第57話 自分だからできること 自分がはじめた物語
VTuber『一番星銀花』の中の人だったお姉ちゃんは、幽霊になった後、グッズを並べた祭壇の影響で神様になっていた。
そんな信じがたい話を、本人が肯定してしまった。
「合ってるの!?!?」
――だって、色々説明がつくから。今まで起きた超常現象も、私が神様になっているなら納得できる。
「超常……現象?」
もう頭がおいつかない。
ずっとキュルキュル音が鳴っている気がする。
――ループってわかる? アニメとかであるでしょ? 同じ時間を繰り返して理想の未来を掴む話。
「えっと、知ってるけど……」
お姉ちゃん、アニメ見るんだ。
あんまり見るイメージがなかったけど、そういえばVTuberになる前は声優養成所にいたって聞いた気がする。
――実は、管理人は時間をループしてたの。
「えっ!?」
――管理人は時間をループして、みんなの炎上を回避していたのよ。みんなループのことは覚えてないと思うけど。でも彼、時々ごまかしきれてなかったから、違和感あったんじゃないかな?
あれ?
紗香以外の住人みんな、戸惑いながらも頷いている。
紗香だけ気付いていなかったの?
――この中の誰かが炎上すると、VTuberマンションが火事になって、時間をループする。そういう現象が起きていたの。
「マンションが火事でループ!?」
さっきから理解不能なことばかり言われ続けて、頭がぐわんぐわんと揺れている。
ちょっと休憩してエロ同人誌を読んでいいかな!?
――ループは私の力だったんだと思う。
お姉ちゃんは自分の手をじっと見つめた。
まるで、自分の手足が動くのを確かめるみたいに。
――最初に5人同時に炎上した時、強く願った。こんなのはイヤ。時間が巻き戻って、やり直してほしいって。マンションが火事になるのは、最初にループ関係なく火事になっていたのが原因かな?
本当に神様みたいなこと、やってたんだ。
ループなんて、もう理解の範疇を越えている。
――なんとなく私の力っぽいなって思ってたんだけど、確信が持てた。四分一怜央くん、ありがとう。
「いえ、『一番星銀花』の力になれて光栄です」
四分一さんが慇懃無礼にお辞儀をすると、
なんか四分一さんのテンションがまちゃくちゃ高い。
いや、当然なのかな。
今起きているすべては、彼の大好きなオカルトそのものだ。
――だから、またループすれば……『一番星銀花』の力を使えば、管理人が死んだ事実を変えられる。
「あ、そっか」
管理人さんがループで、住人の炎上した世界を変えていたのなら、管理人さんが死ぬ世界を変えることだってできる。
――でも、ただループさせるのではダメ。同じことの繰り返しになってしまうから、誰かが記憶を引き継いだままループしないといけない。
――紗香。お願いできる?
「え、紗香……?」
いきなり白羽の矢が立って、おもわず一歩退いてしまった。
「それなら、あたしの方がいいでしょ!?」
いきなり割って入ってきたのは、小さな体の三春さん。
「あたしの方があいつと付き合いが長いし、一番年上! あいつのことなら、この中で一番知っているし、言う事を聞かせる手段だってある。だから、あたしが一番適任でしょ!」
――ごめんなさい。多分できないの。
三春さんが言っていることは正しく聞こえるけど、お姉ちゃんは弱々しく首を横に振った。
「なんでっ!」
――自分の力を理解できるようになって、気付いたの。紗香しか時間を越えられない。血がつながっているからかな。
「――っ!」
まだ三春さんは諦めていないようだ。
「じゃあ、あいつはっ! 無月は!? あいつも血はつながってなかったでしょ!?」
――それは……。
「おそらく、祭壇を作ったことで『一番星銀花』を祀る神主に近い存在になっていたのでしょう。だから、神の力に馴染みやすかった」
おそらく、お姉ちゃんの中でも答えが出ていなかったのだろう。
だけど、四分一さんが助け舟を出した。
――なるほどね。やっぱり、紗香じゃないと難しそう。
「なんでっ! 怜央くん!!!!」
キッと睨まれて、四分一さんの額に冷や汗が滲んだ。
「なんでそんなに自分で助けに行きたいんですか?」
「紗香ちゃんは黙ってて!!!!」
すごい剣幕で、何も言い返せない。
怒った時のママよりずっと怖い。
三春さんは他の住人に語り掛けていく。
「ねえ! おかしいでしょっ! みんな何も思わないの!?!?」
誰かが息を呑む音が聞こえた。
「ループしたら、またあいつが死ぬところを見るかもしれないのよ!? 何度も何度も、何十回も!!! 紗香ちゃんに――まだ若い女の子に、そんな人の命を背負うことなんて……させ、られないでしょ……」
感情がグチャグチャになっているのか、三春さんは崩れ落ちてしまった。
もしかしたら、想像してしまったのかもしれない。
三春さんがもしループして、管理人さんが死ぬ姿を目撃する未来を。
ただでさえ心が弱っている彼女は、想像だけでも心が折れてしまった。
でも、そうか。
紗香のためだったんだ。
紗香のことを案じてくれていたんだ。
――紗香。
お姉ちゃん。とってもつらそう。
「ねえ、お姉ちゃん、ループは紗香にしかできないの?」
――ごめんなさい。
「謝らないで。これでも嬉しいんだ」
今、紗香は笑えているかな。
「紗香、お姉ちゃんの気持ちを知りたくてVTuberをはじめたの。お姉ちゃんが死ぬ寸前まで見ていた景色に、少しでも近づきたくて」
お姉ちゃんに手を伸ばす。
だけど、触れることはできなくて通り抜けてしまった。
「このマンションに来たのも、きっかけは『お姉ちゃんが死んだ場所』だったから。後ろ向きな理由だったの。だから、前向きな役目でできて嬉しい」
「でも、紗香ちゃん……」
三春さんが、涙を流しながら近づいてきた。
本当は他人を気遣えるような精神状態じゃないのに、紗香のことを助けようとしてくれている。
そんな彼女がいてくれたから、覚悟を決められた。
「ごめんなさい。これは、紗香がやるべきこと。一番最初にここにきた住人で、お姉ちゃんの妹である紗香がやるべきこと」
――ごめんなさい。
「だから、謝らないで。これは紗香がやること。ううん、紗香がやるべきだし、なにより、やりたいと心の底から思っている」
多分、紗香しかループできないのは『お姉ちゃんの妹』という理由だけじゃない。
この話は、紗香がはじめた物語なんだ。
紗香が火葬場で『一番星銀花』の名前を出さなければ、管理人さん(当時の火葬場のスタッフ)が中の人の死を知ることがなかった。
普通の、どこにでもいる『一番星銀花』のファンに収まるはずだった。
それなのに、管理人さんは――玉枝無月さんはお姉ちゃんの死を知ってしまったせいで、異なる道を進ませてしまった。
知らなかったから、宝くじが当たってもこのマンションを建てなかったかもしれない。
ううん。絶対に建てなかった。
死んでしまった、もう会えない推し。その心の隙間を埋めるために、マンション経営をはじめた。
本人から聞いたわけじゃない。
でも、なんとなくわかる。
紗香も似たようなものだから。
お姉ちゃんの気持ちに少しでも近づくために、VTuberをはじめた。
「ねえ、お姉ちゃん」
――何?
「ループから抜け出せたら、いっぱいお話しよ? 話したいこといっぱいあるから」
――もちろん。私も本当はいっぱい話したい。でも、少しでも早くしないと、ループするのが難しくなるから。
「わかってるよ。ねえ、お姉ちゃんはふたなりって好き?」
――ふたなり?
「女の子にちんこが生えてるやつ」
――え?
あ、顔真っ赤になった。
清楚だなぁ。
やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。
「ごめんごめん。冗談冗談」
――やめてよ。
お姉ちゃんは顔を手で仰いだ後、真剣な表情に戻った。
――最後に。どの時間に行くのかは、私にもわからない。管理人が死んだ直前かもしれないし、もっと。でも、管理人が死んだ瞬間にループするはず。
「わかった」
今度は、他の住人に向き直るお姉ちゃん。
――あと、他のみんなにもお願いがあるの。
みんな、真剣な顔で返している。
――今すぐ、炎上してくれない? そうじゃないと、ループがはじめられないの。管理人はVTuberじゃないから。
「どういうこと?」
紗香が訊ねると、お姉ちゃんはバツが悪そうに答える。
――『一番星銀花』はVTuberの神様。だから、VTuberの炎上を止めるのには力は使えるけど、管理人はVTuberじゃない。だからこそ、管理人の死んでしまうと炎上してしまう。そういう状況が必要なの。
「うん」「わかりました」「りょーかい」「わかったわ」
それから、みんなの行動は速かった。
全員でおもいつくばかりの罵詈雑言をブイックスに投稿。
そのあまりにも過激な内容に、一気にネットに拡散された。
ファンは信じられずに、アカウント乗っ取り説まで出る始末。
あっという間に炎上して、紗香の体は光りはじめた。
「じゃあ、行ってきます」
――よろしくね。
「うん、任された」
お姉ちゃんに何かを託されるのって、こんな気持ちなんだ。
すごく頼もしい気持ち。
お姉ちゃんが託してくれる自分が誇らしい。
そして、紗香は時間を越えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次に目を覚ました時には、紗香は青空の下にいた。
手にはキャリーケースが握られている。
この光景には見覚えがある。
少し歩くと、VTuber専用マンションが見えた。
その入り口には、男の人が立っている。冴えない立ち姿の、30代男性。
たった数日会っていなかっただけなのに、涙が顔を出してしまった。
もう一生、動いている彼には会えないと思っていた。
今涙を流してはいけない。
多分、今の彼は紗香を知らない。
素知らぬ顔で、声を掛けるんだ。
「あなたが、このマンションの管理人さんですか?」
管理人さんは振り向くと、驚いたように目を見開いた。
「あの、本当にオレたち、以前会ったことないですか?」
なんでそんなことを言うのだろうか。
ループの記憶が残っている?
いや、多分、これはループの記憶なんかじゃないんだ。
なんとなく覚えているんだと思う。
火葬場で見た紗香の顔を。
「あ、えっと、すみません。多分、初対面だと、思います……」
心がチクリと痛んだ。
だけど、これくらいでへこたれるつもりはない。
紗香は、管理人さんが死ぬ未来を変えるんだ。
ループがはじまった地点。
それは、紗香がはじめてVTuber専用マンションに来た日だった。




