第38話 欲望に素直になるということは、何か大事なことを捨てているのかもしれない
五木さんのスマホに表示されていたのは、文字の羅列だった。
少し読んでみると、ネットニュースの記事でも、匿名掲示板でもない。
おそらく、ネットに公開されている小説だろうか。
「えっと、その……」
一見、今回の件にはなんにも関係がないように思える。
だけど、十六夜さんのキョドり様が全てを物語っていた。
「失礼します」
五木さんからスマホを借りて内容を読んでみると、かなり刺激的な内容だった。
幼馴染の男2人プラス、偶然出会った女性主人公1人。この3人が恋愛をするという話だ。一応は逆ハーレムに近いのだろうか。
少し読み進めていくと、違うと気づいた。幼馴染同士はすでに相思相愛で、世間体のために主人公は利用されている。
だけど徐々に3人はうちどけていき、主人公は男2人の間に挟まっていく。
文章の端々からは、ほとばしるパッションがにじみ出ていて、思わず圧倒されてしまった。
さて、これだけなら問題ではないだろう。
男2人は獣人。
片方はオカルトに傾倒する若者。
もう片方はキツネ耳で天才肌かつ天然な美男子。
すぐに気付いた。
この2人は四分一さんと五木さんのVTuberの姿そっくりに描写されている。
しかも、口調まで瓜二つときている。
「あの、そんなに読まなくてもいいんじゃない? 何も関係ないわよ?」
十六夜さんの嘆願を無視して、さらにスクロールしていく。
二本松さんがすごい興味津々な様子で、一緒にスマホを覗きこんでいる。
頬がくっつくほどに見ているけど、こちらも一旦無視しよう。
主人公はあきらかに十六夜さんだ。
設定はリアルの十六夜さん。外見はVTuberとしての彼女だ。
これだけ証拠がそろえば十分すぎる。
「これ、十六夜さんが書いたんですよね?」
確実に。
「そんなわけないわよー」
「絶対そうだよー。昨日の配信で少し話をしてたら、間違って公開したみたいー」
「見てたの!?」
五木さんの言葉に対して、叫ぶ十六夜さん。
リスカをした後とは思えないほど、元気な驚きようだった。
オレの横では、三春さんが「あ、そんなことあった」と呟いた。
その後のリスカが衝撃的過ぎて、忘れていたのだろう。
「そうよ。それは私が書いた小説。少し酔っていたから間違って公開してしまって、それでリスカしたのよっ!」
完全にヤケクソの口調だ。
普段の落ち着いた雰囲気とは真逆で、少し意外だ。
「あの、それならすぐ非公開にすればよかったのでは?」
「BL小説を公開したせいでひどい目にあって、それでパニックになっちゃって……」
なるほど。
大体の事情はわかったけど、なんていうか、昨夜の緊張を返してほしい。
「なんでこんな小説書いちゃったんですか」
「だって、我慢できなかったの。VTuberとしての姿で2人に挟まる妄想が止まらなくなっちゃったの。だって、VTuberのデザインは」
確かに、VTuberの姿はリアルの彼女より大人しめの見た目をしている。
そんな裏事情はあんまり知りたくなかった。
それにしても、オレには全く理解できない世界だ。
二本松さんがすごく頷いてるし、知らなくていい世界だろう。
「ねえ、四分一くん。五木くん。ごめんなさい。できれば、私の話を少し聞いてくれない?」
「あ、はい」
「ぜんぜんいいよー」
四分一さんはまだ話についていけてないようだけど、五木さんは落ち着いている。
「病院で起きてから、ずっと考えてた。四分一さんの」
「……十六夜さん」
四分一さんが静かに呟いた。
「これから私が言う事は、絶対に間違っている。それは理解してるわ。でも、どうしても自分を抑えられないの。これが私だから」
「……話してください」
十六夜さんの色の悪い唇が、息を吸い込む。
「四分一くん、五木くん、3人でお付き合いしましょう?」
空気が、凍った。
「……………へ?」
かろうじてなのか、四分一さんの口からか細い声がでた。
「いいじゃん!!!」
叫んだのは、五木さんだ。
「なにを言ってるんだよっ!? はなまる!?」
「だって、これでみんな幸せになれるじゃん!」
目を爛々と輝かせながら、五木さんは続ける。
「はなまるも、怜央も、十六夜さんだって幸せになれる」
「だけど、そんな簡単に受け入れられるわけが……!」
「何が不満なの?」
心底理解していなさそうな顔に、四分一さんの髪が逆立った。
「お前がそんなんだから……そんなんだからっ!」
きっと、普段からの不満や劣等感が爆発したのだろう。
途轍もない剣幕で、その場の誰も動くことができない。
いや、1人だけ動じていない。
「みんな幸せになれるよ?」
五木さんは、まるでこの世に生まれたばかりのような、無邪気な笑みを浮かべていた。
彼の笑顔のせいで、別世界にいるような空気感だ。
それで一気に毒が抜かれたのか、四分一さんは目を右往左往させながら、フラフラと歩きだした。
「僕は、僕は、僕は…………」
幽霊のようにうわごとのように繰り返しながら、病室から出ていった。




