シルフォーネの条件②
「ノアっ!?わぁ〜久しぶり〜っ!」
部屋に入って早々、シルフォーネ様はノアに駆け寄って、その腕に抱きついた。
「会わない間にすっごい背伸びたね!何か、大人って感じ!」
ノア曰く、直接会うのは2年半ぶりらしい。
音楽院を出た後も、手紙で連絡を取っていたそうだけど、それも最近では途切れていた‥と聞いている。
事前情報として渡された資料には15歳と書いてあった。
つまり学院にいた頃の年齢はシルフォーネ様が12〜13歳、そしてノアが17〜18歳??
なるほど、若い。
そしてきゃあきゃあと喜ぶ姿は実に可愛らしい。
この年頃は「自分が拒絶されるわけがない」という謎の自信と、他人の目を気にしない最強感の塊だからな。
私は昔の友達を思い出して、懐かしい気分になった。
「シル、落ち着いて。あと、離れてくれないかな」
ノアは私の目を気にしてか、それとも本当に嫌なのか腕を引き抜こうと踠いている。
大丈夫。
それくらいじゃヤキモキなんて妬かなーー。
「えー。いいじゃん、ちょっとくらい。僕ずっとノアに会いたかったんだよ?なのに、最近ノア全然返事くれない」
「仕方ないでしょ。俺、仕事であちこち移動してるし。手紙だって、王都からこっちまで3日はかかるんだからさ」
「そうだけど‥」
シルフォーネ様は口を尖らせて不満を露わにした。
あっ!
もしかして友達以上の感情をノアに?
だから、学院をとうに辞めた彼を無理矢理式典に?
これは‥絶対ノアとの関係を知られてはいけないわ。
「ほら落ち着いて。ミリーさんが驚いてる」
そう言ってノアは私の隣にツツツッと寄ってきた、そして
「シル。もう聞いたと思うけど、こちらミリーさん。式典の打ち合わせとか色々な事を補助してくれる」
「先程挨拶は済ませましたが、改めて宜しくお願いします。私、ミリー・メイヤーと申します」
「‥宜しく、お願いします」
シルフォーネ様は人見知りなのか、手をモジモジさせて急にしおらしくなった。
「正直日数はあまり無い。だから完全オーダーメイドは無理だけど『どんな物がいいか』という要望はしっかり伝えなきゃいけない。わかるよね?この後すぐ採寸もするよ」
ノアは駄々をこねる妹に言い聞かせる様に淡々と説明を開始した。
「わかってるよぅ」
今日のシルフォーネ様は水色のワンピースをお召し物だ。各所レースで縁取られ、その中で襟とボタンだけが白い。
その印象は成長途中の可憐な少女。
そしてノアも細身で、どちらかといえば濃い色味が似合う。
さて、この2人を合わせるとなると、どうしようかな?まずは好み、そしてどうしても避けたい雰囲気を聞いてみようか。
「シルフォーネ様は今お召しになっているような雰囲気の物がお好みでしょうか?」
相手は貴族令嬢でも大店のお嬢様でもない。
けれど、和平式典を盛り上げる為に一役与えられた、界隈では有名なピアニスト。
王立音楽院の首席ともなれば、この先の未来も明るいはず。これを縁として、信頼を結ぶべき人だ。
丁寧に。
だけど、謙りはしない
何故なら、それは必ず相手に伝わるから。
「‥えぇと、メイヤーさん」
「はい」
「あの、僕さぁ」
シルフォーネ様は何かを言い淀み、躊躇って「うーん‥」と悩んでいる。
そういえば先程から一人称がずっと「僕」だわ。若い子達の間で流行っているかしら??
「シル。どうせすぐバレるんだ、早く言えよ」
「わ、分かってるって」
ノアはやけに当たりが強い。
昔からの知り合いといっても今は仕事中で、相手はその顧客だ。
何だか彼らしくない。
けれど、もしかしたらそれだけ付き合いが長くて、お互い気が知れているという?
流石に少しモヤっとしたものが心に湧いた。
ーーー
シルフォーネ様は右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出し
「申し訳ありません。正しい挨拶がまだでした。僕の名はシルスタン・ユーグリッドソン。公称している『シルフォーネ』は偽名なんです」
そう私に謝罪をした。
「シルスタン‥様?」
「はい」
綺麗なボウ・アンド・スクレープはまだ崩されていない。
え?嘘でしょ?
私はその姿を見ながら、どうしても信じられず、思わず自分の頬をギュッとつねった。
「???え、痛い?」
「ミリーさん、ごめん。本当なんです」
ノアがそう言った後、シルフォーネ様‥いやシルスタン様はスッと姿勢を正し
「僕こんななりだけど男。まだ信じられないなら、見る?」
「え?だん‥せ‥い?」
彼??彼女??は、何処からどう見ても少女の服装で、年頃の少女が照れ笑いするような顔で、ワンピースの裾を手でスッと持ち上げた。
「!?」
提案から、行動に移すまでの速さがあまりにも早い。私は遠慮の意見を述べることも、目を閉じる暇も無かった。
白く細い足が目に入る。
そして下履きが少し見えた所で、目の前が真っ暗になった。
「ばっ!何してるんだ!女性に変な物見せるなよっ!?早く降ろせっ!」
「だって手っ取り早いじゃん?それに、ノアの言い方だと、同性ならオッケーって事?」
「はぁ?シルがそういう格好をするのは別に止めないよ?したくてしてるんだからさ。俺はもう見慣れたしね?でも男の下着を見たいなんて思った事は一度もない」
ギャンギャンと2人が言い合う声。
真っ暗になったのは、ノアが手で私の目元を覆ったからだった。
「知ってる。だってノアはあれだよね。そこのお姉さんみたいな、脚が綺麗で胸の大っきい人が好ーー」
「シル、お願い黙って。怒るよ」
なんだか2人の会話を聞いていて、私は驚きよりも面白さが勝ってきた。
「ふっ‥ふふっ‥ふっ」
「ほらー笑ってる!怒ってないよ」
「違う、俺が怒ってるの」
「何でノアが怒るのさ??怪しーっ‥それ、絶対に気ぃあるでしょ。それか、もう付き合っちゃったりしてる?エロっ!早っ!」
「うるさい。だから嫌だったんだよ」
なるほど。これは紛れもない多感なお年頃の、それも男同士の会話だぁ。
「ノア酷い。友情より恋人なの?」
「何言ってんの?もういいから黙って」
大変だ、このままでは喧嘩に発展しそう。
私は『手を離して欲しい』と、口に出さずノアの手に触れると、彼はすかさず手を離した。
「‥ミリーさん。ごめんね」
ノアはすっかり意気消沈、という風にがっくり肩を落としている。
せっかくビシッと決めたスーツが台無しだ。
「いえ、いい‥のよ。んふっ‥」
まだ笑いは治らないが、とりあえず一旦仕切り直そう。
ユーグリットソンという家名に聞き覚えは無い。
けれど、万が一はある。
和平式典を引き受ける条件として、彼が何故わざわざ「口の硬いテーラー」をあげたのかわからなかったが、ようやくこれで意味がわかった。
採寸をすれば、嫌でも彼が男だとわかる。
そして、和平式典は既製服で参列できるような場では無い。
そうとなると、前述の条件が必要となるわけだ。
「御安心下さい、シルスタン・ユーグリッドソン様。アードラー商会は何でも取り扱いますが、口の堅さも売りにしております。御客様の情報を外部に漏らす事は絶対致しません」
私は商会長の同伴で鍛えたカーテシーで礼を返した。
そして私は改めて強く思った。
見た目で判断をしてはいけない‥と。




