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第46話 関係というのは結果ではなく過程である

 ピンポーン、と。

 ドア越しにチャイム音が聞こえると、すぐさま部屋内から足音が聞こえた。


 ドアの向こうから顔を出したのは、管理人さんだ。



「あの、管理人さん、お話があるんだけど、お時間大丈夫?」

「ああ、待っていましたよ」

「待っていた……?」



 事前にアポをとっていないはずよね……?


 私がいぶかし気な顔をすると、管理人んさんはハッとした。



「あ、いえ、なんでもありませんっ! ここではなんなので、お入りください」

「じゃあ、失礼するわね」



 私は小首を傾げながらも、靴を脱ぐ。

 ふと、自分が履いていた靴を見て苦笑しちゃった。

 左右で別の靴だ。左はサンダル。右はランニングシューズ。

 無意識に緊張しているのかもしれない。


 リビングまで通されると、最初に目に入ったのは、大量のグッズだった。

 VTuber活動をしている人で、そのキャラクターを知らない人はいないと思う。

 始祖とも呼ばれている、黎明期で最も輝いたVTuber『一番星銀花』。


 棚にも壁にもギッシリと敷き詰められたグッズの数々に圧倒されていると、管理人さんがお茶をだしてくれた。



「どうぞ」



 とっさに管理人さんの頬を確認する。

 最初に顔色を確認するのは、職業病みたいなものかも。


 あれ、少し色が悪いような気がする。



「あの、管理人さん、疲れていませんか?」

「大丈夫ですよ。30回近く繰り返しただけですので……」



 彼は本当に疲れた顔をしていて、変な愚痴を呟いていた。

 何を30回繰り返したのか気になるけど、訊くのが少し怖い雰囲気。


 管理人さんは私が休めと言っても休む人じゃない。小桜ちゃんに叱られれば訊くかもしれないけど、今彼女は寝ている時間だ。

 これは早く話を終わらせた方がいいかも。



「今日は重大な話をしにきたの」

「はい」

「私、十六夜陽子は『VTuberの設定』として、四分一怜央くんと五木はなまるくん――2人とお付き合いします」

「いいと思います」



 あっけない答えに、拍子抜けしてしまった。



「他の2人はどうしたんですか?」

「これは私がはじめた三角関係だから。1人でこれぐらいはしないと」

「そうなんですね。今回の十六夜さんはそういう判断をしたのですか」

「今回の……?」

「あ、いえ、すみません! 結構疲れているみたいで。気にしないでください。あはははははは」


 

 さっきから言動がおかしすぎる。

 だけど、それを指摘する前に管理人さんが話を戻してしまう。



「3人がお付き合いすることは喜ばしいことだと思っています。VTuberの設定としてでも、かなり大きな一歩です。おめでとうございます」

「ありがとう。祝ってくれてうれしいわ」

「ですが、これは3人の知人――そして、このマンションの管理人としての意見です」



 管理人さんの纏う空気が変わった。

 


「それでは、3人のファンとしての意見を伝えます。こっちの話を聞きにきたんですよね?」

「容赦なくお願いね」



 管理人さんは「わかっていますよ」と無表情に返してきた。



「はっきり言いますと、あまり賛成できません」

「……やっぱり、そうなるわよね」



 厳しい意見だけど、だからこそ信じられる。



「はい。3人の関係は、配信で全く触れられていませんでした。リスナー視点では『いつの間にか仲良くなって、いつの間にか付き合っていた』ということになってしまうでしょう」



 過程がなくて、いきなり仲良くなっている。

 アニメならいざ知らず、リアルタイムで進む配信では受け入れらる可能性は低い。



「少しずつ仲良くなる仮定を見ていれば抵抗が少ないかもしれませんが、いきなりはかなりの反発があると思います」

「じゃあ、今から少しずつ仲良くすればいいかしら?」

「無理でしょうね。主にはなまるさんが」



 五木くんは天然だし、隠し事が苦手な性格をしている。

 演技なんてもっての外ってことかな。


 

「リスナーに伝えるなら、全部を素直に話してください。リスナーに自分の気持ちの全てを伝えてください」

「……でも、私の気持ちはグチャグチャで整理できてないし、一貫していないわよ?」

「それでいいんです」

「人の気持ちなんて、一貫していませんよ。すぐに移り変わるし。色んな感情と損得勘定が絡みあってできるものですから」

「でも、それで本当に伝わるかしら?」



 キャバクラとして働いているから、よく知っている。

 人は自分の中に複雑な感情を抱えているのに、他人には極端な感情を求めている。

 好き。

 嫌い。

 怖い。

 大丈夫。

 楽しい。

 悲しい。


 本来、感情というのは常に混じり合ってせめぎ合っているはずで、1つの行動を選択するのにも色んな感情を総合して判断しているはず。


 例えば『楽しそうだから』という理由で、遊園地に向かう人がいるとする。

 だけど、本当に『楽しそう』だけで決めているのかな?

 時間がある。

 今が安い。

 天気がいい。

 最近遊んでいなかったから。

 お金に余裕がある。

 あの人と一緒に行きたい。

 

 そう様々な打算や感情を総合して、判断しているはず。大人なら特に。

 一番説明しやすかったり、相手に理解されやすそうな『楽しそう』だけを押し出しているにすぎないのだと思う。

 すべての感情を伝えたら時間をがかかるだろうし、思考の過程の全てを覚えているほど、人間の脳も暇じゃない。

 それなのに、その理由を聞いた人は『楽しそう』だけ(・・)が理由だと決めつけてしまう。


 ネットの世界ではさらに酷い。


 勝手に自分の想像を付け加えて、真実であるかのように語りだす。

 『VTuber』『夜職』『女』『若い』。そんなレッテルばかりに注目して、その人自身を見ようとしない人ばかりが騒ぐ。

 よくあることだけど、一番嫌なパターンだ。



「大丈夫です。十六夜さんは真摯ですから」

「私は、私がつく嘘を信じていないだけ」



 自分の嘘なんてすぐにバレてしまう。

 それがわかっているから、嘘をつけない。

 嘘を吐くのに罪悪感はあまりないし、実際お仕事ではよく嘘をついている。

 嘘がバレた時のリスクと、嘘をつくメリットを天秤にかけた結果、嘘をつく判断をしていることがよくある。

 バレる前提で嘘をついているし、相手が嘘や演技と知りながら楽しむ前提で嘘をつくことばかりだ。

 


「ですが、十六夜さんは他人を傷つけるつもりで嘘をつきますか?」

「結果として傷つけたことなら、何度もあるわ」

「それを悔やんでいるなら、あなたはとても優しくて正しい人です」



 まるで確信しているような瞳。

 なんでかしら。

 管理人の言葉がすごく心強く感じられる。



「本当に、そんなことでいいんですか?」

「大丈夫です」



 私は、しばらく考え込む。

 頭の中で渦巻いているのは、自分に対する不安。

 こんな私が真摯に話したとしても、周囲の人がどう反応するかわからない。

 怖い。怖い。怖い。

 もし真摯に話して、全てを伝えて、それらを否定されたら――


 私の全部を拒絶されたってことにならない?



「自分を信じられませんか?」

「……はい」

「なら、周囲の人を信じてください。十六夜さんを信じるオレや、あの2人を信じてあげてください」



 たしかに、そうかもしれない。

 ずっと自分のことを信じないままだと、周囲の人に対して失礼になっちゃう。

 だから、私を信じるんだ、私。


 きっと、その後の私は陽気に笑えている。



「ありがとう。管理人さん」

「いえ。お役に立てたようで何よりです」

 


 そして、2日後。



 私たちは配信にのぞんだ。

 VTuberとして、3人でお付き合いをする宣言の配信。

 緊張して喉が渇いて、うまく言葉が出せない時が何度もあった。


 それでも、話しきった。

 四分一くんと五木くん――ううん、玲央くんとはなまるくんも、想いの丈を語ってくれた。


 特に玲央くんは熱烈だった。

 どれだけ私のことが好きなのか。

 そして、この三角関係がどれだけ大事なものなのか。


 本当はその場で言いたかった。


 ごめんね。

 3人でお付き合いしたい、って言い出したのは、私の性癖だけが理由じゃないの。

 2人だけでお付き合いをしたらきっと、玲央くんは私を必死に支えようとしてくれる。

 でも、私は普通の人よりも重いから、若い玲央くんが絶対につぶれてしまう。

 だから、3人でのお付き合い。

 ねえ、気づいてる? あなたたち、2人ならとっても強いのよ? 私なんか軽く支えられるくらい。


 この配信はネット上で話題になり、瞬く間に広まっていった。

 スマホの通知が鳴りやまなくて、ブイックスのアプリがバグってうまく動かなくなってしまうほどの大反響。

 炎上しているけど、不思議と嫌な燃え方じゃない。

 確実に応援してくれる人がいてくれる。私の言葉に共感してくれる人がいる。それがあまりにも頼もしくて、興奮のあまり中々寝付けなかった。


 全然眠れないのは辛いはずなのに、嬉しい。

 不思議な感覚だった。


 そして次の日。


 お父さんが部屋のドアを激しく叩く音が、地響きのように響いていた。

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