第51話 推しの妹
「そう、だったんですか」
目の前にいる女性が、『一番星銀花』の妹。
その事実があまりにも衝撃的過ぎて、めまいがした。
オレの知っている『一番星銀花』は愛嬌があって、愛想がよくて、人当たりが良くて、清楚で可憐。
それなのにエンタメには全力で取り組んでいて、いつもリスナーを笑顔にしてくれる。
そんな完璧なVTuberだった。
対して、目の前にいる女性は、見た目こそ清楚系で小動物系であるけど、中身はエロ同人に支配されている。
「あ、えっと、信じられませんか?」
「正直言えば、信じたくありません」
「……す、すみません。こんな女で」
「いえっ! そういう意味で言った……わけではあるのですが、それはそれで二本松さんの魅力ですから」
「いえ。気を遣わないでください。自覚してるから、今まで話してこなかったので……」
微妙な空気が流れはじめてしまった。
色々と訊きたいことは山ほどあるのに、思考がまとまらない。
「あの、玉無しさんは火葬場の職員として働いていて、」
「あ、はい。合ってます。あと、玉無しじゃなくて、玉枝です」
「あっ。すっ、すみません! いつも心の中ではそう呼んでいるので……」
心の中でも呼ばないでほしい。
オレの中の『一番星銀花』像が汚染されそうですごくイヤだ。
「火葬場では、恥ずかしいところをお見せして……。取り乱して、言ってはいけないことを。ぶ、VTuberの正体を明かすようなことを言ってしまって……」
彼女が本当に『一番星銀花』の妹なら、棺桶にしがみついて泣いていた少女のはずだ。
いや、このセリフが彼女が妹である何よりの証拠か。
オレは人の顔を覚えるのが酷く苦手だから確信を持てないけど、見た目の雰囲気も似ている気がする。
「いえ。それだけお姉ちゃんのことが好きだったんですよね?」
「はい。紗香にとっては、世界で一番のお姉ちゃんでした」
「そう、ですよね」
オレの推しでもあるのだから、当然だろう。
「あの、知っていますか? この土地について」
「土地?」
「もしかしたら、買う時少し安かったりしませんでしたか?」
「たしかに安かったです。相場より」
ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
なんで彼女が知っているのか、不気味でならない。
不動産屋以外はほとんど知りようなのない事実のはずだ。
乾いた唇を舌で舐めていると、二本松さんの口角が少し上がった。
「この土地って、お姉ちゃんが亡くなった場所なんです」
「……え?」
つまり、今立っているこの土地が『一番星銀花』が亡くなった場所?
「お姉ちゃんは1人暮らしををしていました。マンションを借りて、自分だけの力で生きようとしていました。最期には、ここに建てられていたマンションの一室で急死しました。その後なんらかの理由でマンションが解体されて、空き地になっていたみたいなんです。あの、知りませんでしたか?」
「まったく……」
土地が安いのはラッキーぐらいにしか思ってなかったけど、事故物件だったとしたら納得がいく。
「す、すみません、パーティーの後にこんな辛気臭い話をしてしまって……」
「いえ……」
まだ、頭の中でこの事実を咀嚼できていなくて、生返事しか返せない。
「でも、こんな祭壇みたいな部屋を作るような、『一番星銀花』を愛してくれている管理人さんには伝えておきたかったんです」
「いえ、ありがとうございます」
「あの、紗香、このマンションは居心地がいいんです。お姉ちゃんがいる気がするっていうのもあるんですけど、みんな自由に活動していて、それに影響を受けることも多くて、まだまだここにいたいって思うんです」
二本松さんは、オレの手を優しく握った。
「だから、絶対に」
「はい。推しに誓います」
「ふふふ。このマンションに来た時も似たようなこと言ってましたよね」
「そうでしたね」
「神様より推しが上なんですよね?」
「当然です」
言うや否や、オレたちは一緒に笑った。
バカみたいだけど真剣だ。
笑い終わると、二本松さんは何度もお辞儀をしながら部屋から出ていった。
これからまた飲み直すのだという。
オレは夜風を浴びたくなって、外に出た。
キレイな満月が夜空に浮かんでいて、ボンヤリと眺めていた。
何も考えていない時間を作ると、徐々に脳内が整理されていく。
「二本松さんが推しの妹で、この土地は推しが死んだ場所だったのか」
不思議な縁だ。 少し感慨深い。
このVTuber専用マンションでの縁も、推しが紡いでくれたものといっても過言ではないだろう。
「死んだあとも、オレを支えてくれるんだもんなぁ」
推し甲斐がありすぎる。
「…………ん?」
――逃げて!
声が聞こえた。
いくら周囲を見渡しても、どこから聞こえているのかわからない。
――逃げてっ!
切羽詰まっている。
『一番星銀花』の声に聞こえる。
――逃げてっっ!!
どんどん悲鳴へと変わっていく。
――逃げてええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
足音が聞こえた。
次の瞬間。
背中から衝撃を感じて、熱に近い激痛が走った。
見えていないけど、理解できた。
オレは今、背後から刃物で刺されたのだ。
体の感覚が一気に遠のいて、崩れていく。
地面に倒れても、指一本も動かすことができない。
急所にでも入ったのだろうか。
ああ、ダメだ。
これ、ダメなやつだ。
折角、これからだったのに。
VTuber専用マンションをもっと大きく、もっとよくしたかった。
ああ、見える。銀花ちゃんの顔。
最後に配信すべて見たかった。
もらったリプや、コメントで笑ってくれた時の切り抜きを見たかった。
いつも一緒にいてくれたグッズたちに、愛しているとお別れを告げたかった。
………………あれ、銀花ちゃんが泣いてる。
そんなに泣かないで。
でも、オレのために泣いてくれるの?
嬉しいけど、やめて。
君には、笑顔が似合ってる。オレのために泣いてくれるのは嬉しいけど、オレのせいで涙を流させたくはなかった。
ああ、でも、いいや。
もう死んじゃうんだし。
最期に伝えよう。
ありがとう。
君のおかげで、オレはここまで生きてこれました。
大好き。
君を推せて幸せな人生だった。
あの世に行っても推し続けるから。
ああ、君はもう先に行ってるんだっけ?
じゃあ、ちょっと違うか。
また、会おうね。
これからも愛してる。
次回から最終章突入です
続きがきになりましたら
ブクマ
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