」
シルフォーネ様は目を見開いた。
「まさかいつ何処で夜会が開かれたのか、誰が参加していたのかまで分かってるの?」
「それは‥企業秘密という事で」
これ以上は、と手で口を覆った。
ーーー
「学院は僕を選ばざるを得なかった。王立としての‥威厳?を保つ為にね」
「でもそれではシルフォーネ様が」
「僕、世間に隠してるつもりはないよ。この格好をしていたら、勝手に皆が僕の事を女だと思い込んだだけ。メイヤーさんもそうでしょう?」
勝手に!?
確かにそうだけど‥何とも凄い。
「ですが、お名前の方は?報告書にはシルスタンとは書かれていませんでしたよ?」
「あー‥。名前はまぁ‥。ちょっと広めたくない理由があってねぇぇ。それは故意に隠してる」
シルフォーネ様は眉根を寄せて、額に手を当てた。
「でもあれだよ。今回の式典、正装は絶対だけど名前は公表しなくていいんだ」
「そうなのですか?」
「うん。それだけは助かるよね。ちなみにノアは何て言ってた?」
先日の記憶。
カトリーヌ殿下、商会長、ノア3人の会話を思い起こした。
ノアは左手の状態を理由に断ろうとしていた。
そしてMr.ラーデが自分である事を隠したがった。
私は勿体無いと思った。
何故そうも頑なに隠したいのか。
「えぇと‥。ノアは‥演奏に不安を抱いてる様でしたが、名と姿が出る事に対しては嫌悪を抱いてなかったと見受けます」
「そっかー」
シルフォーネ様の表情が一瞬曇った。
「?」
3者の話し合いが行わらた後、そして今日。
ノアから強く言い含められている事がある。
それはもしシルフォーネ様がMr.ラーデの事を口にしても「知らない」と答える事。
ノアの演奏を聴いた事があるかと訊ねられたら「兄夫婦の余興で弾いた一曲だけ」と答えて欲しいと。
「メイヤーさんは、ノアの演奏をどう思った?今回の補佐に選ばれたんだ、一度くらい聴いた事があるんでしょう?率直な意見を聞かせて?」
その顔に陰りはもう無かった。
「私が聴いたのは『月と星のワルツ』という曲だったんですけど、素晴らしいと思いました。穏やかですが、思わず踊りたくなる様な‥?自然に身体が揺れるっていうんですか?そんな感じで楽しくなります」
そう語るとシルフォーネ様は「だよね!」と、破顔した。
ーーー
「呼び方ぁ?家名は絶対嫌。普通にシルかルゥでいいよ。敬称もいらない」
「仕事上そういう訳には」
「じゃあシル様で良いんじゃない?」
私が悩んでいるとノアが「はい、決定!」と言って私達の間に割り込んだ。
「‥何ヤキモチ?僕がメイヤーさんの隣にいると嫌なの?」
「え、違うよ?俺がシル様の隣に座りたいだけ。ついでにメイヤーさんの隣にもね」
そして屋台で買ってきた串焼きをシル様に手渡した。
「どうも〜。じゃあ両手に花じゃん?色男だねぇ〜」
ガブッと勢いよくソレに齧り付くと「ん〜〜!と美味しそうに唸った。
「気をつけなよ?そのタレ、服に付くと中々落ちないんだってさ。前に誰かが言ってた。ほら」
ノアはそう言って、膝にハンカチまで。
「ありがとう〜。流石ノア!気が効く〜」
「一応お客様ですから?」
「はっ!そうだった!」
会話の内容を聞かなければ、2人はまるで恋人同士のよう。
隣にいる自分がそう思うのだから、きっと道行く人たちも同じ様に思っているだろう。
でも皆さん。
信じられないでしょうが、彼等は男同士なんですよ!
そして‥公にはしていませんけど、私が真ん中の彼とお付き合いしてます!
「‥‥」
こんな1人遊びをつい考えてしまう程度に、私はちょっとした疎外感を感じている。
やっぱり誘いを断ればよかった。
そうすればきっと、こんな思いをせずに済んだ。
ーーー
止め止め。
こんな事、ここで考えても仕方がない。
暗い考えを振り払うかの様に、手に持っていたパンに齧り付いた。
「っ!」
それは時計塔広場の一角にあるパン屋で購入したもの。最近少し話題になっていて、この機会に購入したのだ。
その形状は上下から強く潰したかの様な薄っぺらいパン。決して発酵や加工に失敗したわけではなく、こういう物なのだそう。
さらに外見から想像付かない、濃厚なチーズとハムの味に私は衝撃を受けた。
外側はカリカリ、中はとろーり。
一口また一口と、食が進む。
明日も明後日も食べたくなる美味しさ。
でも‥でもっ!!
そんな事をすればあっという間に!!
私はさっきのまでの悩みも忘れ、自分の欲求と静かに格闘していた。
すると、何の前触れもなくノアが私の脇腹を突いてきた。
「んぇ!?な、何ぃ?」
ノアは悪びれる様子もなく、更に肩をトンッと当てて「ソレ、美味しくないの?」と、コチラを覗き込んで聞いてきた。
「ううん、とても美味しいわよ?何で?」
「や。何か変な顔してたから。口に合わなかったのかなぁ?って」
とんだ誤解をさせてしまった。
私はただ「太るかも知れない」と葛藤していただけ。この美味しさ自体は皆に知って欲しいし、何なら全力で広めたい。
店主の為にもここで疑いを晴らしておかなければ!
「そうだった?良かったら一口食べてみる?」
パンを少し回転させ、齧り跡が無い所をノアに「はい」と差し出した。
ノアは一瞬目を見開き驚いた後「じゃあ」と顔を寄せ、そのまま齧り付いた。
こ、コレは!?
巷でいう恋人同士の「あーん」ではっ!?
意図せずそうなってしまい、私の体温はボッと上がる。だって私は手渡したつもりだったのだ。
それなのに、それなのにっ‥!!と、恥ずかしさから汗が出る。
そんな私とは真逆にノアは平然としていて「うん。美味い」と、ただ一言。
「何パン?」
「名前は知らないけど、チーズたっぷり。美味い」
「いいなー。明日買おうかな」
「っていうか、シルはいつまでコッチにいるの?」
そして何事も無かったかのように、またシル様との会話を続けている。
あ、あれぇ?
もしかして、私が過剰反応しているだけなのかしら??
そう思って1人しょんぼりとしていたら、ノアはこちらに手を向け指先で手招きをしてきた。
それも絶妙にシル様から見えない角度。
これは確信犯である。




