第53話 V専用マンション、永遠なれ
みんな、自然と集まっていた。
場所はマンションの一室に作られた、スナックバー。
管理人さんの出すお酒や小料理は特別おいしいものじゃなかった。
だけど、ここでは何回かパーティーをした。
夜に顔を出すと、いつも管理人さんが笑顔で迎えてくれた。
もしかしたら、みんな同じことを思って、ここにきたのかもしれない。
もしかしたら、管理人さんの死がまるっきり嘘っぱちで、スナックバーに行けばいつも通りに出迎えてくれる。
だけど。
だけど――
突きつけられたのは、虚しいだけの現実。
スナックバーには管理人さんはいない。いや、どこにもいるはずはない。
新聞のおくやみに名前が載っていた。紗香たちは出席できなかったけど、お通夜や告別式だって終わっている。
それでも、まだまだ紗香たちの中では『管理人さんの死』がなじみ切っていない。
人の死を受け入れるのは、時間がかかる。
もしかしたら、どこかにいるのかもしれない。生きているのかもしれない。今目の前にいないだけで、本当は今も笑顔でいるのかもしれない。
自分が見た死体も、夢とか幻とかそういう曖昧なやつで、本当は生きているかもしれない。
バカげているけど、そう考えてしまう。
だから時間を掛けてひとつひとつ可能性をつぶしていって、彼のいない生活を咀嚼して、ようやく死を受け入れることができる。
お姉ちゃんの時も、そうだった。
「すぐに出ていけって言われても……」
三春さんの呟きには、誰も返せない。
VTuberの引っ越しというのは、いくつもの壁がある。
まずは物件探し。最初の関門にして、最大の障害だろう。
副業として活動している人でも、難易度はかなり高いだろう。
はっきり言って、配信業を受け入れようとする不動産屋は少ないだろう。
他の職業と比べて、騒音トラベルなどに発展する可能性が高い。
「こんな紙一枚で……」
紗香は先日送られてきた『退去命令』を取り出した。
本文は簡素なものだった。
2か月後までに部屋を明け渡せ。
あまりにも横暴すぎる。
それだけ両親と溝ができているのかな。
それとも、紗香たちが管理人さんが死んだ原因だと思われている?
よくよく考えれば、紗香管理人さんのことを全く知らなかった。
どこで生まれて、どんな両親に育てられて、何を考えて生きていたのかな。
三春さんは知っていいるかもしれないけど、今訊く話でもない。
「十六夜さん、四分一さん、五木さん、みなさんは何か決まってるんですか?」
紗香が訊ねると、四分一さんが答えてくれる。
「まだ確定ではないのですが、はなまるの実家にお世話になりそうです」
「……え?」
まさか、親公認の仲になったということ!?
「正確には別荘を借りさせてもらえるみたいで、まだ友人とだけ伝えています」
「……そうなんですか」
「そこで提案なのですが、三春さんと二本松さんも一緒にどうですか? 別荘ですが、かなり大きくいので」
三春さんは「ちょっと考えさせて」とだけ返して、黙ってしまった。
紗香はどう返答すべきだろうか。
正直、管理人さんがいないのに、みんなが同じ屋根の下に暮らすのは不気味に感じる。
だけど、彼が作ってくれた縁を無碍にするのも違う。
イヤになる。
死んだ人の気持ちなんてわからない。
それなのに、無意識で気持ちを汲もうとしてしまう。
もういっそのこと、本当に時が巻き戻ってほしい。
――紗香。
また声が聞こえた。
お姉ちゃんの声。
――紗香。気付いて。
優しく、語り掛けるような。
――紗香。こっちにきて。
まだそっちに行くわけにいかないから。お姉ちゃん。
――違うの。そういう意味じゃないから。
じゃあ、どういう意味?
――彼を助けられるかもしれない。
「あれ、会話ができてる?」
「……もしかして、聞こえているんですか?」
「え、四分一さんも?」
「僕ははっきりとは聞き取れません。何かが話しているのが聞こえる程度です」
「……この声、お姉ちゃんの声なんですよ。ここで亡くなった」
四分一さんは一瞬驚いた顔をした後、紗香に真面目な顔を向けてくる。
オカルトの専門家としてのスイッチが入ったのかな?
「どこから聞こえますか?」
――こっち。ここ。
お姉ちゃんが誘導しようとしてくれている。
紗香は必死に耳をそば立てながら、声の発信源を探していく。
「ここだ」
そこは、管理人さんの部屋だった。
管理人さんの部屋。
だけど、オートロックが掛かっていて、中に入ることができない。
「なんとかならないの!?!?」
ヒステリックに叫んでも、ドアはひるんだりしてくれない。
四分一さんが無理やり開けようとしても、ビクともしていない。
いつのまにか他の人たちもついてきていたけど、全員の力を合わせてもドアを破れるかは怪しい。
何か手段はないかとポッケの中のスマホを取り出そうとした瞬間、感触に違和感を覚えた。
「…………ぁ」
取り出すと、手の中に鍵が入っていた。
そうだ。管理人さんをこの部屋に運んでくる時に鍵を借りて、ポケットに入れたまま忘れていたんだ。
紗香は早速鍵を回して、部屋に入る。
部屋の様子はあの時と全く変わらない――なんてことはなかった。
『一番星銀花』が大量に飾られた部屋。
その中央に、数日前にはなかったはずのものが置かれていた。
「あれ? 『一番星銀花』の等身大フィギュア?」
いや、違う。
よく見ると、足元が透けている。
――紗香。
フィギュアだと思っていたものはゆっくりと動いて、紗香と視線が合った。
その表情に、お姉ちゃんが重なる。
いつも優しく微笑んでくれる、お姉ちゃんらしいお姉ちゃんの顔。
――やっと来てくれた。
「『一番星銀花』……?」
表情はお姉ちゃん。
だけど、容姿は違う。
そこにたのはお姉ちゃんじゃなくて、彼女が演じていたVTuber『一番星銀花』だったのだ。




