第40話 何回も視点移動するのは読者に優しくないのは承知しているけど、ついついやってしまう
僕の人生は、いつも挫折してきた。
一人称だって、自分の理想通りにならなかった。
小学生にあがった頃、自分のことを『僕』と呼ぶのが恥ずかしくて『オレ』に変更した。
これでひとつ大人の階段を登ったと胸が弾んだ。
『怜央くんがオレっていうの、おかしいんだー』
その時好きだった女の子に指摘されて、愕然とした。
今でもたまに夢に見るほどに、ショッキングな出来事だったと言える。
確かに名前が『玲央』で、自分の呼び方が『オレ』というと少しバカっぽいかもしれない。
バカっぽいと子供っぽいを天秤にかけた結果、まだ子供っぽい『僕』に収まることになった。
それ以来、僕はずっと『僕』を貫いている。
ちなみに、その女の子は当然のごとくはなまるのことを好いていて、僕は踏み台にされそうになていたのだけど、それはまた別の話だ。
こういう感じで、小さな絶望ばかりが積み重なっていく人生だった。
劣等感が友達で、常に満たされない日々。
そんな日々の中で唯一、僕を救い上げてくれたのはオカルトだけ。
それと、十六夜さんももしかしたら並ぶかもしれない。
「十六夜さんのお父さん、もう少しお話を」
「こちらの方は?」
「このマンションの住人の1人です」
玉枝さんが僕に目配せをしてくる。
自己紹介の合図だろう。
「僕は。その、十六夜さんとはいつも仲良くさせてもらっています」
「……仲良く」
十六夜父の目線が、突然鋭くなった。
さっきまでは田舎の車掌のように柔らかい物腰だったのに、今はブラック企業の面接官のような風格が漂っている。
「陽子とはどういう関係なんだ?」
口調まで変わっている。
若造だからと舐められているのだろうか?
それとも、悪い虫判定されているのか?
「……僕は、十六夜さんに告白しただけの男です」
「陽子は返事をしたのか?」
「それは、複雑な事情がありまして」
さすがに、娘さんが三角関係を提案しました、とは言えない。
そんなことを伝えてしまったら、絶対に十六夜さんにとって良くないことが起きてしまう。
「君、知っているのかね? 陽子の働き先を」
「はい。水商売をしていると聞いています」
「全く嘆かわしい。最初は事務職をさせていたのだが、勝手に辞めて夜の街に身をやつすねんて……。しかも、今はネットでよくわからない」
「VTuberです」
「あー。そんな感じの語感だったな」
この人は娘の活動にあまり関心がないのかもしれない。
しかも、世間体でしか判断していない節がある。
ふと考える。
なんで十六夜さんのことを好きになったのだろうか。
相手は夜職。
恋人とするようなことを、仕事として行う人だ。
恋人とするなら、あまりいい相手とは言えないだろう。
しかもしょっちゅうお酒飲んではゲロを吐いている。
いつの間にか恋心を抱いていて、告白していた。
「そういえば、君は随分若く見えるけど、学生かな?」
「大学生です」
「それでこんないい場所に住んでいるなんて、随分と実家が太そうだね」
彼の目の色がわずかに変わった。
金を持っているのなら娘を嫁に出すのも悪くない。そんな魂胆が見え透いている。
「これでも自分で働いて稼いでいます。VTuber――配信業や、オカルトライターとして」
「オカルト?」
「はい」
「あの予言がどうとかいうやつか」
はん、と鼻で嗤われた。
こんなことは何度もあった。
その度に、腹が立つ。
大してオカルトのことを知らないのに、勝手にただの陰謀論や妄想と片付けられてしまう。
そういうのが、一番嫌いだ。
「すみません、オカルトをバカにしないでください」
「バカになんて……」
僕が少しにらみを利かすと、十六夜父はバツが悪そうに視線を逸らした。
意外と気が弱い男だ。
「陽子さんの件、もう一度考え直してもらえませんか?」
「私の考えは変わらん」
「十六夜さんには話をしたんですか?」
「娘は父親の言葉を素直に聞くものだ」
あまりにも横暴な意見に、カチンときた。
「彼女は立派な女性ですよ。もっと尊重してもいいじゃないですか」
「何を言ってるんだ。立派な女が、リスカなんかしないだろ?」
「――っ!」
やっぱり、今回の原因はリスカか。
あれのせいで、十六夜父はここにきている。
「じゃあ、少し様子を見てください。彼女は引っ越したばかりで少し不安定なだけなんです」
「…………そんな猶予を与える理由はない」
たしかにそうだ。
何か考えろ。
少しでも遅延する方法を。
爪を噛みながら必死に頭を回していると、突然玉枝さんが手を挙げた。
「あ、今解約しますと違約金が発生しますよ。そこそこ高額な」
「え?」
まずいな今月は金がない、と呟く十六夜父。
本当に焦った様子で、僕に背中を向けた。
「……よし、少しだけ待ってやろう」
それだけ言い残すと、彼はそそくさと出て行ってしまった。
その背中に蹴りを入れたい気持ちをぐっと押さえて見送った後、僕は玉枝さんに向き直る。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。住人のためですから」
「それにしても、そんな契約条項あったんですね。入居時に説明された覚えがないのですが」
賃貸では、よく2年間契約が行われている。
だけど、このマンションに入居するときはいつでも引っ越していいと言われていた気がする。
「安心してください。もちろん嘘ですよ」
茶目っ気のある笑みを見せる玉枝さんを見て、思わず笑顔になってしまう。
この人もなかなか侮れない人だ。




