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来客

時計塔広場。

それはこの街で一番多くの人と物資が集まり賑わう場所。


理由は時計塔が街の中心部にあるからだろう。


街の出入り口は北と東に1箇所ずつ。

そこから時計塔まで続く各大通りは石畳で完備され、馬車や荷車の往来が激しい。


商店と商家の倉庫はその通りに面して軒をつらねており、所謂商業区域となっている。


それと対比して逆側の西や南は個人の工房や住居多く集まり、住宅区域と呼ばれている。


ーー


時計塔広場は今日も人の往来が多い。


買い物ついでに散歩をする人。

ベンチに腰掛けのんびり読書を楽しむ人。

待ち合わせにもうってつけ。

流れの露天商や大道芸人達を目当てにわざわざ外出する人達もいる。


人々の目的は様々だが、つまり時計塔はとても大切な交流の場であり、憩いの場なのだ。


そんな時計塔の傍にアードラー商会は堂々とある。

その外観の装飾や高さは時計塔にこそ劣るが、面積でならこの街で一番大きい。


「ーー本日は御来店ありがとうございました。ご注文の品が完成次第、こちらから御連絡をさせて頂きます」


「ええ、楽しみに待っているわ。それじゃあ宜しくね」


「はい」


ミリーは深々と頭を下げた後、姿勢を正し、客の姿が雑踏に紛れ見えなくなるまで待った。


待ちながら、ざわざわとした雑踏に紛れる打楽器の音色に耳を傾ける。


それはとても小気味良い音だった。

随分と盛り上がっているらしい。

観客の手拍子や口笛が合わせて聴こえてくる。


(それにしてもこの辺りでは聴き慣れない音色ね。何処か異国の楽器かしら?)


ミリーが踵を返し中に戻ろうとすると「良い天気ですね。そろそろ昼時ですし、外で食べて来られては如何ですか?」と、同じく商会の里に立っていた警備兵が気さくに話しかけてきた。


「あぁ、もうそんな時間?そうねぇ‥最近お勧めの屋台はある?」


「自分は甘辛の串焼きがお勧めですね!今は昼でアレですけど、仕事終わりにエールを一緒に飲むと最高ですよ!」


彼はニカッと笑い答えた。


「そうなの?それは試してみないとね」


「薄く焼いたパン?に野菜とチーズを挟んだヤツも美味しいかったですよ」


「薄いパン‥??」


そんな物は聞いたことが無いし、見た事もない。一体どんな姿だろう?

ミリーは首を傾げ想像した。


「名前はちょっと忘れてしまいましたが、何でも海の向こうから伝わった食べ物だとか」


「へぇ〜。良いわね気になるわ」


これまでミリーと彼が2人きりで食事をした事は無い。けれどこうした情報交換や雑談はよくしているので多少の気は知れている。


今日も何事もなく平穏。

普段と何一つ変わらない、いつも通りの日常。

ミリーはそう思っていた。


その後すぐ、商会の表に一台の馬車が止まるまでは。


ーーー


その馬車に掲げられていた紋様を目にして「何故此処に?」と不思議に思った。


そのモチーフは王冠と竪琴。

つまり王立楽団のお偉方という事だ。


商会では多種多様な色々なものを取り扱っている。

その中に楽器制作をしている工房もいくつか抱えているから、顧客の依頼があれば調律や修理を仲介する事もある。


大切な人への贈り物や自分へのご褒美。

そう言う意味で個人的に来店される方はいるだろう。


けれど、わざわざ王立楽団の馬車でこの商会本部に来る事は些か不自然。


所属しているのは国内選りすぐりの奏者達。

各々腕利きの調律師を抱えているはずだし、御用達の工房もあるだろう。


あり得るとすれば、楽器以外のもの。

例えば揃いの装飾を短期間で発注したい‥とかだろうか?


ミリーは客が降りてくる間に色々と考えた。

どんな要望にも先ずは耳を傾け、可能ならば精一杯応える。

手に負えないものなら別の所を紹介するまでだ。


馬車の扉が開き、先ずは男性が。

次に貴婦人が手助けされ、降りてきた。


目深に被った羽帽子。

更に顔を隠すような半透明の布。


男性の態度や所作、そして服装から女性の方が格段に上位なのだとわかる。


だてに長年商会勤めはしていない。

様々な客や商品を見て、目は肥えている。


デザインはシンプルだが、布地は一級品。

細かな刺繍とビーズが散りばめられたドレス。それは庶民が一生働いても手に出来無い代物。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きでしょうか」


彼女は手に持っていた扇子で口元を隠し「アルバートはいるかしら?取り次いで欲しいのだけれど」と、告げた。


「!」


大抵こういう時は付き添いの男性が用件を伝えるもの。なのに自ら会長の名を呼び捨てた。


アルバート・ウルグは数多ある商会の長ではない。伯爵位をもつ立派な貴族だ。

余程親しくないとそうそう許されることでは無い。


会長は執務室にいる。

けれど、正体が不確かな人を案内する訳にはいかない。


ミリーが即答できずにいると、もう1人の男性が割って入った。


「お待ち下さい。私が説明しますから」


ストロベリーブロンドの短髪に眼鏡をかけた、護衛役というよりは知性的雰囲気の男性。


「突然の来訪をお許しください。私、王立楽団から交渉を任されたハインツ・ヴォルペと申します。本来なら先に伝令を走らせるべきでしたが、何分急いでいたもので。こちらを‥貴女の主人に渡して頂ければ話は通じるかと」


そう言って一輪の花を差し出した。


ーーー


「暫しお待ち下さい」


客人をとりあえず来賓室に通した後、私は廊下を足早に進んだ。


気ばかり急いて、いっそ靴を脱ぎ捨てて走ろうかと思ったが、流石にそれはやめておこう。


正直混乱しかない。

これまで高貴な方と接する機会はいくつもあったけれど、今回は段違いだ。


「嘘でしょ!お願いだから誰か冗談だと言ってっ!」と心の中で叫んだ。


会議室や会長室へ続く廊下を奥へ奥へと進む。すると偶然ヨーナスとノアが会議室から出てきた。


ヨーナスがこちらに気づいて、ヨッと手を上げた。


「お、ミリーどうした変な顔して。今日はホールで接客のはずだろ?」


『変な顔とは何!失礼ねっ!理由を知ればあなただってきっと同じ気分になったわよ!』


そう思わず言い返したくなったが、隣にいるノアの視線もあって口を噤んだ。


立ち止まりはしない。

少し歩調を緩め「コホンッ」と咳払いをし「会長にお客様がいらっしゃったの。とてもお急ぎのようでね」と、濁し答えた。


「へぇ、お疲れ」


だってペラペラと話すわけにはいかない。

寧ろ、箝口令を敷くべき‥いや、それでは逆に広まるわね。


自分だけが黙っていればいい。


2人の横を通り過ぎて数秒後「ミリーさん」と、何故かノアが追いかけ、並走してきた。


その際に互いの肩が少し当たる。


「ぁ‥」


今はそれどころでは無いのに、くすぐったい気分になる。


「な、何?急いでいるのだけど‥」


「あぁ、はい。分かっています。でもちょっと気になって。会長室の外で待っていていいですか?」


んん?

彼は何を急に?


「ん。あなたの仕事に支障がないなら、構わないわ」


「俺、今朝方こっちに戻ってきたばかりで。今日は昼で上がりなんです」


「!」


その言葉で私はピタッ足を止めた。

ノアは勢い余ってそのまま数歩進んでしまったけど、ゆっくりと後戻ってきた。


忘れていた。

これだから私はいつも「仕事人間」と言われ、呆れられるんじゃないか。


「そっか。お帰りなさいノア。疲れたでしょう?」


後ろにはまだノアの実兄ヨーナスがいる。

あまり態度に出すと、あの勘のいい男に悟られ、揶揄われるに違いない。


ノアには悪いけれど、暫くは誰にも秘密にしておきたい。


「ただいま。大丈夫、ミリーさんの顔見たら元気出たからね」


2週間ぶりに見た満面の笑みに、胸が弾んだ。

あぁ、顔が熱い。


「真っ赤。可愛ぃ」


ヒソっと、ノアが囁いた。

私ばかりが振り回されているようで何か悔しい。どうして彼はこんなに手慣れているのかしら??


「やめ。見ないで」


駄目。調子が狂ってしまう。

だから、仕事中は出来るだけ会いたく無いのよ。



「おーいノアっ!俺、先帰るからなぁ〜」


その声でハッとなり、我に返った。


「!わかったー!兄貴お疲れー!」


「お疲れ様っ!ありがとうヨーナスっ!」


「え??おー‥何かわかんねーけど、どう致しましてぇ??」


そう言ってヨーナスは私達と逆方向へ歩いていった。


「とりあえず急用を済ませないとね」


ふんっ!と、握り拳をつくり気合いを入れる。


「うん、行きましょう」


ノアにそっと背を手で押された。


駄目よこれくらいで揺らいじゃ!

私は此処で甘酸っぱい気分に浸っている場合じゃないんだから!


ーーー


会長室の前室にトレッサはいなかった。

一時的に席を外しているのか、それとも会長室にいるのか‥。


ノアには申し訳ないけれど、無関係な人を連れ入る訳にはいかないので、待って貰う。



ノックをすると、中から直ぐに「どうぞ」と、返答があった。


「失礼します」


「ミリー?どうしたの?」


中に入ると、やはりトレッサがいた。


どうやら昼休憩中らしい。

ティーテーブルにいくつもの焼き菓子が並べられている。


「休憩中失礼致します。お客様が会長をお待ちです」


「うん?誰だい?今日は誰とも約束していない筈だけどね」


会長がトレッサに目配せすると、彼女は焦ったように「え?おかしいですね」と、ポケットから手帳を取り出した。


けれどこれはトレッサの落ち度ではない。


「いえ。前もってのご連絡はありませんでした。先程急にご来店されたのです」


「ふぅん?」


会長の表情が曇る。


「御名は存じません。ですがお連れの方はコレを会長にお見せすれば‥と」


私は客人の性別もどんな風貌の方かも伝えず、預かった物をただ見せた。


それは一輪の白百合。


私の考えが間違っていなければ、客人はとても高貴な方。

ろくに護衛もつけず、街中にいてはいけない人。


会長の表情が一変した。

そしてそれは隣のトレッサも同様だ。


「隣に‥。クソ真面目そうな男はいたかい?眼鏡かけた優男だ」


クソ真面目な優男。


確かにヴォルペと名乗った男性は護衛騎士には見えないし、王宮勤めの煮ても焼いても食えないような官僚という風でもなかった。


「えぇ、いらっしゃいました。その方からは名前を頂戴しております。ヴォルペ様だそうで」


会長が「ふ‥くくっ」と笑った。

それは堪えて堪えて、それでも止められず出てしまったという雰囲気。


「え?まさかハインツ?」


どうやらトレッサは彼を見知っているらしい。

私は初対面だったけど、少なからず商会の関係者なのかしら?


「わかった会おう。今どちらに?」


会長は花を受け取り、すぅと匂いを楽しむと、執務机の花瓶に差し入れた。


その存在感はあの客人と似通っていた。


元々飾られていた花達もそう地味な物では無かったのに、すっかり引き立て役になり果てた。


「私の判断で極秘に貴賓室へと」


「あぁ、それで良い。あの付近は暫く誰も近寄らせるな。それと、他に来客が来ても私は『不在』で通せ」


「はい」


「承知いたしました」

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