第52話 最終章はラスボスと言われたヒロイン「二本松紗香」視点でお送ります
身近な人が亡くなるのは、これで2度目。
1回目はお姉ちゃん。
『一番星銀花』の中の人と活動していたけど、スタッフとのイザコザがあって交代させられて、最終的にはマンションの一室で病死していた。
2回目はマンションの管理人さん。
最期に話したのはわたし――二本松紗香ってことになるのかな。
紗香が『一番星銀花の妹』であることをカミングアウトした後、マンションの外に出ていたらしい。
そこで通り魔に刺されてたところを通行人に発見されてたけど、すでにこと切れていた。
犯人はもう逮捕されていて、今は警察で取り調べをしている。
身近な人が亡くなった時の喪失感は、苦しいというよりはただただ虚しいだけ。
まるでパズルのピースが欠けているのに、立派な額縁に飾られているような違和感。
きっと、この感覚慣れることは一生ないと思う。
彼女は、もっとひどい喪失感を味わっているのかな?
「み、三春さん、大丈夫ですか?」
「あ、紗香ちゃん」
「何か飲みますか?」
「ごめん。今は何も喉が通らないから」
「それでも、何か食べないと……」
そうじゃないと、三春さんも倒れてしまう。
管理人さんの死で一番ショックを受けたのは、やっぱり三春さんだろう。
高校時代の元恋人。再開しても悪くない雰囲気だった。
そんな相手がいきなり亡くなったのだから、憔悴してしまうのは当然かもしれない。
彼女はガン剤、VTuberの配信やSNS活動すらもまともにできていない状態だ。
今はほとんど部屋に引きこもっていて、まともに掃除すらしていない。
ゴミ屋敷へと変わっていく様は、三春さんの心の中をそのまま表しているみたい。
「このマンション、どうなるのかしら」
「……まだなんとも言えませんね」
おそらく、このマンションの権利は管理人さんの親に相続されるはずだ。
その後どうなるかは未知数。
少なくとも、紗香たち住人が決められることじゃない。
「あたし、無月の両親に会ったことがあるけど、とっても普通の人たちだった。」
「いい人たちだったんですか?」
「いい人たちだけど、同時にまともな人達だから……」
彼女が言おうとしていることは、なんとなく察せられた。
「もしかしたら、両親はあいつの気持ちを汲んで続けてくれるかもしれない。でも、絶対にあいつと同じ経営はできないと思う。根本的にVTuberに対する理解度と熱意が違うから」
「そう、ですね……」
正直、玉枝無月の熱意と情熱は異常だったと思う。
女性VTuberが安心して暮らせるように自分の金玉を取るなんて、考えついてもやらない。
しかも、家賃は格安で審査も契約もゆるゆる。ほとんど慈善活動に近い状態だった。
後先を考えなさ過ぎていたけど、彼の想いはひしひしと伝わっていた。
VTuber業界を盛り上げたい。もういない『一番星銀花』への恩を少しでも返したい。
その一心だったんだと思う。
「ねえ、なんで、あたしはあの時寝てたのかな? 私が寝ていなければ……」
「仕方ないですよ。誰も予測できないことでした」
それを言うなら、最後に話した紗香が一番責められるべきだ。
もしもあの時、あの話を打ち明けずにいれば管理人さんは外に出ることがなく、死ぬこともなかったかもしれない。
もしも、もう少し長く話していれば、通り魔に遭わなかったかもしれない。
もしも、紗香も外に出ていれば。
もしも、管理人さんがお酒を飲みすぎないように注意していれば。
もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。もしも――
考えても仕方がない。
過去は覆らない。
だけど、考えられずにはいられない。
それだけ、亡くなった人に生きていてほしかったから。
「時間が巻き戻ればいいのに」
三春さんが小さく呟いた。
ループ。
そんなこと、現実に起きるはずがない。
アニメではループモノというものがあるけど、あくまでも創作物の中での話に過ぎない。
「ごめん。紗香ちゃん、出ていってくれる?」
声音だけでわかってしまう。
三春さんはもう涙を我慢できないのだろう。
普段ならもっと優しい言い方をしてくれるけど、そんな余裕もないみたい。
「わかりました」
すすり泣く声を聞きながら、紗香は三春さんの部屋から出た。
すると――
「あ、紗香ちゃん」
「十六夜さん、こんばんは」
様子を見に来たのか、十六夜さんがいた。
「ねえ、小桜ちゃん、大丈夫なの?」
「まだ何も食べたくないそうです。それと、今は泣いてますので……」
「……そう、なの」
心底不安そうな顔をみているだけで、さらに胸が苦しくなる。
「四分一さんと五木さんはどうですか?」
「通り魔を呪い殺す準備をしているわ」
「……止めないんですか?」
「うーん、止める理由ないわよねー」
十六夜さんの声音は平坦だった。
化粧で隠してあるけど、目元がわずかに赤くなっている。
なるべく他人に見られないようにしているだけで、彼女も色々と思うところがあるのかな。
「じゃあ、紗香ちゃんも体に気を付けてね」
「ありがとうございます。十六夜さんもお気をつけて」
十六夜さんと別れて、自分の部屋に戻る途中、ふと足を止めた。
――紗香。
声が聞こえた気がした。
よく知っている、お姉ちゃんの声。
だけど、本当に聞こえてるわけじゃないはず。
紗香も、意外と精神が参ってきているのかもしれない。
よくよく考えれば、管理人さんが亡くなってから一度もエロいものを見ていなくて、オ〇ニーすらしていない。
――紗香ぁ。
涙声のように聞こえる。
――紗香。お願いだから……。
切実に、訴えかけてきている。
天国から手招きされている気がして、紗香はその場から走り去った。
そして、数日後。
住人全員に対して、退去命令が送られてきた。




