第64話 玉枝無月と二本松紗香 リスナーと推し
オレ――玉枝無月は何かに夢中になれる人が羨ましかった。
小さい頃から、長く続かない自分にコンプレックスを感じていた。
勉強や部活動、バイトはもちろんのこと、ゲームや漫画だって長続きしなかった。
基本的に3日坊主。ゲームは中盤行けばいいほう。漫画は5巻を越えれば飽きる。
いつもいつも、中途半端に投げ出して、何もキレイに終わらせたことがない。
だから高校卒業後バイトを転々として、夢中になれることを探した。
ピザ屋。
パン工場。
電気屋。
コンビニ。
イベントスタッフ。
清掃。
データ入力などなど。
火葬場は親のコネで半強制的に働かされていた。
でも、結局どれもしっくりこなかった。
多分、一番長続きしたのは三春先輩との交際関係だと思う。
2年間。
学生から見たらとてつもなく長い期間だけど、大人から見ると短すぎる期間だ。
だからなのか『一番星銀花』を推し続けられて、心の底からうれしかった。
きっかけは些細なことで、動画を見続けるうちにブイックスにメッセージを流すようになって、「つらい」と
やっと自分にも夢中になれるものを見つけられた。
それが誰かを応援することだって別に構わない。
オレはこの人と出会って、応援するために産まれてきたんだ。
生活の全てが『一番星銀花』に染まっていった。
今まで何となく使っていたお金も時間も、全部『一番星銀花』のために使えて、それが幸せだと感じるようになった。
生活にメリハリができた。
だけど、『一番星銀花』がいなくなって、すべてが反転した。
あれほど憧れた『夢中』が怖くなってしまった。
夢中になるって、こんな怖いことだったんだ。
夢中になればなるほど、自分の価値が夢中になったものに依存していく。
夢中になればなるほど、忘れなくなってくる。
魂に刻まれていく。
そのことしか考えられなくなっていく。
生活と考えの中心が染まっていく。
世の中の人はどうやって乗り越えてるんだ?
嫌だ。もう絶望したくない。
夢中になりたくない。
オレを否定しないでくれ。
何も奪わないでくれ。
もう、夢中にならない。
過去ばかり見ていればいい。
もう亡くなった人を推し続ければ、失うことはない。
それに、みんなはこれを美談だと思ってくれる。
悪いことなんてひとつもない。
そうすれば、生きていける。
オレはまだ進める。
そうやって生きて。
生き続けて。
生き通して。
それで。
そうしていれば。
その先には。
……………………ああ、人生がつまらない。
………………銀花ちゃんに会いたい。
…………しにたい。
「紗香が『一番星銀花』を越えてやりますよ!」
頭のぶん殴られた気がした。
あまりにも、まぶしかった。
二本松さんの瞳はギラギラと輝き、表情は自信に満ち溢れている。
ああ、妹なんだ。
この人は、本当に『一番星銀花』の妹なんだ。
「VTuberの神様なんて、超えてやります」
「…………超える」
「だから、一生推してください。後悔はさせません!」
その言葉に心が震えた。
この人は、ただの同居人じゃない。
いつもはオドオドして、
でも、その奥には熱が宿っている。
それに『一番星銀花』の妹でもあり、ループしてまでオレの命を救いにきてくれた人。
オレもループをしてきたから、その苦労はよくわかる。
いや、オレと違って人命が掛かっていたのだから、そのプレッシャーは計り知れない。
そんな彼女が、推してと言っている。
「推せなくなって辛いじゃなくて、最後まで推せてよかった。そう思える推しになります。なってみせますっ!!!」
VTuber専用マンションを作って、理解できた。
オレには理想がない。
こうなりたい。ああなりたい。そう思える明確なイメージがない。
この人にこう思われたい、と思うことはあっても、自分自身を世界の中心に考えられない。
世の中には、一番になりたくて努力している人がごまんといる。
オレはそんなに人間に憧れるけど、そうはなれない。
でも、一番になろうとする人を応援して、その熱意を分けてもらうことはできる。
オレはどこまでもリスナーなんだ。ファンなんだ。
「……二本松さん」
ドン、と。
突然、玄関から音が響いた。
とっさに振り向くと、誰かが立っていた。
フードを目深にかぶっていて、顔は見えない。体格も中性的で男女なのかあやふやだ。
いや、そんな相手の容姿なんてどうでもいい。
一番注目すべきなのは、手にもっているもの。
包丁。
通り魔だ。
ループで何度もオレを殺してきた相手。
唖然としてる間にも、凶刃がすぐそこまで迫っている。
予想外のことだったのか、二本松さんも反応できていない。
刺されば確実に致命傷だ。
一瞬、走馬灯が見えた。
ほとんどが『一番星銀花』の記憶。
救われた一言。
何度も見返した動画たち。
彼女の笑い声。
そして、火葬場で燃やした、彼女の遺体。
遺体は燃やしている間、勝手に動き出す。
生き返ったわけじゃない。燃えたせいで筋肉が勝手に動いているだけ。
オレはそれを泣きながら整えて、できる限り綺麗な遺骨にした。
あの時、オレの全ても灰になったと思っていた。
それなのに。
眩しい閃光が記憶を包み込んだ。
二本松紗香さんの、自信満々な笑みが網膜に焼き付いている。
燃え盛るような熱意だった。
ああ、この人を支えたい。
この人がどこまで行けるのか見届けたい。
「こんなところでっ!!!!」
包丁が突き刺さった。
だけど、それは急所でも腹部でもない。
左の手のひらで、オレは受け止めた。
激痛が走る。
涙が出るほどに痛い。まるで腕が裂けたような痛みだ。
だけど、生きているから痛いんだ。
「死ねるかよッッッッ!!!!!」
オレは力の限り、通り魔の頭部を殴りつけた。
すると、よろめいた通り魔は力なく倒れて、そのまま動かなくなっていた。
気を失ったのだろう。
終わった。
息を吸うと、渇いた喉と唇が痛む。
鳥肌が少しずつ収まり、真っ白になっていた頭がクリアになっていく。
左の手のひらにはグッサリと包丁が刺さっていて、メチャクチャ痛い。
だけど、それ以上に心が満たされている。
ふと足音が聞こえて振り向くと、二本松さんがゆっくりと近づいてきていた。
「管理人さん、生きてますか?」
「生きてます」
彼女の目には、これでもかというほどの涙が溜まっていた。
「生きてますよね……?」
「ちゃんと生きてます」
「そうですよね。生きてる。管理人さん、生きてる……」
二本松さんは我慢できなくなったのか、泣きはじめてしまった。
まるで子供みたいな泣きっぷりで、どう慰めていいのかわからなくて、とりあえず頭を優しく撫でた。
それが功を奏したのかわからないけど、彼女の涙がおさまった。
オレは彼女の赤くはれた目じっとみつめる。
「二本松さん」
「はい」
改めて口にするのは恥ずかしい。
だけど、今を逃すと言えない気がする。
「これからは全力で推すので、覚悟していてください」
「どんとこいですっ!」
晴れやかな笑顔を向けられて、こちらも釣られて笑顔になった。
こんなに口角と表情筋が上を向いてくれるのはいつぶりだろうか。
「ああ、生きていてよかった」
陽光が葉っぱの間をすり抜けて地面を垂らすみたいに自然と、言葉が漏れ出た。
ふと息を吸い込む。
すると、空気はどこまでも透き通っていた。
普段は空気なんて全く気にならない。
それなのに、この時の空気はどこまでも愛おしくて、ため息が惜しくなるほどにおいしかった。
完結まで、残り2話
(変わったらごめんなさい。ワンチャン分割になります)




