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第6話 スナックバー in VTuberマンション

「へー。こんな場所があったんですねー」



 二本松さんは興味深そうに部屋中を見渡している。

 まるで引っ越したばかりの猫みたいで、少しほほえましい。


 スピーカーからはしっとりとしたクラシックが流れており、店のシックな雰囲気を引き立てている。


 棚にはお酒の瓶が並べられている。

 ウィスキー、ジン、ウォッカ、日本酒に焼酎などなど。

 基本的なお酒の種類はすべてそろえている。


 ここはスナックバーだ。

 だけど、ただのバーじゃない。


 住人たちの憩いの場になればいいと設計して、男寮の一室を改造したのだ。



「無月、バーテンダーの真似事できるんだ」



 カウンターの向かいにいる三春さんが、意外そうに息を吐いた。



「これでも、フリーターとしていろいろと経験したもので。色々とできることがあります。マンションが完成するまで暇だったので色々と勉強したり資格とったりもしました」

「へー。高校卒業して就職したと聞いてたけど、フリーターやってたんだ」



 三春さんは、オレより1学年上だった。

 先に高校を卒業して、遠方の大学に

 オレは卒業後にすぐ就職――できずにフリーターを長年していた。



「あ、知っているんですか。大学進学で地元を離れていたはずですよね」

「地元に残った友達から聞かされた。別に知りたくもなかったけど」

「なるほど」



 三春さんは日本酒をグビッとあおったあと、後ろを向いた。



「ねえ、それでさ」

「なんですか?」

「この人たち、誰なの?」



 視線が向かう先は、スナックバーのボックス席。

 そこには男性2人と女性2人が奇々怪々な行動をしていた。


 1人は不思議な箱を眺めてはしきりに笑い――

 1人はボヤーと天井を眺めて、たまに手をワシャワシャと動かし――

 1人は一升瓶を抱えながら、男の名前をブツブツと呟いている。


 みるからに常人ではない。



「先日入居した、新しいメンバーの方々です。」

「かなり濃いメンツね」

「まあ、皆さん有名なVTuberですから、これぐらいは当然でしょう」

「それは流石に偏見じゃない?」

「いえ、誉め言葉ですよ」



 そもそもVTuberをはじめようとする人間は多くいても、継続して活動できる人がまともな訳がない。

 それだけの熱意があるか、そういう仕事しかできない人が大半だろう。


 オレはそんな彼ら彼女らが大好きである。



「ちなみに、みんな何歳?」

「それは個人情報ですので、失礼のない範囲で本人たちに訊いてください。とりあえず、みなさん三春さんよりは年下とだけは伝えておきます」

「マジで。じゃあ、この中であたしが最高齢?」

「長老ですね」



 軽くからかうと、三春さんは心底嫌そうな表情を浮かべた。



「イヤだっ。見た目では一番幼いじゃん。もっと甘やかせて。バブバブさせて」

「ロリばばぁ。いいじゃないですか。今から語尾に『のじゃ』を付けませんか?」

「これ以上そのワードを吐いたら、そのノンデリな口をあけたら縫いつけるわよ?」



 本気の目だ。

 過去に何かあったのだろうか。


 いや、たしか彼女がVTuberとして活動しはじめた時、語尾に『のじゃ』をつけていない。

 だけれど、今はつけていない。

 ……これはこれ以上触れない方がいいだろう。


 ふと視線をそらすと、二本松さんは写真を撮っていた。

 資料として収集しているのだろう。


 さて、そろそろいいだろう。



「それでは、皆さんよろしいですか?」



 大きな声で呼びかけると、全員が反応する。

 よかった。

 ちゃんと正気を保っていてくれた。



「まずは引っ越し後の忙しい時間を頂き、本当にありがとうございます」



 今は午後8時。

 配信をした人も多いだろうに、わざわざ集まってくれている。



「えー。この場は顔合わせの意味合いを込めて、準備させていただきました」



 食事も用意したし、なんだかんだで楽しんでくれていると嬉しい。



「ですが、みなさんには特に仲良くして頂く必要はないと思っています」



 仲良くすることを強要するのは、大きな負担になる。



「ただ、同じように活動している人が身近にいることを感じてもらうだけで十分かもしれません」



 配信業は、かなり孤独な側面がある。

 周囲にいるのは、リスナーばかり。友人や恋人がいない人も多いかもしれない。


 企業に所属してメンバー同士のつながりがあったとしても、普通の会社の同僚とは少し違う。

 彼らは個人事業主として契約していて、同じ条件で働いてるわけでも、同じ目標に向かっているわけでもない。


 そんな孤独を少しでも埋められるように。

 それが、このマンションをはじめた主な理由だ。



「このマンションに来ていただいた方には、自由かつのびのびと活動してほしいと切に願っています。ですが、守っていただきたいルールもあります」



 ポケットからリモコンを取り出して操作すると、天井からスクリーンが下りてきた。



「え、なにこのバカでかいスクリーン」

「いつか、ここにデカデカとみなさんの配信を」

「そんなの、あたしだったら恥ずかしくて死にたくなるわ!」



 三春さんは無視しよう。


 スクリーンに表示されたのは、VTuber専用マンションとしてのルール。



ルール1:マンション内では本名で呼び合うこと。(VTuberとしての活動名で呼んではならない)

   2:異性の部屋に入ってはならない。

   3:住人間のトラブルがあった場合、速やかに管理人に連絡すること。

   4:住所バレや、VTuber専用のマンションがあることを周知してはいけない。

   5:VTuber活動を卒業した場合、マンションを退去すること。



 ルール1は、できる限り身バレを防ぐためだ。

 VTuberとしての活動名がバレなければ、身バレのリスクを下げることができる。


 ルール2は、トラブルや配信事故を防ぐためにある。


 ルール3は、まあどうせ面倒ごとが起きるだろうということで設定した。

 本人たちだけで解決するのは望み薄だろう。


 ルール4も、ルール1と同様に身バレ防止のためだ。

 このVTuberマンションは、(おおやけ)に広告を出してはいない。

 基本的に、一部の不動産屋の紹介でしかたどり着けないし、ネットで検索しても出てこないようにしてもらっている。

 少しでも住人の身の安全を守るために必要なルールだ。


 ルール5は、このマンションのコンセプトを守るために必要だ。

 VTuber専用のマンションをうたっているのだから、それ以外の人が住むのはトラブルに発展しかねない。



「みなさんには、必ず守っていただきたいルールになります。わかりましたかー」

「はい」



 返事は1つだけだった。

 まさか、二本松さんをいい子だと思う時がこようとは。


 三春さんは拗ねてるし。


 他の3人は飽きたのか、各々好きなようにしている。


 まあ、ここまでは真面目に聞かれなくても問題はない。

 入居前に説明しているし、全員ちゃんと理解しているだろう。



「それでは、ここから本番に入らせていただきます」



 オレはポケットに入れていたリモコンを操作し、画像を切り替える。



――VTuberハードリスナーによる、炎上対策講座。



 そう、ここからが本番だ。


 今までは前回と一緒。

 あえてそのままのルートをたどってきた。

 下手に過程を弄ってしまうと、予想外のことが起きかねないと判断してのことだ。


 ここからは、炎上阻止の本番。

 前回と同じ(てつ)は踏まない。


 炎上しないように、こいつらに知識や常識を叩きこんでやるのだ。

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