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第59話 最狂リスナーは電脳推しの夢を見るか

 なんで、紗香は腹を立てているのかな。

 ずっと管理人さんの頑張りをみてきたから?


 それとも『一番星銀花』の妹だから?


 どれもしっくりこない。

 

 今の管理人さんを見ていると、イライラが溜まっていく。

 管理人さんのことを知るほどに、感情が抑えられなくなる。



「管理人さんにとっての〝幸せ〟ってなんですか?」



 紗香の質問に一瞬たじろいでから、管理人さんは唇を舐めた。


 幸せには色んな形がある。


 管理人さんにとっての幸せは簡単に予想できてしまう。

 でも、訊かずにはいられなかった。



「推しの幸せがオレの幸せに決まってますよ」



 やっぱり。


 推し。

 つまり『一番星銀花』。

 紗香のお姉ちゃんが中の人をやっていたVTuber。


 神様になってしまった彼女は、今どこにいるのかな。

 紗香をループさせてから、姿を見せていない。

 もしかして、力を使い果たして消えてしまった?


 ううん、違う。

 なんとなくだけど、ここにいる気がする。


 姿は見えないし、声も聞こえない。

 だけど確実に、ここにいる。この管理人さんの部屋にいて、紗香たちを見ている。


 お姉ちゃんは管理人さんのこと、どう思っているのかな。

 熱狂的ファンで、死んだ後も想い続けてくれて、神様になるほどの祭壇を作った人。

 そんな姿を見て、お姉ちゃんは何を考えているの?


 でも、死んだら助けたいと思ってるのは間違いないよね?

 だからあの時、紗香を呼んだんでしょ?



「その推しがもう死んでいるんですよ? 紗香のお姉ちゃんはもう死んでいるんです」

「……そうですね。でも、彼女はVTuberですから」



「中の人が死んでも、キャラは生きている。すぐに活動休止になってしまいましたけど、配信は残っている。グッズも残っている。もしかしたら、中の人が新しく」



「『一番星銀花』はオレの心の中で生きています。推しのグッズに囲まれるだけで、心が癒されるんです。今もオレを生かし続けてくれています」



 推しに癒されている。

 癒されているなら、それは傷ついている証拠だ。

 傷のついていない心は癒えない。


 推しのために傷ついて、推しに癒されてるの?


 それってDVとか共依存みたい。

 エロいシチュエーションだけど、紗香は抜けない。



 本当にそれって幸せなの?

 こんなのが美談(・・)でいいの?



 死んだ人を一途に想い続ける。

 実際に会ったことがなくても、相手の言葉に救われたから。

 確かに、外から見れば尊い愛だと思う。


 でも、辛いでしょ。

 後ろ向きすぎるでしょ。


 これを美しいと感じるからって放置するのは、竿役のチャラ男ぐらい無責任な気がする。



「でも、推しから感謝されたいとか思わないんですか?」

「推しって、ファンから何かを求めるものじゃないと思うんですよ。生きて、活動してくれるだけでいい。太陽みたいな存在なんですよ」




 聞こえはいい。

 だけど、紗香もVTuberだから、そんなリスナーばかりじゃないことは知っている。

 似たようなことを言っていた紗香のリスナーは、何も言わずに消えていった。


 人間同士である限り、何も求めない、なんてできるはずがない。



「オレは〝いいファン〟でありたいんです」

「〝いいファン〟……」

「お気持ちをしない。常に褒める。喧嘩をしない。そういうことを守って、少しでも推しに〝いいファン〟だと思われたい。そう願っているんです。いえ、願っていました」



 管理人さんは、諦めたみたいに笑った。



「今は、あの世から見られても恥ずかしくないように努力しています」

「じゃ、じゃあ、なんでそんなつらそうにしてるんですか?」

「つらい、ですか?」



 管理人さんは自分の顔をペタペタと触った。



「そんな顔、してました?」



 本当に自覚してないの?

 それとも、見て見ぬふりをしてる?

 


「えっと、顔は笑っていますよ。とってもいい笑顔。だけど、瞳はずっと疲れていました」

「そう……ですか。そうかもしれませんね」



 ふと、管理人さんの顔に陰りが見えた。

 まるでピエロの仮面が落ちたみたいに、表情が崩れていき、悲壮な空気があふれていく。



「なんでオレは生きてるんでしょう。さっさと死ねばいいのに。推しに生かされてるからって、生きてるだけなんですよ。推しに恩返ししてないから、惰性で歩き続けているだけなんですよ」



「たまに、天秤にかけるんですよ。こっちの世界とあっちの世界を」


「こっちの世界には嫌いなものとかイヤなものがいっぱいあって、」



「そ、それは、あっちの世界を知らないからですよ」

「そうかもしれませんね。でも、考えてしまうんです。あっちの世界に希望が見えてしまう」

「…………」



 紗香はすぐに否定ができなかった。

 自分にも同じ経験があったから。


 ああ、そうか。

 わかった。


 なんでイライラするのか。


 管理人さんは、お姉ちゃんの死で心が折れたままの紗香なんだ。

 完全には立ち直れていないんだ。



「オレの全てを捧げたい人。こっちの世界では触れることもできなかった。だけど、あっちの世界に行けば、オレだけに笑顔を向けてくれるかもしれない」



 一瞬、口から出かけた。

 管理人さんの推し『一番星銀花』はここにいる。


 でも、言っても彼は信じられるだろうか?


 自分がグッズを並べすぎたせいで、幽霊として彷徨っていた推しの幽霊が神様になってしまったなんて話。


 

「すみません。変なことを言いました。ちょっと夜風を浴びてきます」

「…………ぁ」



 今外に出たら、刺されるかも。


 そう思ったけど、管理人さんが刺された時間は10分以上過ぎている。

 外に出ても、もう通り魔はいないはずだ。


 管理人さんが玄関のドアを開けた瞬間――



「えっ?」



 フードを目深にかぶった男が、外に立っていた。

 いかにも通り魔のような見た目だ。

 その手に握られているのは、どこにでも売っていそうな包丁。



 ズブリ。



 固まっている間に、包丁が管理人さんの胸部に深く深く刺さっていた。


 管理人さんが、刺された……?


 時間がズレたの?

 うそっ!?


 通り魔はすでにどこかに消えていて、紗香は青ざめながら管理人さんに駆け寄った。

 管理人さんは明らかに致命傷で、お腹からドクドクと血が流れ出ている。



「管理人さん、死なないでください!」

「あ、オレ…………」



 すでに声が弱々しい。



「し、ぬんだ」



 みるみる顔が白くなっていく。



「やり残したこと、いっぱい……」



 体が冷たくなっていく。



「だけど、もういい」



 弱々しく、夜空へ手を伸ばしていく。



「みえる」



 涙が流れていた。

 とっても少ないのに、熱のこもった涙が。



「…………銀花ちゃん」



 紗香の腕の中で、管理人さんは息絶えてしまった。



 そして、次の瞬間にはループしていた。



 なんとなくわかった気がする。

 紗香のやるべきこと。


 管理人さんは、紗香が想像している以上に生きるつもり(・・・・・・)がなかったんだ。

 自分を大切にしていないどころか、価値がないと思い込んでいる。


 だから、マンション経営のために金玉をとってしまった。


 とっくの昔に、未来に生きる意味をなくしてしまっていたから。

 明日を生きたいと思っていないから。

 


 この問題を解決しない限り、管理人さんは救えない。

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