第8話 ボスを倒す順番が決まっていないゲームは神
さて、すでに4周目である。
1周目は5人全員が炎上した。
2周目は二本松さんが暴走して炎上した。
3周目も二本松さんの暴走で炎上した。
これまでの3回で一番痛感したのは、二本松さんが最も厄介であるということだ。
彼女をコントロールしようなんておこがましい。
一見小動物のようにオドオドしているけど、心の中に特急列車のような性欲とパッションを秘めている。そんな人間の行動なんて、予測も阻止もできるわけがない。
そして、オレが出した結論。
この人は一旦置いておこう。
無難にいなしながら、なんとか抑え込む方法を探るしかない。
できれば弱みを手に入れたい。黒歴史とか。
そもそもの話、だ。
『最初の入居者だから、最初に止めないといけない』という道理はない。
他全員の炎上を阻止して経験値を積んで、レベルマックスで挑む。二本松紗香とはそういう存在だ。
だから、これは決して逃げではない。
戦略的撤退なのだ。
…………。
はっきり言おう。
そう思わないと、オレの精神がもたない。
ここ数日、ずっと彼女の炎上をとめる方法を考え続けてきた。
マンションの管理をしている時も、トイレで踏ん張っている時も、ゴミ捨て場でカラスと格闘している時も、推しの抱き枕にキスをしている時も、ずっと考えてきた。
だけど、名案が簡単に降ってくるわけもなく、精神だけがすり減っていった。
そもそもオレが玉ナシではないことを教えなければいいのかもしれないが、彼女なら他の要因で絶対に炎上する。
次の周回で試してみるのもいいかもしれない。
だけど正直、ずっと同じ時間を繰り返すのはつらい。
知っている人が他人になるのも、同じ行動を繰り返すのも、回数を重ねれば重ねるほどメンタルにくる。
ああ、いい感じの相談相手がいないかなぁ。
「なあ、もしオレが時間をループしてるって言ったらどう思います?」
「なに? 変なアニメにハマったの?」
今いるのはスナックバー。
店内にいるお客さんは2人だ。
その1人。三春小桜。
ほぼ毎日、このスナックバーを利用している。
幼い見た目のままなのに、枝豆を肴にして日本酒を飲んでいる姿を見ると、すごい背徳感が湧き上がってくるんだよな。
「いやそうじゃなくて、もしもの話です」
「そうねぇ。そのループではあんたは死ぬの?」
「いや、死んでいない……ということで。他の要因がトリガーでループする」
「なるほど。それなら別にどうでもいいわ。死んでないなら、好きなようにすれば」
「……適当すぎますよ」
お酒で上機嫌になっているのか、三春さんはカラリと笑った。
「いやー。まさかあんたとお酒を飲む日が来るとは思わなかったわ」
「それはこっちもですよ。三春さんの高校卒業後、自然に離縁したのに」
「まあ、あたしは色恋する余裕をなくしていたからね。これもあんたがこのマンションをはじめてくれたおかげ――」
何かが引っかかったのか、おちょこから顔をあげる。
「そういえば、なんでこんなマンションをはじめたの?」
「あー。それは――」
別に隠すことはある――けど、大まかな話はできる。
答えようとした瞬間。
「ソレ、僕も興味があります」
突然話に割り込んできたのは、今スナックバーにいるもう1人のお客さん。
彼の名前は四分一怜央。
4人目の入居者にして、FPSとオカルトに関する造詣の深い男性VTuberだ。
社会学科に通う大学生かつ、オカルト系のライターも兼任。かなり幅広く活動している。
こんな話に興味を示すなんて意外だ。
なんだか不気味だけど、断る理由にはならないだろう。
「わかりました。では、酔っ払いもいますし手短に」
それからオレは推しの話をちょくちょく混ぜ込みながら、このマンションを建てた経緯を語りはじめた。
フリーターをする日々。
VTuberの推し『一番星銀花』に出会って、彼女は活動休止。
それからしばらくして宝くじを当てて、このマンションを建てることを決めた。
配信者用のマンションを特殊な設備が必要だから、土地選びから設計まですべて監修したのだ。
忙しくも楽しい日々だった。
「なるほどねー」
オレが語り終わると、三春さんは平坦な声で頷いた。
なんだか少し悔しそうな表情をしている。
もしかしたら『こんなマンションに億単位の金をかけるなんてもったいない!』とでも思っているのかもしれない。
その横で手を挙げる四分一さん。
「あの、もう1つ訊いてもいいですか?」
「どうぞ」
「なんでこの土地を選んだんですか?」
ピンポイントすぎる質問に、一瞬言葉が詰まった。
あえて触れなかったのに。
「安かったんですよ。この土地」
「……安かった、ですか」
小さく頷く。
「相場よりかなり安めで、マンションを建てるのにちょうどいい大きさだったので」
「なんで安かったのか、不動産屋から聞いてますか?」
「土地の持ち主の意向、とだけ言われました」
不動産屋は、それ以上のことは教えてくれなかった。
「本当にそれだけ、ですか?」
「……ええ」
オレはうまく嘘をつけているだろうか。
今は絶対に離したくないのだけど、この土地を見学しにきたとき、不思議なことがあったのだ。
一瞬だけ、見えた。推しの姿が。
風に混じって聞こえた。推しが呼ぶ声が。
おそらくは気のせいだろう。
だけど当時のオレは運命的なものを感じて、この土地にVTuberマンションを建てると決めたのだ。
このエピソードは絶対、酔っ払いの三春さんから「気持ち悪い」と言われる。
けなされたくないから言わない。
黙っておくのは大事な防衛手段だ。
「……なるほど」
「何か気になる事でも?」
「いえ。世の中、知らなくてもいいことはいっぱいありますから」
何かをはぐらかされている気がする。
だけど、今はうまく頭が働かなくて考えをまとめられない。
あれ、オレ、意外と疲れてる?
四分一さんはお代を置いて立ち上がる。
「変な夢を見るなら、御祓いをおすすめします。相談頂ければ、おすすめの場所を紹介します」
「ありがとうございます。それも考えておきますね」
「ええ。ぜひ」
それだけ言い残すと、彼は去っていった。
なんだか不思議な雰囲気の人だ。
はっきりと言葉を残すのではなく、匂わせるだけ。
もどかしいけど、ミステリアスな魅力がある。
ふと、三春さんがオレの顔を見ていた。
「ねえ、顔色悪くない?」
「そうですか?」
三春さんの言葉に、オレは自身の頬を撫でた。
確かに少し熱いかもしれない。
「ちょっと貸して」
「――っ!」
突然のことで、オレは飛びのいた。
三春さんがオレのおでこを触れてきたのだ。
「なにその反応」
「いきなりだからびっくりしたんですよっ!」
「にひひ」
オレが上擦った声で返すと、悪戯っぽく笑う三春さん。
悔しいけど少し可愛く思えてしまった。
無邪気な表情の彼女を見ていると、ふいに交際していた時期を思い出してしまう。
本当に心臓に悪い。
話題を変えて誤魔化そう。
「それより、相談があってここに来たんじゃないんですか?」
「そんな調子の人に、相談なんかできないわよ」
「オレなら大丈夫ですよ。ちょっと疲れているだけです。せっかくなら相談してください」
「それなら、少しは頼りやすい顔になりなさい」
「そんなにひどい顔ですか?」
「自分よりも疲れてそうで、自分よりも顔色が悪い人に相談できることなんて持ち合わせていないわ」
確かに、ループという特異な環境に置かれたせいで疲労がたまっている可能性はある。
ループをしている都合上、肉体的にはあまり疲れていないかもしれないけど、精神の疲労は確実に蓄積されている。
常に炎上の種はないか見張っているのも、いつのまにかストレスになっているのかもしれない。
「……ありがとう。そんなやさしい言葉を掛けられるなんて思わなかったです」
「あたしも丸くなったのよ。もう高校生の時よりも倍の時間を生きてるんだから」
「そうだな」
「あ、ごめん。そう考えると病んできた」
「なんで!?」
オレの驚きは無視して、三春さんはテーブルに突っ伏した。
「なんで結婚できてないんだろう……」
彼女は婚活パーティー常連VTuberだ。
婚活で出会った男性の話や、結婚相談所の話がメインコンテンツになっている。
「見た目が悪いの? 毎日牛乳飲んでるのに絶対に背は大きくならないし……。というか、成長期ってなんで止まるの? 永遠に成長してもよくない? 身長が小さいままで止まっていいことなんて1つもないじゃん。こんな体だからまともな男は相手してくれないし、近寄ってくるのは危ないヤやつばっかりだし……。もうやだ。こんなんならもう年とりたくない」
本格的にヘラっている。
「ねえ、無月」
「なんですか?」
「あんた、今恋人がいないのよね?」
「うわ、まさか高校時代の恋人を狙ってるんですか?」
「冗談じゃなく、はっきり答えて」
元恋人に現在の恋人の有無を訊かれるのは妙な気分だ。
「……いませんよ」
「そうなの。そうよね」
「でもオレ、去勢してますから。このマンションを経営するために」
「……………え」
そういえば、今回のループではまだ話してなかったなぁ。
「ええええええええええええええええええええええ!!!!」
これは質問攻めにされるな。
察したオレは、そそくさと逃げ出した。
さっさと自分の部屋に戻ってしまおう。
まあ、スナックバーの片づけは明日にでもやればいい。
自分の部屋のドアを開けると、灯りもついていない。
どれだけマンションがにぎわっていても、オレの部屋を暖めてくれる人はいない。
手探りでリビングのスイッチを押して最初に目に入ったのは、推しの顔。
「ただいま」
一番星銀花の等身大タペストリーに挨拶をすると、実家のような安心感を覚える。
少し視線を横にずらすと、一番星銀花のフィギュアが飾られている。
さらにその隣には、アクリルスタンド。
ベッドの上には抱き枕が置いてある。
どこを見ても推しの顔。
オレの部屋は自慢のコレクションでいっぱいだ。
ああ。最高だ。
顔を見ているだけで心がほぐされていく。疲れが飛んでいく。
「さっさと寝るかぁ」
パジャマにも着替えていないけど、今日はさっさと寝てしまおう。
ベッドの上は、朝起きたばかりのままでグチャグチャだ。
だけど、キレイに整える努力すらも面倒だ。
適当に布団をかぶる。
裏表逆かもしれないけど、気にしない。
――あんまり無理しないでね。おやすみ。
優しくて、透き通るような声。
推しの『一番星銀花』と同じ声だ。
このマンションをはじめてから、毎夜のように幻聴が聞こえる気がする。
ああ、やっぱり推しの声はいい。
彼女の声は、動画を開けばいつでも聞ける。
でも新しい声を聞きたいと、寂しく思うことがある。
考えているうちにも、まどろみに落ちていく。
そうだ。
夢でもみよう。
夢の世界なら、どんなもしもの世界だって旅行できる。
現実なんて嫌いだ。
好きなことがなければ、今生きる理由なんて1つもない。
夢の内容はどうしようか。
そうだな。
とっても暖かくて、絶対にありえない夢がいいな。
もし。
もしも。
今も『一番星銀花』の中の人が生きていて
元気に笑ってみんなを笑顔にしている――
そんな
他愛もなくて
とってもとっても、やさしい夢。
※追記 12/19 1:52
加筆修正しました