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第34話 相談というのは実は娯楽なのかもしれない

 五木さんから話を聞いた後、オレの中ではずっと気持ち悪さが渦巻いていた。

 結局、彼が前の周でなんであんなことを言ったかははっきりわからなかった。

 だけど、なんとなく想像はつく。


 あの炎上に関して、彼に一切悪気はない。


 ただ本心を言っただけで、炎上させようとか困らせようとか、そういう悪意は一切ないのだろう。

 ほんの少し、毒を吐いただけ。

 普段愚痴を言わないからこそ、愚痴を言った時のギャップが途轍もない。

 この問題は解決が難しいかもしれない。


 何も飲まずに考えていると、ビールを片手に持った三春さんが近づいてきた。



「どうしたの? 難しい顔をして」

「いえ。なんでもないです。少し考え事をしていただけで」

「何? 悩み事? あんたらしくない」

「いえ。そんな酷い悩みではないんですが……」

「何? 元カノに少し話してみ?」



 彼女はかなり酔っているようで、ふにゃふにゃな表情になっている。

 話さなかったら、しつこくダル絡みされそうだ。



「もし身近な人が『あーこれ危ないなぁ』って思う面を知ってしまったらどうすればいいんですかね?」

「どういう感じに危ないの?」

「なんていうか、自分が幸せならみんな幸せ、自分が怒ってるならみんな怒ってるみたいな感じです」

「あー。自他の境界があいまいな人ね」

「……容赦なくいいますね」



 折角濁していたのに。

 オレの困惑を無視しているのか、三春さんは天井を見上げた。



「難しいわよねー。よく『相手の立場になって考えろ』って言われるけど、同じ立場で考えたとしても感性は人それぞれ。同じ行為でも、嬉しいと思うの人だって悲しく思う人だっている」

「そうですね。どうやれば、お互いに傷つかずにいれるんでしょうね」

「傷つかないで人と付き合うなんて無理よ。血がつながった兄弟でも傷つけ合うんだから」

「たしかにそうですね」



 大きなため息をつく三春さんを見ながら、オレはぬるい水を口に含んだ。



「配信中でもダメって言ってるのに平気でルールを破る人が出てくるしね。本当にイヤになることがある」

「大変ですね。配信は常に人間を相手にするんですから」

「まったく。だけど、それ以上に楽しい瞬間があるからやっていけるのよねぇ」

「例えばどんな瞬間ですか?」

「んー。そう言われたら思いつかない。配信してるときとか?」

「配信してるとき常にですか?」

「まー。配信してるとき、コメントが流れるだけで嬉しいからね」



 この人には配信業がとことん合っているのだと感じさせるセリフだ。



「オレには参考にできそうにないですね」

「まあ、そういう時はお酒を飲んでおいしいものを食べて忘れるのが一番よ。解決が難しい問題なんて引き延ばしていいのよ」



 そう言いながら、平皿を差し出してきた。



「ほら、これ食べて」

「なんですか? これ」

「ローストビーフ」



 ローストビーフかぁ。滅多に食べないご馳走だ。

 オレはローストビーフの薄さに少し困惑しながらも、口に運んだ。


 瞬間感じたのは、途轍もない柔らかさと上質な肉汁。

 冷たいのに肉が柔らかくて、一瞬脳が混乱してしまった。

 しっかり肉自体に下味と香辛料の香りがついているのか、ソースがなくても食べられてしまう。


 パーティーのご馳走として出されるのも納得だ。



「おいしいです」



 素直に褒めると、なぜか三春さんの眉間にシワが寄った。



「あのねぇ。もう少しおいしそうに言えないの?」

「十分おいしいと思ってますよ」

「あんた、学生の時はもっと表情が動いてたわよ? あたしが作った弁当を食べた時なんて、リス見たいな顔してた」

「あの時ぐらい感動しているはずなんですが……。昔ほど食事が楽しく感じないのかもしれませんね」

「あーね。あの時はどんなものでもいくらでも食べられたからね」

「今は明日のことを考えてセーブしないといけませんから」



 年を重ねれば重ねるほど、食事に注意が必要になってくる。

 胃もたれしたら次の日まで響くし、少しでも食べすぎるとトイレに引きこもるハメになる。



「そう思うならお酒を飲みなさい? お酒を飲めば気にならない。最悪嘔吐すればいいんだし」



 子供みたいな見た目してるのに、呑兵衛(のんべえ)セリフを吐かないで。



「それ、次の日ひどいことになるじゃないですか」

「それは全部お酒のせいにできるから」



 なんともずるい考え方だ。

 だけど、それぐらいに軽く考えていたほうがストレスは溜まらないかもしれない。


 オレは三春さんに差し出されたビールをちょびっと飲んだ。

 間接キスになったせいか、いつもより甘い気がする。


 すぐに酔いが回って、顔が熱くなってきた。



「あと、もう1つ相談していいですか?」

「なに? どんときなさい」

「自分の知り合い同士がいい感じになった時って、どうすればいいんでしょうか」

「へー。誰と誰が?」

「いや、それは言えませんよ。プライベートなことなので」

「いいじゃんいいじゃん。誰にも言わないから」



 三春さんに言ったら、絶対に次の日には話が広まっている。

 ここは少しずつ話をズラそう。

 この人に相談したのがミスだっただろうか?

 いや、他に相談できる相手なんていない。

 ヤダ、オレの交友関係、狭すぎ!?



「なんか少し楽しそうじゃないですか?」

「そりゃあ、楽しいに決まってるでしょ! 恋バナよ恋バナ! VTuberをやっているとリスナーの恋バナしか聞かないんだから。まあ、VTuber同士とかないわけじゃないけど、公にできない話だし」

「……ふっ」



 リスナー同士の結婚を引きつった顔で祝福したことでもあるのだろう。


 ふと顔を上げたと思ったら、三春さんが出入り口を指差した。



「もしかして、あの2人?」

「あっ!」



 四分一さんと、手を引っ張られる十六夜さん。

 これから告白タイムだろう。



 ちらりと五木さんの様子を伺うと、何やら絵を描いているのに夢中で気付いていないようだ。


 次に二本松さんを見ると、ひとりでカラオケを歌い続けていた。

 全く聞いたことがない電波ソングだけど、おそらくはエロゲのオープニングだろう。

 かなりポップな曲なのだけど、歌詞がかなり危ない。テレビ放送ならピー音がかぶせられることは必至だ。

 三春さんが隣にいないせいでリミッターが外れているんだろうなぁ。

 近づかないでおこう。



「よし! 行くわよ!」



 早速勇み足をする三春さん。


 前回はオレ1人で尾行していただけに、一抹の不安を覚えてしまう。

 だけど、完全に酔っている状態の三春さんを止めることはできないだろう。

 オレはため息をつきながら、静かに歩き出した。

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