第5話 30を超えてから会う元カノ(未婚)より気まずいものはない
「こんにちは! お姉ちゃん!」
「え、はい。こんにちは……」
VTuberマンション。
二本松さんの冕冠にて、元気のいい子供の声が木霊した。
彼女がしきりに瞬きしながらガン見しているのは、オレの隣にいる幼い女の子だ。
身長は小学校高学年ぐらい、着ている服は落ち着いた色合いで、少しオマセさんのように見える。
顔立ちはかわいい系というよりは少しクールな雰囲気だ。
だけど媚びた立ち居振る舞いをしているのか、表情や仕草に愛嬌があふれている。
「わ、うわぁ。かわいい。もしかして新しい入居者さんの娘さんですか?」
「えっと、その……そんなところですっ!」
たどたどしく受け答えすると、幼女に足を踏みつけられた。
大して痛くはないけど、いい気持ちはしない。
鋭くにらむと、幼女はツンとしてしまった。
「ママがVTuberなのかな?」
幼女の目線に合わせてしゃがむ二本松さん。
この場面だけを切り取ると、かなりおしとやかに見えてしまう。
「おねえちゃんもVTuberなの?」
「え、えっと、はい。VTuberをやらせてもらってます」
「すごーい。あこがれるなー」
「そんなことないですよ。リスナーのみんながいるからなんとか頑張れてるだけですから」
「へー。」
とてもほのぼのとした会話だけど、オレの胸中はまったくもって穏やかじゃない。
「子供、好きなんですか?」
「あ、あんまり得意じゃないんですけど、なんていうか、かわいいので……」
二本松さんはニニチアァと口角を上げた。
彼女の脳内は想像もしたくない。
「その、頭撫でていいですか?」
「うーん。おねがいをきいてくれたらいいよ?」
「うん。どんなおねがいなんですか?」
幼女は手招きして、二本松さんに耳打ちをする。
そして――
「ええええええええええええ!!!!」
大声を出して驚いた。
耳打ちの内容は聞こえなかったけど、予想はできる。
自分の年齢を打ち明けたのだろう。
「あはははははっはははははっははははっははは!!! すごい反応!! それが欲しかったのっ!」
幼女――いや、幼女の皮を被った女性は、腹を抱えて笑っている。
一見小学校高学年に見えるけど、れっきとした成人女性だ。
合法ロリにしてVTuber。
小学校高学年みたいな風貌をしながらも、御年33歳の三十路女性だ。
「じゃあ、改めて自己紹介。『三春小桜』。こんな見た目でも大手VTuberやってる。小桜でも三春でも好きなように呼んで。年とか関係なく仲良くしたいから、よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします。三春さん」
オレはわざとらしくため息を吐きながら、間に入る。
「すみません。三春さんがどうしてもサプライズをしたいと言い張りまして……」
「あ、えっと、大丈夫です。ちょっと驚いただけですから」
時間が巻き戻っているから、オレ視点では2回目のサプライズだ。
正直うんざりする。
だけど、彼女はかなりのイタズラ好きで一度言ったことはなかなか曲げない。
「何を言ってるの。無月だってすぐにオーケーしたんだから、」
「全然そんなことはないです」
「大体、敬語やめてくれない? ムズ痒いんだけど」
「今はオーナーと関係です」
「えー。あたしと無月の仲じゃん」
手をバッテン印にしてノーを突きつけると、三春さんは頬を膨らませた。
ちなみに『無月』はオレの下の名前だ。フルネームで『玉枝無月』。
「――っ!?」
突如、生温かい視線とともに悪寒で体が震えた。
二本松さんから、なにか圧のようなものがあふれ出ているのだ。
「なんか、すごく仲がいいんですね」
「え、コイツから聞いてないの?」
指差をさされた。
不服申し立てのために眉をひそめても、わざと無視されてしまう。
「えっと、何をですか?」
「高校時代の元恋人」
一瞬の間が、恐怖を駆り立てる。
「ほー」
二本松さんの声音が、一瞬にして変わった。
まるで獲物を見るような恐ろしい瞳に、オレは思わず股間を押さえる。もう金玉がないはずなのに玉ヒュン気分を味わっている。
三春さんは不思議そうに小首を傾げている。驚きに声をあげると予想していたのだろう。
「ああー。なるほど。学生時代からの再会。エロ漫画やエロ同人で見る展開ですね」
「エロどう……!?」
三春さんの顔が一気に真っ赤に変わり、とっさにオレの後ろに隠れた。
彼女はあまり下ネタに耐性があるわけではない。
「え? 知りませんか? 18禁の同人誌とか漫画。どういうものなのか、少し持って来ましょうか?」
「いや、知ってるけど……。普通、そういうこと言う?」
「あ、そ、そうですよね。すみません。でも、あまりにも最近読んだ漫画と似ていたもので……」
二本松さんの顔は全く赤くなっていない。
エロに関する恥じらいはどこかへ飛んでしまったのだろうか?
「あの、三春さん、性癖はなんですか?」
「なんでそんなこときくの!?」
あ、演技の幼女より幼女っぽい叫び方だ。
それだけ驚いているのだろう。南無三。
「いや、ちょっと気になりまして。紗香、知識が偏っているのでそっちの会話しかできなくて……」
「いや――」
三春さんの言葉をさえぎって、オレが。
「三春さんは拘束が好物ですよ。特に大きな男が拘束されるシチュエーションが」
「ちょっ! やめろおっ!」
暴露してやった。
慌てふためいている三春さんを見ると笑いが止まらない!
これぐらいの仕返しはしていいだろう。
「ほー。監禁ですか。ちょっといくつか持ってきますね。色々話しましょう」
「いいからっ! そういうのいらないからっ!」
「え? なんでですか?」
心底不思議そうな顔で、三春さんの顔を見つめる二本松さん。
この2人は出会ってまだ5分も経っていないだろうか。
お互いに印象がガラリと変わっているはずだ。
「ねえ、この娘、大丈夫なの?」
「多分手遅れ」
「そうよねぇ。まあ、そういう娘のほうが面白くて好きだけど」
「同意見」
困惑してる二本松さんを前に、2人で頷く。
やっと二本松さんのヤバさを共有できる相手ができて、少し嬉しかった。
更新おくれて申し訳ございませんm(__)m