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第63話 お姉ちゃん

「脱げってどういうことですか!?」

「そのままの意味ですよ」

「かなり酔ってませんか?」



 多分、今までの人生の中で一番アルコールを摂取している。

 でも、それはストレスがたまりすぎたから。


 ストレスの原因は今、目の前にいる管理人さんだ。

 大体、なんでこの人は簡単に刺されるの!?

 アニメでよくあるでょ! 刺される寸前に体をよじって急所を避けるとか!

 そういうことしてよっ!



「いいから脱いでくださいっ!」

「嫌ですよ! なんでですか!?」



 さすがに力では敵わなくて、うまく脱がすことができない。

 このままじゃ埒が明かないなぁ。



「わかりました。じゃあ、紗香が脱ぎます」

「――っ!」



 紗香は言葉を言い切るよりも早く、Tシャツを脱いだ。

 Tシャツの下はかなり地味な下着姿だし、酔っているせいで肌は結構赤くなっているかもしれない。

 でも心に余裕がなさ過ぎて、全く羞恥心が湧いてこない。



「ほら。管理人さんも脱いでください。腹を割って話しましょう」



 いつも思うけど『腹を割って話す』って結構エロい表現に聞こえる。



「いやいやいやっ! いきなり何なんですか!? 一体何が目的なんですか!?」

「ただ、ちゃんと話をしたいだけです」



 紗香がにじり寄ると、管理人さんは後ずさってしまった。

 普通、立場逆じゃないかな?



「あの、もしかして、二本松さん、怒ってますか?」

「そうです。怒っています。激おこプンプン丸です。今だったらヘソでお茶を沸かせます。今すぐ配信で披露したいぐらいです。あ、ヘソってエロいですよね」

「!?!?!?」



 管理人さんは紗香のヘソに視線を向けたまま固まってしまった。

 だけど、5秒後には復活して、紗香の顔を見た。



「オレ、何かしてしまったんですか?」

「何もしないから怒ってるんですよ」

「……意味がわかりません」



 それもそうか。

 全部説明しないと。



「紗香、知ってるんですよ」

「何をですか?」

「管理人さんが、あまり生きる気力を持てていないことを。いつでも死んでいいと思っていることを」

「なんで……」



 管理人さんは心底驚いたのか、見たことのない表情をしている。



「だって、何回も見てきましたから。聞いてきましたから。管理人さんが死ぬところ。わかってしまいますよ」

「何を……言って……」

「なんで何度も死ぬんですか! 生きようとしないんですか!? 何度もやり直してきたのに!」



 困惑の色に染まっていた管理人さんの顔が、驚愕に変わった。



「あの、もしかして、ループしてるんですか?」

「そうですよっ! 紗香は何度も見てきたんですっ!」



 そういえば、今までループしたことを打ち明けていなかった。

 あんまり干渉するのもよくないからって、色々とやってこなかった。


 よく考えれば、信じないはずがない。

 彼自身もループを経験しているのだから。



「なんで、二本松さんがループを……」

「お姉ちゃんに託されたんですよ」

「銀花ちゃんが!? どういうことですか!? 彼女は死んだんじゃないんですか!?!?」



 本当に『一番星銀花』のことになると人が変わる。



「お姉ちゃんがこの場所で亡くなったのは言いましたよね?」

「はい」

「それで地縛霊になっていたんです」

「へ?」

「そして、『一番星銀花』という神様になったんです」

「はあ!? なんでそうなるんですか!?」



 目を飛び出そうなほどに驚いているけど、紗香にとっては微妙な気分だ。



「管理人さんのせいですよ」

「オレの……?」

「管理人さんがグッズを並べすぎて、祭壇を作ってしまったんです。そのせいで神様になったんです。だから、お姉ちゃんはこの部屋にいます。そして、管理人さんの炎上ループも、紗香のループも、『一番星銀花』の力によって起きているんですよ」



 管理人さんは瞬きもせずに、部屋を見渡しはじめた。

 並べられた大量のグッズたち。

 全部が『一番星銀花』。


 だけど、本人がこの部屋のどこかにいる。



「ここに銀花ちゃんがいる……?」

「そうです。今は見えないですけど、確かにいます」

「オレはずっと見られていた?」

「そうです」

「銀花ちゃんが……」



 死んだと思っていた推しが神様になって、自分を見守っていた。

 どんな気分なんだろうか。


 彼は深呼吸をして、抱き枕をそっと撫でた。



「なんで、銀花ちゃんはオレに姿を見せてくれないんでしょう」

「管理人さんがずっと引きずっているからですよ」



 本当はお姉ちゃんの気持ちなんてわからない。

 でも、言わずにはいられなかった。



「引きずっていてもいいじゃないですか。それだけ魅力的な人だったんです。最高の推しだったんです」

「死んだ人を神格化して何になるんですか」

「…………」

「そうやって、死んだ人ばかりに目を向けて、執着して、金玉まで取って! 宝くじを当てるなんていうラッキーが起きても、なんで後ろ向きなんですか!?」

「それは……」



 管理人さんの言葉を待たず、紗香はまくし立ててしまう。



「新しい推しを見つけようとか考えないんですか!?」

「この辛さは、もう誰にも埋められませんから」

「なんで諦めるんですか!?」



 なんでこの人は諦めているのかな。

 諦めたら、辛さを感じない。そんなことは絶対にない。


 辛いことから目を反らしても辛さが長引くだけ。何も変わらない。


 紗香が一番知っている。

 辛いときの一歩はとても重い。


 失敗したら立ち直れないかもしれない。

 もっと辛くなったらどうしよう。

 消えたい。

 努力が怖い。

 全力を出したくない。

 なあなあで生きていたい。


 今度こそ、本当に死にたくなってしまうから。


 お姉ちゃんが死んで、VTuberになる前の紗香は、そうやって閉じこもっていた。


 だけど、VTuberをはじめてみて、すべてが変わった。

 リスナーが受け入れてくれた。

 好きと言ってくれた。

 ネットの世界に居場所ができた。


 この世界や社会には人情なんてものはほとんどなくて、どこまでも冷たい。

 だけどそれを知ったからこそ、人の温かさが、好かれる喜びが、身に染みる。



「だったら! だったらっ!」



 これ、言っていいのかな。

 お姉ちゃん見てるよね?


 あ、ダメだ。

 もう我慢できない。



「紗香が『一番星銀花』を越えてやりますよ!」



 ああ、言っちゃった。



 お姉ちゃんを――『一番星銀花』を越える。

 なんてバカげたことを言っているんだろう。


 ああ、でも、そっか。


 お姉ちゃんが死んだとき、とても悲しかった。


 だけど、それだけじゃなかった。

 心のどこかで思っていた。

 多分、幼いころからずっとずっとため込んでいた感情なんだと思う。



 お姉ちゃんを超えたい。

 お姉ちゃんと比較してバカにしてきたヤツらの鼻を明かしたい。



 お姉ちゃんの死は、大好きなお姉ちゃんと会えなくなっただけじゃなかった。

 絶対に超えないといけない壁――お姉ちゃんが突然無くなってしまったことも意味していた。


 人生の目標が消えた瞬間。


 ああ、でも。


 せめて、この目の前にいる管理人さんの中だけでもいいから、超えたい。

 紗香のリスナーたち全員に『一番星銀花』より好きと言わせたい。

 ううん。

 この世界にある『一番星銀花』をすべて紗香の名前で塗りつぶしたい。

 


 ああ、紗香ってこんなに欲張りだったんだ。



 でも、この欲張りが胸にメラメラの炎を灯してくれる。

 紗香を前に進ませてくれる。



「VTuberの神様なんて、超えてやります」

「…………超える」

「だから、一生推してください。後悔はさせません!」



 なんで紗香はこんなことを言ってしまえるんだろう。

 VTuberの人気なんて、いつまで続くかはわからない。

 病気になって、明日には引退するかもしれない。


 それでも、今、最高に幸せなんだ。

 ずっと今みたいな幸せが続けばいいと思っている。



「でも、またいなくなったら……。推しが死んだら……っ!」



 幸せは色あせる。過去になる。

 だけど、それがつらいのは終わり方次第だよね?

 


「推せなくなって辛いじゃなくて、最後まで推せてよかった。そう思える推しになります。なってみせますっ!!!」



 言い切ると、管理人さんはポカンと口を開けた。

 そして、まるで錆びついた蛇口をひねったみたいにゆっくりと。じんわりと。

 涙がにじみ出しはじめた。

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