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あれは貴方だった

ガバガバ設定で書き始めたツケが今来てるぅ。


さて、大寒波がやってくるそうで。

不要不急の外出は控え、お家に篭りませう( ̄▽ ̄)



貴賓室から退出後、その前室で私とトレッサは待機し、お互いに情報交換を始めた。


「ねぇ。ノアの事知ってた?」


「いいえ。あの人お喋りだけど、そういう事には口が固いから」


あの人とはノアの実兄であり、トレッサの夫であるヨーナスの事だ。


「確かにそういうトコあるかも」


「私はそれよりも王女殿下の来訪に驚いてしまって、まだ心臓がバクバクしてる」


はぁぁ。と、トレッサは胸を押さえていた。


それはそうだろう。

トレッサも私と同じ商会長の補佐をしているが、どちらかといえば事務方。


そして私は社交向け。

せいぜい月に一度くらいだが、夜会の同伴や代理出席を任されているから、多少慣れている。


そうは言っても、今回の相手は流石に桁違い。

私も緊張で喉がカラカラになっている。


「わかるわぁ」


そうこうしていると、商会長とノアが共に出て来てトレッサを呼んだ。


商会長とトレッサが何か話す中、時折ノアも頷いている。


けれど視線だけはこちらを向いていて、私の心は落ち着かなかった。


ーーー


私は彼が音楽院にいた事は勿論、時計塔のMr.ラーべである事も知らなかった。


だけど、彼がまだそう呼ばれる前に出会った記憶はある。


あれは確か二年近く前だ。


休日に時計塔近くを歩いていたら靴のヒールが突然折れた。


それは当時付き合っていた彼氏と別れた直後、そしてお気に入りの靴まで駄目になって、何だかもう自棄っぱちになっていたと思う。


私は別れを素直に受け入れた。

引き留めも、泣きもしない私にあの人は「お前は1人で平気だもんな」と、ため息をついた。


もうこちらを見る事も嫌なのか、顔を背けて。


そんな事はない。

そんな事はないのに。


素直に甘えられなかった可愛げのない自分が嫌いで、私は言い返す事も出来ず、せめて無様にならないよう「今までありがとう」と無理矢理笑顔を貼り付けて彼の前から立ち去った。



折れたヒールを眺め、今更涙が溢れてきた。


それは自分の意思で止められず、止めどなく頰を伝い、私は暫くその場に立ち止まってひとしきり泣いた。


ズビッと鼻を啜る。


鏡は見ていないが、多分酷い顔をしている。

化粧も落ちて、目も腫れて‥。


「はぁぁ‥」


今すぐ布団に入って寝たい。

だけど帰るにしても、この靴の状態では無理だった。


一瞬、商会本部にと思ったが、行けばアレコレと散策されるのは目に見えていて、その選択は即座に捨てた。


この辺りで一番近くの靴屋‥。


新しく買うなり、修理してもらうなり、とにかくどうにかしなければ。


「確か向こう?」


確かここから2分程の位置に一件あったはずだ。

普段利用しない店だけど、この際何処でも構わない。何より歩いて行ける距離だし。

私は裸足で歩く覚悟を決め、もう片方を脱いだ。


ーーー


鴉‥Mr.ラーべに出会ったのはその時だ。


「待ってお姉さん」


私は見知らぬ男から声をかけられた。


「はい?」


顔を上げてみると、そこには何とも怪しい姿の男。

最初はその姿に驚いて、思わず叫び声をあげてしまった。


何故なら彼は真昼間に真っ黒な格好で、鳥の仮面までしていた。驚くなと言う方が無理。


けれどその奇抜な姿のおかげで、少なくともナンパだとは思わなかった、


時計塔広場は、人々の待ち合わせや、憩いの場として愛されているが、出会いの場‥という側面もある。男女問わず、迂闊に1人でボーッとしていると「お茶でも‥」と、声が掛けられる事で有名なのだ。


「な、何ですか?」


警戒し、答えると


「驚かせてごめん。えぇと、さっきからずっと貴女の足が気になっていて‥。裸足で歩くのは痛いだろうし、何より怪我するから‥。貴女さえ嫌じゃなければ僕が目的地まで抱き抱えようかと」


返ってきた言葉は至極真っ当で親切だった。


つまり変なのは外見だけ。


「え、そんな‥見ず知らずの人に‥」


申し出は有り難かったけど、正直不安が大きかった。彼は自分と同じくらいの身長。


そして私はやや(?)肉付きが良い自覚があった頃。

本当に抱えられるの?と、疑ってしまった。

だってこれでもしも持ち上がらなかったら‥三重苦だ。


だから先に断った。


けれど彼は「うーん‥」と考え込み、そしておもむろに上衣を脱いだ。


それを見た私は大混乱。


何?何で脱いだの!?

それをどうするの!?


そう思っていると


「これ、足に巻いて。これなら怪我しないと思うし」


彼は淡々とそう言って、服を手渡して来た。


「えっ?えぇっ!?だってあなた、それじゃ裸よ?」


「行き先は靴屋だよね?付いてくよそこまで。服はその時返してくれれば良いから」


確かに目的地は靴屋だ。


「だ、だけど‥それだと、あなたが汚れた服を着て帰る事になるじゃない」


戸惑って動こうとしない私に痺れをきらしたのか、彼は「あー‥」と面倒くさそうに天を仰いだ。


人目がある事から、私は恥ずかしさと、申し訳なさでいっぱい。


「いいのよ、直ぐそこだし。あの、これありがとう。私は本当に大丈夫だから」


そう断り彼に服を返して「じゃあーー」と、立ち去ろうとした。


その時ーー私はよくわからない一瞬のうちに、彼に抱え上げられた。


「っ!??」


「もー、面倒くさい。素直にありがとうって言ってよ。ほら腕回して。そう。それでもっとしっかり掴んで」


狼狽え、混乱する私を他所に、彼は顎でアレコレ指示を出してきた。


「えっ?あ、はい。すみませ‥」


「後さ、そこのソレとって。俺、手が塞がってて持てないから」


「そ、ソレ?どれよ?」


何故こんな今さっき会ったばかりの人に言われなきゃいけないの?と、情けなくなった。


それでも助けてくれようとしている。

それは嫌と言うほど伝ってきたから「我慢っ!」と、自分に言い聞かせ、彼の指示に従った。


「後ろにある楽器ケース。俺の大事なものだから、絶対落とさないでね」


言われた方向を見てみれば、確かにソレはベンチの上に置いてあった。


ーーー


無事靴屋に到着し、そこでお別れ‥と思いきや、彼は私の手を握ったまま「お姉さん、何か聴きたい曲はありませんか?」と尋ねてきた。


「えぇ?」


急にそんな事言われても思いつくわけがなく、ざっくりとしたイメージを伝えた。


「何かって言われても、あまり詳しくないし。‥でもそうね、ちょっと疲れているから静かな雰囲気が良いわね」


「ふぅん‥静か‥静かねぇ。それってどんなイメージ?そよ風とか、夜とかさ?」


初対面の彼がどうしてそんな事を言い出したのか私には理解出来なかった。

それに仮面で表情も読めないし。


でも多分。

私を慰めようとしているんじゃないか?

それだけは伝わってきた。


今日初めて会った相手にこんなにも‥変な子だわ。

でも、良い子。


ふふふっ。と、笑いが込み上げた。


「じゃあ水。綺麗な水が広がっていくような、そんな曲を」


「‥‥オッケー。お気に召したら、ご褒美にキスしてね」


そう言って彼は私の頬に軽くキスをした。


「っ!〜っ!?」


バッと手で頬を押さえる。

そして呆気に取られ動けない私に構わず、彼は楽器片手に軽快な足取りで店外に出ていってしまった。


「ほほ。熱烈ね。彼は貴女の恋人?」


「若いねぇ」


年配の店主や偶然居合わせた客に揶揄われ、私は即座に「違います!」と、否定したが、逆に笑いが起こった。


「「はははっ!」」


そして彼はというと、店外からコチラに向かって手を振ってた。


あぁ、そんな健気に。。


無視する訳にもいかず、私は「ちゃんと見てるよ」と、手を振り返した。


ーー


楽器を構える。

そして、一呼吸程あけて彼は弦の上に弓を滑らせた。


高いとも低いともつかない力強い音が辺りに響く。


たった一音。

それだけで私の耳と目は、彼に釘付けになった。


他の音なんて何も聴こえない。

ただただ彼の奏でる静かで優しい音が身体に響いて、私は身震いした。


ーーー


化粧を直し、修理した靴を履いて店外に出る。

彼が店内に置いていった楽器ケースも持って。


彼の演奏はまだ続いており、確かにそこに居るけれど、人の壁で姿は見えなかった。


こんなにも?と驚き、仕方なく靴屋の外壁に寄りかかって暫く待っていると、ややあって演奏が止まった。


彼が観客の壁を割って姿を現した。

そして一礼した後、振り返ってコチラに走り寄り「どうだった?」と、尋ねてきた。


「素敵な演奏だったわ。えぇと‥ヴィオラ?それともバイオリンかしら?」


見分けすらつかないけど、感動した事に変わりない。素直に感想を述べて、楽器ケースを渡した。


「ありがとう。これはバイオリンだね」


彼はケースを受け取り、そこにバイオリンを大切にしまう。


「ねぇ。私、逆手?で弾いてる人は初めて見たんだけど、それは利き手が逆だから??」


鋏や文字の進行方向。

ドアの取手の位置‥様々な事に不便を感じると聞いたことがある。


「俺の利き手は右だよ。こっちで弾いてる理由は、気分転換?」


気分転換?

それはどういう意味だろう??


「ふっ。なにそれ?その言い方だと、どちらでも弾けるって受け取っちゃうわよ?」


彼は「そうだ」とも「違う」とも答えなかった。

ただ、私の右頬に手を沿わせ


「うん。やっぱり笑ってる方が可愛い良いね」


そう言って、口角を上げた。


「ぅ‥」


言葉に詰まった。


何故、今日会ったばかりの少年?青年?に私は気安く触られ、しかもそれを振り払えもせず‥好きなようにさせているかしら??


いや、そりゃあ助けてもらったからよ?

そうじゃなきゃ今頃、靴は手に入ったとしても、足の裏は傷だらけで結局履けなかったんじゃない??


いやー!でも!でもよっ!?

さっき別れたばかりの元恋人とたかが手を繋ぐまでに要した時間は3日よっ!?


頭の中で意見がせめぎ合う。

むむむっ。と、考え込んでいると


「それで、ご褒美は頂けるんでしょうか?」


スリっと指の腹で頬を撫でられた。


「っ!」


若いのに、やけに手慣れてる。


あの時、約束はしていない。

だから、拒否しても私は悪くない。


それにせめて名前か顔だけでも‥そう思った。


「それ、仮面があると無理じゃない?ぶつかるわよ」


「あぁ!」


彼は空いた右手で仮面をクンッと持ち上げた。


ーあ、顔が見え‥‥。


そう思った時には既に彼の顔は間近。

ついでに取れた帽子から長い髪もサラサラと溢れ落ち‥じっくり見る事は叶わなかった。


目の色が琥珀色だった事。

そしてバイオリンがとても上手だった事。

それだけが私の記憶に強く残っていた。


ーーー


ノアが実兄のヨーナスに連れられ、商会に来たのは丁度その頃。


まだ歳は確認して無い‥けど。

来た当初に比べ、ノアは多分10センチ程背が伸びている。


つまり何?

私は5歳以上年下の子に翻弄されているわけかしら??


それにあの夜、私からすれば突然告白されたと思っていたけど、彼の方はあの時からずっと私の存在を知っていたわけで。


それだけじゃ無い、子供の頃散髪したっていう話もあった。


「‥‥」


あなたはいつ私に気づいて、好きになったの?


ーーー


「メイヤー君」


商会長はトレッサ達と打ち合わせが終わったようで、私の名を呼んだ。


「はい。何でもお申し付け下さい」


「うん。急だけど、和平式典までの間ノア君の補助を頼むよ」


「私がですか?」


これは予想外。

私がノアの補助??


「不満かい?」


商会長が首を傾げた。


「いえ!そんな事は!国の行事という大役ですもの、私でよければ精一杯努めさせて頂きます」


嫌なわけが無い。

寧ろ嬉しいに決まっている。


公私混同をするつもりは無いけど、それでも別の従業員‥女性が付くとなると面白くは無い。


じゃあ身内のトレッサなら良いのか?というと、それはそれでまた別の不安があるから嫌。


あくまでも私見だけど、つい先日彼らは義理姉弟となったばかり。

その前から仲が良いとも、悪いとも言えない微妙なぎこちなさが、彼らの間に漂っている気がしてならないのだ。


だったら私がやるしか無い。


ただその前にちょーっと、今回の事を彼と個人的に話し合いたいけどね。


「そうだ、これを渡しておこう」


商会長はベストの内ポケットから革のキーケースを出し、その中から一本の鍵を抜き取って私に手渡した。


「お預かりします」


おそらくこれは商会本部にある空き部屋の鍵だろう。


「宜しい。では現時刻をもって職に付くように。詳しくは明日以降になるが、基本は王立音楽院の対応。当日やそれまでの日程管理を任せる」


「わかりました。こちらの場所と使用制限は?」


「2階の角部屋だ。表向きの仕事内容は『学院の衣装担当』とでもしておこうか?実際2人の採寸は必要だからね」


シルフォーネ様とノアの舞台衣装。

まだお会いした事がないから、どんな方なのかさっぱりわからない。

けれどここまで共演を希望されているのだから、少なからずノアに好意を抱いているのだろう。


機嫌を損ねないよう、公私混同しないよう充分気をつけなければ。


私が真面目にそんな事を考えていると


「そうそう。今日の服の組み合わせとても彼に似合っている。メイヤー君は彼の事をよくわかっているね?流石だよ」


と、不意に褒められた。


私は衣装部屋にあった物で、とりあえず彼に合うサイズ‥ただそれだけで選んだつもり。


時間もなかったし。

褒められる程、試行錯誤をしてはいない。


「?お褒めに預かり光栄です?」


何?

何か裏がある気がする。


ノアと私の関係は誰にも話していない筈だけど‥。

何か勘付かれたかしら??


「似合う髪型や綺麗に映える身体の線。こういうものは普段からよーく見ていないと、中々わからないものだと思うんだよね」


はい‥はい。

確信です。


お願いします。

探るのはもう、やめて下さい。


「ふふふっ!実は‥最近よくお話するようになりまして、ご存知だったんですか?」


「はははっ!いや、私は全然気づかなかったけどね?だけど少し懸念はしていたんだ。オイゲン兄弟と私は好みが近いから、もしかして今度はメイヤー君が?とね」


あ、ノアが手で顔を覆って小さくなってる。

トレッサも「えっ!?」って顔してるし。


私は「んんっ!まぁ、ご冗談はこれくらいで‥」と、無理矢理話題を切る事に決めた。


商会長も心得たもので、それ以上の追求は無く「そうだね」と、同意し話は仕事に戻る。


「件のシルフォーネ様が近々来店される。どのような方かわからないが、ご希望に沿うようしっかり頼むよ」


「お任せ下さい」


私は商会長に軽く礼をした後、隣のノアに向き直り「宜しくね」と手を差し出した。




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