第47話 愛の鞭って自己満足じゃない?
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン、と。
ドアを叩く音で、すぐに誰だかわかった。
まるで部屋の中にいる人を威圧するような叩き方。
音のどこからも優しさを感じられない。
怖い。本当は逃げ出したい。隠れていたい。
お父さんがやってくるかもしれない、って予感はあった。
大丈夫。もうあの頃の私じゃないでしょ。
三角関係をカミングアウトする配信なんてしたんだから。
ドンドンドンドスドスドンドンドン、と。
蹴りまで混じりはじめて、さらに音が大きくなっている。
「大丈夫。大丈夫よ、私」
何度も心の中で「大丈夫」と反芻しながら、ドアに近づいていく。
ゆっくりとドアノブを回すと、お父さんの鬼の形相が目に入って思考が止まってしまった。
「お前、何をしたのか分かってるのか!?」
無遠慮にも土足で上がり込んできて、ズンズンと近づいてくる。
あまりもの勢いに押されて後ずさると、あっという間に壁まで追い詰められてしまった。
「こんなくだらないことして、こっちまで赤っ恥だ!」
「な、なんの話……?」
「しらばっくれるのか!?」
お父さんはスマホの画面を見せつけてきた。
表示されているのは、ネットでバズった配信。
「これはお前だろっ!!!」
「…………」
「お前の同期だったヤツが教えてくれたぞ。お前が最悪なことをしている、ってな」
私が黙っていると、お父さんはさらにまくし立ててくる。
「ただでさえ、キャバクラなんて恥ずかしい仕事をしているのに、こんなことまで! もう我慢ならん!」
「我慢って……」
私、言い返さないとダメ。
勇気を振り絞って、私。
「私、ちゃんとお金稼いでるから。自分だけで暮らせているんだから――」
好きにさせて。
そう言おうとしたのに。
「そんなのは当たり前だろっ!」
昔のトラウマが蘇ってきて、体が固まってしまう。
「なんでお前は俺に迷惑ばかりかけるんだ!? そんなに俺のことが嫌いか!? 言っておくが、全部お前が悪いんだぞっ!」
「……ち、ちが」
「俺は笑い者だっ! 俺がこれからどういう目で見られるかわかるか!?」
怖い。やめて。
でも、まだまだ言い返さないと。
そうじゃないと、ずっとずっと、あの頃のままだ。
「そう、育てたのは、お父さん、だよ?」
「ああ!?」
「お父さん、の、せい」
「お前が勝手に育ったんだろ!? 全部俺のせいにする気か!? そんなんだから、お前はダメなんだよ!」
「子供は親に迷惑をかけるな。産まれただけでありがたいだろっ! 俺の弟は幼い頃にトラックに轢かれて死んだぞ!? 顔も判別できないぐらい酷い死体だった。それに比べれば、お前は恵まれているだろ。違うかっ!?」
髪を引っ張られて、顔を近づけられた。
彼の口からはすごく嫌な臭いがする。
お酒でも加齢臭でもない、独特の臭い。
キャバクラのお客さんからも嗅いだことがない。
「くさい」
ほとんど無意識に呟くと、視界が高速で移動した。
ガン、と。
頭がどこかに叩きつけられた。
痛い。
ふと頬に生暖かい液体が流れていることに気付いた。
え、嘘? 血?
顔に傷がついた?
「うそ」
「これは一生傷が残るかもなぁ!? 俺の気持ちがわかったか!? 泥を塗られた気持ちがっ!」
ふざけないで。
私だって、あんたみたいなのが親じゃない方がよかったのよ。
「お前なんて、お前なんて、親じゃないぃぃ」
「ああ。そうだな。お前なんて――お前……あれ、名前なんて名前だっけ? 桃子? 涼子?」
もうやめて。
なんで私の耳はこいつの声を聞くの?
お父さん、会社の人には優しくしてたよね。
なんで、その優しさを私に分けてくれなかったの?
そんなに浮気したお母さんのことが憎いの?
それとも、私が嫌いなだけ?
「まあ、どうでもいいか」
どうでもいい。
その6文字が頭の中でグルグルと回っていく。
私の名前って、実の親にも『どうでもいい』って言われるんだ。
親からもらったもののはずなのに。
その瞬間、体の中が無性に痒くなった。
早く。
こんな人の血が入っている体なんて、さっさと捨てたい。
死にたい。
消えたい。
捨てたい。
何も考えたくない。
「たす……けて……」
無意識に、玄関に手を伸ばして、その先には――
「何を、してるんですか?」
若いのに、とても無感情な声が聞こえた。
まるで、噴火する一歩手前の山のような――
顔をあげると、玲央くんとはなまるくんの姿があった。




