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第9話 今の世の中、美少女になる方法なんてたくさんある

 いつも疑問に思う。

 『バ美肉』という言葉は一般的なのだろうか。


 『バ美肉』とは『バーチャル美少女受肉』の略称だ。


 バーチャルの世界で、美少女のアバターを得ることを言う。


 その派生でバ美肉オジサンというワードがあり、リアルでは成人男性なのに女性VTuberとして演じることを指している。


 ネットで男性が女性を演じる行為は、古くから存在した。

 オンラインゲームではネカマという行為が横行し、ゲーム内でおっさんとおっさんが結婚するという地獄がはびこっていたのだ。


 世の中には自分が男であることを隠して、女性VTuberとしてアダルトサイトで活動している人がいるという噂があるが、下手なホラーよりも恐ろしい話である。


 顔を合わせないからこそ、女性を存分に演じることができる。

 ある意味、VTuberの特性を活かしきった存在こそが『バ美肉VTuber』と言えるかもしれない。


 もちろん、オレのVTuberマンションにもバ美肉VTuberは存在する。



「管理人さん、ちょっといいですか?」

「どうかしましたか? 四分一さん」



 マンションの廊下を掃除していると、四分一さんに声を掛けられた。

 いつもミステリアスな彼にしては珍しく、かなり深刻な顔をしている。



「手伝ってほしいことがあるんです」

「なにをですか?」

「一緒に来ていただければわかります」



 彼はあまり説明が好きではないらしい。

 大人しくついていくと、男子寮の102号室の前で足が止まった。



「あれ? 四分一さんの部屋は隣の101号室ですよね?」

「はい。ですが、今の僕の悩みの種はここにあるんです」



 不用心にも、簡単にドアが開く。


 次の瞬間、思わず口を手で押さえた。


 とてつもない悪臭。



「おい! どうなってるんだ!」



 四分一さんが叫びながら入っていく。

 

 玄関もゴミだらけ。

 かき分けて入ったリビングもゴミだらけ。

 一応防音室の中にゴミは少ないけど、全体的に酷い有様だ。


 まるでゴミ集積場のような光景。

 その中から、人間が顔を出した。

 

 肌は陶器のように白く、長いまつげと整った顔立ちに、思わず息をのんでしまう。

 黒髪の美少女――ではない。

 中性的な美形だが、れっきとした男である。

 女装すれば傾国の美女に化けそうだが。


 五木(いつき)はなまる。


 今最も有名なバ美肉VTuberだ。


 しかも完全セルフ受肉をしており、イラストからモデリングまで本人の手でつくられている。

 イラストレーターとしても活躍しており、マルチクリエイターの側面も持つのだから感嘆するほかない。


 リアルの姿も見目麗しく、クリエイターとしての才能もピカイチ。

 神はこの人にどれだけのリソースを使ったのだろうか。オレを作る時に少しは分けてほしかった。



「おい! はなまる! いつも片付けろと言ってるだろ。くさいんだよ」

「んー。たしかに匂うかも。ごめんね。今すぐシャワー浴びてくる」

「そういう問題じゃないっ!」



 突然服を脱ぎだす五木さんと、それを止める四分一さん。

 彼らは幼馴染で、一緒のタイミングに入居してきたのだ。

 今の彼らを見ていると、オカンと子供のように見えるけど。



「まったく。もう少し見た目にあった生活をしろ」

「えー。めんどくさーい」

「まったく。お前の完璧な見た目が泣いてるぞ」



 たしかに、五木はなまるさんは一見完璧に見える。


 だけど、さすがは神様というべきか、重大な欠点を用意している。

 生活能力を捨ててしまっているのだ。

 掃除や洗濯・料理すらもまともにできない。

 生活能力は捨てているのに、ゴミは捨てることができないとは皮肉な話だ。


 入居してまだ1か月しか経っていないのに、すでに部屋の中はゴミ屋敷に変容している。

 人間が1か月でこんなにゴミを出していると思うと、環境問題を憂いてしまう。



「すみません。本人がこんなんなので、片付けるのを手伝ってください」

「わかりました」

「これでやっと、悪臭と深夜の爆音ゴミ雪崩から解放される……」



 すごく遠い目だ。

 隣人にかなり苦労してきたのだろう。


 ここは管理人として、しっかりと対策を練らないと。


 掃除を進めながらも、はなまるさんに声を掛ける。



「あの、ハウスクリーニングを呼ぶのはどうですか?」

「んー。前のマンションに住んでるときは頼んだことあるけどなぁ」

「何か不都合でもあったのですか?」



 オレは「くだらない理由であってくれ!」と切に願った。



「めちゃくちゃ下着を盗まれたり売られたりしたから、もういいかなー、って」



 トンデモエピソード過ぎて、反応に困る。

 なんで呑気な口調と表情で言えるのだろうか。



「では、男の人に頼んだらどうでしょうか?」

「あ、その時も男の人だった気がするかも?」



 もうヤダ。この世界ヤダ。闇が深すぎる。

 そして、この人はなんで曖昧なんだよ。もっと気にしてくれ。



「はなまるってこういうやつなので……すみません」

「あー。ひどい。人を天然みたいに」

「そうだな。お前は天然じゃないよな」

「そうだよー」



 疲れた顔の四分一さんと、にこやかに笑う五木さん。

 オレは静かに合掌するしかなかった。


 ふと、オレの中で1つ引っかかる。


 

「あの、配信の時はもう少しちゃんとしてませんでしたか?」



 失礼な物言いだけど、彼はあまり気にしないだろう。



「さすがに配信の時は気を張ってるから。今はオフだから気を抜いているだけー」



 なんで配信者という人種は、配信を中心に物事を考えているのだろうか。

 いいなぁ。そういう生活。


 それから、オレと四分一さんはゴミを片付けはじめた。

 当の五木さんは手伝うことなくお絵描きをしている。

 叱る時間は無駄だろう。


 苦節3時間。

 やっと片づけを終えた。



「じゃあ、ゴミは後でオレが出しておきます」

「よし。これでゆっくり眠れる」

「うーん。あと3週間もすれば元に戻ると思うけどなぁ」

「なっ……!」



 四分一さんの顔は絶望に染まっているが、オレも同じ表情をしていることだろう。



「おまえ! ゴミはちゃんと毎週出せ!」

「えー。曜日めんどくさーい。分別めんどくさーい」

「おまえなぁ!」



 ミステリスも天然には負けるらしい。

 いくら叱ってものらりくらりかわされるだけだ。



「すみません。また手伝ってもらうことになるとおもいます」

「いえ大丈夫ですよ。これも仕事ですから」



 にこやかに微笑んだけど、オレの腹の中は大暴れだ。


 もしかして、ループするたびにこの片付けイベントが発生するのか?

 考えるだけで心がくじけそうになってしまう。


 オレは掃除があまり好きではない。

 自分の部屋を掃除する理由だって、推しのグッズが少しでもホコリを被らないようにするためだ。

 コレクションがなければ、健康がギリギリ保たれる程度にしかキレイにしないだろう。



「はぁ。ループ以外も問題山積みだ」



 だからと言って、まだまだ挫けるつもりはない。

 

 さて、ゴミはちょうど明日出せるからさっさと持ち帰ってしまおう。

 今日はかなり疲れたし、早めに休みたい。

 もうひと頑張りだ!


 今日はどの推しの配信を見ようかと考えながら歩いていると――




「おろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」



 グラマラスな女性が、廊下でゲロを吐いていた。


 外を見ると、もう夕方だ。

 この人は4時に起床するはずだから、寝起き早々に吐いているのだろうか。


 ああ、空を飛ぶカラスがキレイだ。

 いつもゴミ出し場で格闘しているから、もうお前らとはマブダチだよな。

 せっかくだからちょっとお願いをきいてくれないか?


 このゲロも食べて片付けてくれぇ。

明日(12/17)は更新をお休みします

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