第29話 やっぱりオレの元カノは強すぎる
えー。
ご無沙汰ぶりです。
玉枝無月です。
今、オレは呆然自失としています。
というか、呆然と自失しかやることがありません。
痛めつけられたせいで体は全くうごかないし、視界も少しぼんやりとしている。
目の前では、股間をおさえる女装男――佐久間。
その眼前には、堂々と仁王立ちする三春さん。
履いているスカートは破れていて、ヒールも折れてしまっている。
それでも彼女には気にする様子は全くなくて、それどころか勲章のように見せつけているようにすら感じられる。
正直、かなり勇ましくてかっこいい。
ついつい女にされてしまいそう。いや、すでに去勢してるんだけど。
「まだまだこれからっ!」
三春さんは佐久間を仰向けにさせて、さらに股間を踏みつけていく。
夜の公園に「んぎゃあああ!!」という情けない成人男性の悲鳴が木霊した。
それでも三春さんに容赦はない。
何度も何度も、執拗に踏みつけていく。
どれだけの恨みつらみが溜まっていたのだろうか。顔が怖すぎて直視できない。
お姫様じゃなくて魔女のようだ。
「あ……ぁ……」
三春さんがいくら小柄でも、体重を乗せられた蹴りを股間に食らっているのだ。
佐久間さんは白目をむいて一瞬気絶するのだけど、激痛でまた覚醒するのを繰り返している。
まるで拷問のようだ。
さすがにこれ以上は命にかかわりそう。
「さすがに、それくらいで――」
「あんたは黙ってなさいっ!」
「はいっっっ!!!」
圧倒的な凄みだ。
コンビニバイトをしていた時に出会ったタトゥー入りおじさんの100倍は怖い。
「もう、やめて…………」
もう息も絶え絶えな様子だ。
まるでもがくみたいに、ポケットからロケットペンダントを取り出した。
「ほらっ! 見てくれ! 亡くなった妹っ! 似てるだろっ!? 仕方ないだろぉ!?」
なんでオレに意見を求めてくるのだろうか。
オレが言っても三春さんが止まるわけないのに。
まあ、見てあげるとしよう。
うーん、確かに似ている気はする。
だけどなぁ。
「ごめん。オレ、人の顔がよくわからないから」
「はあ!?」
「残念だったわ、ねっ!」
また股間を踏みつけられた佐久間は、「ごぎゅっ!」とカエルのような声を上げた。
「も、もうやめてくれ。何かがおかしいんだっ!」
「おかしいのは元からでしょうがっ!」
「あぁっ!」
声色が変わってきた気がする。
「ああ……違った……」
うわごとのように何かを呟いている。
「お姫様じゃなくて……小ざくらさん、は……じょ、お、さ……まぁ……」
ビクビクと全身を痙攣させた後、全身を弛緩させて動かなくなった。
表情はどこか恍惚をしているような……。
息を整えた三春さんは、オレに向かって声を掛けてくる。
彼は旅立ったのかもしれない。
今までとはまったく違う世界へと。
少し憐れだけど、同情する余地はない。
「無月、歩ける?」
「……もう少し時間をください」
まだまだ体が動いてくれない。
佐久間が起きる前になんとか帰らないといけないのに。
三春さんはスカートが汚れるのも気にせずに、オレの横の地面に腰を落とした。
「ねえ、なんで殴られていたの?」
「あー」
どう説明しようか悩んでしまう。
ループの話はできないし、慎重に言葉を選ばないといけない。
「2人が一緒にトイレに行くのが見えて、中々帰ってこないのが心配で様子を見に行ったら、佐久間が女装男なのに気付いてしまいまして」
「ふーん」
「詰めようとして公園まで移動したら、いきなり殴られてそのまま……。三春さんが来なかったら死んでいたかもしれません。本当にありがとうございます」
「ふーん」
ふーん、って……。
今回の一件で、オレは完璧に愛想をつかされたのだろうか。
「すみません、オレ、足を引っ張るばかりで……」
「そんなことないけど」
オレはかなりの覚悟を持って、今回のループに挑んだ。
それこそ、オレ自身の手で三春さんを炎上させて、マンションを燃やしてしまうほどに。
管理人として最悪の行為だ。
いくらループして元通りになるからって、住人の信頼を踏みにじってしまった。
だから、せめてもの罪償いとして、炎上したあとに住人にすべてを打ち明けた。
そしたら四分一さんに思い切り殴られて、みんなに激励されてしまった。
今ここにいるオレは、前ループのみんなの想いも背負っている。
だからこそ、情けなくて仕方がない。
結局オレは殴られることしかできなかった。
「本当にすみません……」
涙がこみ上げてくる。
でも、泣いちゃいけない。
何もできていないのに泣くなんて、みじめすぎる。
「何を言ってるの」
包み込むような優しい声音だった。
「あんたがいたから、あそこまでの勇気が振り絞れたのよ。あたしのために頑張ってくれてありがとう」
晴れ晴れとした笑顔が、輝いてみえた。
自然と涙が流れていく。
一度決壊してしまうと、とめどなく溢れていく。
ああ。
ダメだ。
思ってしまう。
元カノなのに。
もう終わった恋なのに。
やっぱり、オレはこの人が好きだ。




