シルフォーネの出した条件
「来月開催される和平式典の事はご存知よね?」
「勿論です。多数のお客様からお声がけがあり、日々奔走しておりますから。‥その中でも特に抜きん出て御贔屓を頂いているのは「王家」であると、商会長から聞き及んでいます」
カトリーヌ王女はノアの返答を受け、満足そうに頷いた。
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近隣諸国内でゼノス王国の立ち位置はすこぶる悪い。そして経済状況は改善の兆しが見られるものの、まだ良いとは言えない。
その発端は数年前、故国王が病床についた事に始まる。
当時、精神を病んでいたと言われている王太子とそれを援護する派閥により、ゼノス王国は隣国カルデア王国に突如奇襲をかけた。
その挙句すぐに敗戦が濃厚。
そこで国の行末を案じたカトリーヌ王女が立ち上がり、カルデア王国に停戦と和平を申し出るという、取り返しのつかない失策を犯したからだ。
国土の割譲。
合わせて多額の賠償金。
そして未だ王位は空席。
空席の理由は女性王族に王位継承権が無い事にある。
現状は勝利国となったカルデア王国の厳重な監督の下、カトリーヌ王女が国王代理をまかされている形だ。
王太子派の一掃と国内情勢の把握に王女は東奔西走し、少しずつ信頼を得て味方を増やしつつある。
いずれ法律改定が議会を通れば、ゼノス王国で初の女王誕生‥というわけだ。
ーーー
「そうそう。テーブルクロスの案件は君達が担当していた筈だね?」
「はい。先日染め上がりを確認し、今朝方こちらに戻ってきました。充分期待に添える出来上がりかと思います」
商会長の言葉を受けて、俺は王家から預かった加工品について説明した。
「あら、それは楽しみだわ!数枚だけを取り替えるか?それともいっそこの機会に全てを一新した方が良いのか?って、とても悩んだのよ」
王宮の倉庫にあったテーブルクロスは経年劣化‥もしくは保管状態が悪かったせいで、一部シミが出来ていた。
染色工房に持ち込んだ際、兄貴と一緒に現物確認したけど「言われてみれば?」という程度だった。
「私は一部取り換えで構わないと思っていたけど、そもそも一枚一枚がどんでも無く高くてね」
それはそうだろう。
国主催の宴席で使われる品物は、何をとっても最高級品ばかり。
「アルバートに助言を求めたら『知人の所で全て染め直した方が安価で、序でに目新しい』って言うものだから。私にはそんな視点がなかったわね。流石、商売人だわ」
「お褒めの言葉と、ありがたく受け取っておきましょう」
「財政状況を考えると、無闇に見栄を張るのは愚策。かと言って時代遅れの物ばかり並べては、嘲笑を買いますからね」
カトリーヌ王女は「ふぅ」と、ため息をついた。
「テーブルクロスもそうだが、どうせならまだ未完成の未来ある若者に目を向けてはどうか?と、私が提案をしたんだ。例えば歓待演奏の一部に王立音楽院の生徒の枠を設けるだとか。新進気鋭な作家の作品を飾るだとかね」
商会長の言葉に、カトリーヌ王女は苦笑いを浮かべ
「いい事言ってる風だけど、既にこの人の息がかかった作家が多くてね。いずれ名が売れればこの人が儲かるのよ?」
「おや人聞きが悪い。私は先行投資をしているだけです。王立音楽院と何が違いますか?」
「確かにそうだけどーー」
カトリーヌ王女と商会長の間に「遠慮」は無さそうだ。やいやいと言い合う姿から、仲の良さが透けて見えた。
当時窮地にあった王女が此処まで立場を強めたのは、これまで何処につくでもなく、沈黙と中立を保っていたウルグ家が背後についたからだ‥と、まだ学院にいた頃、噂で聞いた事がある。
そして実は何もかもがアルバート・ウルグの企みだったのではないか?とも。
真実はどうだかわからない。
けれど実際にこの2人を目にして、俺は少なくとも後者では無いような気がした。
「ーーまぁ良いわ。話を戻すけれど、私が理事を務める王立音楽院からはシルフォーネを‥となったの」
「シルなら妥当でしょうね。あちこちで引く手あまただと聞きますし」
カトリーヌ王女は頬に手を当て「だけど、断られてしまって」と、ため息をついた。
「断った?あのシルフォーネが??」
にわかに信じられない。
何故なら自分の知っているシルフォーネという人物はいつも自信満々で、どんな時でもどんな所でも「今日もとことん楽しもうね!」と明るく笑っていた子だったから。
「らしくないな‥」
もしかして、不調に陥っている?
誰だって一度はなるものだ。
いくら練習しても上手くいかなかったり、納得出来なかったり‥。
だからといって、何故わざわざカトリーヌ王女が此処へ?
俺はとっくに音楽院を辞めているし、シルフォーネと同じピアノを専攻していたわけでもない。
そう考えていると、カトリーヌ王女が「ーーそれで」と、言葉を続けた
「先日、私の名で再考を命じました」
「!?」
ギョッとした。
もしそれが自分だったなら、どんなに自信がない状態だったとしても、恐れ多くて断れる気がしない。
「此処からが今日の本題です。シルフォーネは一応承諾?してくれたのですが、条件付きでして」
「はぁ」
未だ自分の呼ばれた理由が分からず、生返事になってしまった。
「シルフォーネから提示されたのは2つ。先ずはノア・オイゲン、あなたの召集と共演」
「は??」
唖然として、空いた口が塞がらなかった。
今カトリーヌ王女の口から「共演」と聞こえたような気がしたんだけど‥聞き間違いだよな??
「あなたと一緒じゃなきゃ嫌だと、シルフォーネは駄々を捏ねています」
学院にいた頃、確かにシルフォーネとは懇意にしていた。怪我を理由に学院を去った後もしばらくは連絡を取り合い、時々会っていた。
頭痛のようなものを感じ、額を抑える。
「何でそんな子供のようなーー」
そこまで言って、シルフォーネの年齢をふと思い出した。
「ーーいや、実際まだ子供なのか。確か今年で15歳だっけ」
「そうですね」
カトリーヌ王女も苦笑している。
「‥私が学院を去った理由はこの左手の怪我。思うように弾けなくなったからです」
見えるように手を広げる。
刃物による裂傷痕。
小指と人差し指の股から手首まで真っ直ぐに走っている。
怪我の後遺症として、小指は硬直し曲がらなくなった。私生活にはあまり影響無いけど、バイオリンの弦は押さえられなくなった。
「ええ。当時はまだ私の母‥王太后が理事を務めていましたね。残念でなりません」
「でしたら何故?」
「それは直接シルフォーネの口から聞いた方が良いわ。それに、私達もただ言われるがままにあなたの所に来たわけでは無いの。ねぇ?アルバート」
王女は商会長に話を振った。
商会長は頷き「気を悪くするかもしれないが」と前置きしてから
「そこに居る男は、君を探し調べる内に色々と知ってね。まずは此処、私を通さなければと先日慌てて連絡を寄越してきた」
「色々?」
そこの男とは王女の後ろに控えているハインツという男性のようで、彼はペコッと頭を下げた。
一体何を?と、訝しむ。
他人に知られてやましい事は無い‥と思う。
隠してというか、あえて黙っている事なら幾つかある。
その一つはミリーさんとの仲。
それも、俺は別にバレても構わなくて‥むしろ俺としてはサッサと公表して牽制したいわけで。
「君は確かに音楽院を辞めた。だけど、今もバイオリン自体は続けているだろう?住んでいる所は楽器工房の間借り。先日は実兄の祝いに皆の前で見事な演奏をしていたし」
あぁ、なんだ。
そんな事か。
「趣味の領域ですよ。この手では弾ける曲が限られますし、時間も長くはーー」
「逆手用」
その一言を聞いて「何処でそれを?」と思考が止まった。
「きみはそれを特注で作り、練習をしているね?正体を隠し、時計塔の下で時々弾いている事は調べ済みだ」
「ノア・オイゲン。あなた完全に諦めた訳では無いのでしょう?だったらこれは良い機会ではなくて?」




