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第44話 十六夜陽子は陽気に笑いたい

 私はきっと、キラキラな太陽のように生きるのに向いていない。


 そう産んだのはお母さんだ。

 そう育てたのはお父さんだ。


 そう口にしたくても「お前のせいだろ」「人のせいにするな」と否定されたのがトラウマで、今では誰の前でも言えない。


 お母さんは私を産んで早々、たった19歳の人生だった。……死んだ場所がラブホテルで、お父さんも知らない若い男が119番したと聞いた。

 

 お父さんは私のことを嫌っていた。彼を一言で表すなら『外面のいい亭主関白』。

 多分、私のことは出来が悪くて金のかかるアクセサリー程度にしか思っていないかも。いつも求められていたのは、テストの点数と家事だけ。どこかに連れて行ってもらえた記憶はないし、毎月おこづかいをもらう時に長時間の嫌味を聞かされた。


 お前はなんでダメなんだ。

 恩に報いたいとは思わないのか。

 出来損ない。

 俺を捨てたあの女と一緒だな。

 お前なんか娘とは認めん。

 気持ち悪い。

 なんで生まれてきた?



 なんでこの人は子供が勝手に育つと思っているのかな?



 お父さんが快楽に負けた結果として、私が生まれたんだよ?



 今ならそう思えるけど、当時は本当に自分のせいだと信じていたし、夜な夜な悪夢にうなされていた。


 どれだけつらい目にあっても外で生きる術もわからなくて、ただただ耐え続ける日々。


 そんな私が自立できたのは、高校卒業後だった。

 父の縁故採用で事務職として勤めはじめた。

 お父さんとは違う職場だったけど、ずっと『お父さんの娘』として扱われて、いつも愛想笑いしか浮かべられなかった。


 『お父さんによく似て立派ね』

 そう言われるのが嫌ったけれど、否定したらお父さんに怒られてしまうから我慢するしかなかった。

 

 それに、これぐらいの苦痛なんてきにもならなかった。

 死にたくなるような現実を毎日見せつけられていたのだから。



「みんな今日も張り切って働こうな!」

 

 

 最初、その声がお父さんのものだと理解できなかった。

 普段のお父さんと言えば、ずっと機嫌が悪くて少しのことで怒るような人という印象しかなかった。



「どんまいどんまい。そんな日もあるんだから、気に病むな」


 

 それなのに、そんな人のはずなのに――お父さんは職場で常に愛想を振りまいていた。

 あまつさえ、私と同期のヨナヨナした男にも激励の言葉を掛けている。



「お前は会社に必要な人材なんだ。これからもよろしく頼むぞっ!」



 優しい言葉なんて、私は一度も掛けられたことがないのに……。


 え?

 私って、お父さんにとってはそんな価値のない存在だったの?

 クズなお母さんに捨てられたお父さんに、どれだけゴミのように扱われていたの?


 私って、ゴミやクズ以下の、どれだけ醜い存在なの?


 なんとなく予想はしていたけど、実際に目の当たりにして、心が砕けてしまった。

 日々無感情に仕事をし続けるようになり、会社内ではロボットのように稼働していた。


 逃げられる先はお酒と、BLの世界だけ。

 

 お酒は言わずもがなだけど、BLもすごく好き。

 女の人が出てこなくて、自分と比較しなくていいから。

 それに、男の人が女の人に興味を持たないのがいい。

 安心して読んでいられるし、

 ……まあ、その間に挟まりたいと思うのはご愛嬌だけど。


 そのうちお父さんのいた会社は景気が悪くなって、私は自主退職をうながされた。

 多分、お父さんは美談として社内で語っているのだろう。

 会社のために


 その後の私は、初めて手に入れたお金と

 夜の街を歩いていると、キャッチに引っかかってホストへと連れていかれた。


 その後は、よくある展開。

 ホステスにドハマリしてお金が無くなり、自分も夜の街で水商売をして暮らしていくことになった。



「陽子ちゃんって、大人しく笑うよね」



 キャバクラの太客さんに言われて、反応に困ったことを覚えている。

 この笑い方以外を知らない。


 家に帰った後、鏡の前で笑顔を作ってみると、ひどい顔だった。

 感情が全くと言っていいほどに抜けている瞳。

 愛想だけで形成されている笑顔。


 我ながら気持ち悪かった。吐き気がして、すぐにお酒に手を伸ばした。

 お酒を飲んでいる時はいい気分になれる。

 頭が鈍くなって、過去も未来もどこかへと跳んでくれる。

 ふにゃふにゃに笑える気がする。


 だけど、私はあまりお酒に強くないから、すぐに吐いてしまって現実に引き戻される。



 そのたびに、つよく願う。


 

 いつか、口を大きく開けて笑いたい。



 心の底から幸せが湧き出るような、とびっきりの笑顔がうらやましい。



 今の私には全く想像できない。

 多分、冷たい夜に太陽が輝くぐらいにはありえないこと。


 だけど、いつか――いつか、私がいきているうちに奇跡が起きたらなぁ。

 そう思いながら生きているうちに、VTuberというものに出会った。


 顔を見せない配信。

 だけど、自分の顔をトラッキングしてモデルが動いてくれる。

 人前で笑えないけど、VTuberなら変われるかもしれない。

 VTuberとしてなら、理想の笑顔を浮かべられるかもしれない。


 現実の私が理想の笑顔を作れなくても、バーチャルの世界なら――


 そうして、私――十六夜陽子はVTuberの世界へと足を踏み入れた。

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