第28話 怒らせてはいけない人間を本気で怒らせると、ゴーンと鐘が鳴る
あたしの目には今、立派なお城が映っている。
まるでアニメから飛び出してきたような、幻想的なキレイなお城。
目線を下におろしていくと、自分の服装が目に入る。
フリフリで仕立てのいい、お姫様のようなドレス。
妄想と現実のはざまの世界。
ここは公園だ。
遊具を見ていると、子供の頃を思い出すなぁ。
よく、ジャングルジムに登っては「あたちはおひめさま!」なんて叫んだり、砂場で変な形のお城を作っては歌って踊っていた。
あの頃の記憶はあいまいだけど、メルヘンなことをしたのはうっすらと思い出せる。
あの頃は、妄想と現実がひどく曖昧だった。
だからいくらでもなりきることができた。
理想のあたし。
お姫様のあたし。
今見えているお城もドレスも幻だ。
だけど、それになんの問題がある。
大人でも夢を見たっていいじゃない。
幻に惑わされてもいいじゃない。
今この瞬間に力を振り絞れるなら、どんな幻想も素敵な絵本みたいなもの。
「なにをしてるの? 王子様」
「あ、起きたんだね。私のお姫様。大好きな妹」
あたしが声を掛けると、佐久間さんは振り向いた。
にっこりとした笑顔だけど、拳には血がべったりとついている。
「ちょっと君についた虫を駆除しているところなんだ」
「そうなんですね」
虫。
虫かぁ。
王子様が殴って虫を倒すって、カエル化現象起きそう。
「小桜、先輩……逃げて……」
殴られていた無月はひどい状態だ。
殴られ過ぎたせいか、顔は全体的に腫れあがり、まぶたを開けているかもわからない。
脚も痛めつけられたのか、酷い色をしている。
口元と鼻には血が付着していて、骨や歯が折れているかもしれない。
「オレのこと……気に、しないで……逃げ……っ!」
「うるさい」
また拳が振り降ろされる。
無月なら――小人なら絶対にそういうと思っていた。
実際に逃げても、後々恨み口の1つも言わないだろう。
あたしのことを助けると言ってくれた人。
彼はまったく王子様っぽくない。
王子様なら、こんなにキズだらけにならない。
澄ました顔でなんでもそつなくこなして、お姫様を全然心配させない。
この小人は、そんな王子様像とは真逆だ。
だけど、あたしの人生を少し楽しくしてくれた人なんだ。
あたしを助けることに何も疑問を持たない。
あたしが笑顔になると、一緒に笑ってくれる。
頼りなくておかしいところなんていっぱいあるけど、純朴で放っておけない存在。
王子様が幸せの象徴なら、小人は日常の象徴だ。
「なんでこんなことをするの? あたしは頼んでいないんだけど?」
「なにを言っているんだい? もちろん、全部小桜さんのためだよ。小桜さんの身の安全を守るためだったら、私はこんなこともできるんですよ? 素敵でしょう?」
「こんなこと……」
「そうだ。もうVTuberなんてやめましょうよ」
「は?」
何を言っているの?
「私だけがいればいいじゃないですか。他のものなんて何もいらない。VTuber活動を通して私たちは出会えたので放置してきましたが、もう十分でしょう? これからは一緒に暮らしましょう。私はなんだってしますよ? ただずっと家にいて、私のことだけを想い続けて、私を愛し続けてくれる。もちろん、妹として。それだけで小桜さんは幸せになれるんですよ?」
あたしから、何もかもを奪いたいの?
目の前の人間は、理解不能な王子様だ。
人間って、意味わからない。
……ああ、よくよく考えれば、当たり前じゃん。
あしたはずっと、よくわからない人間と触れ合ってきた。
他人の気持ちが理解できない。
それでもいいんだ。
理解できなくても構わない。
理解できなくても、一緒にいて楽しい。
理解できなくても、まったく苦しくない。
いや、理解できたからこそ、人とふれあうのが楽しいんだ。
王子様は何をするかもわからない。
でも、別に怯えなくてもいいよね?
友達だと思っていた子があたしのいない間に陰口を叩いていることや、ただの男友達が口紅を盗んでいたことだってある。
人間という生物は、本当に何をするかわからない。
ほら、目の前の男を見て見て?
化け物じゃなくて、ただの人間だよね?
どこにでもいる、よくわからない人間。
どれだけ理解不能な言葉を吐いていても、奇行に出たとしても、気持ち悪くても、重篤なシスコンでも、ただの人間だ。
理解不能なことなんて、日常茶飯事。
大事なのは、相手を理解することなんかじゃない。
あたしがあたしの感情を突き通すること。
それだけだ。
「ねえ、王子様」
「どうしたのですか?」
あたしはお姫様になりたい。
アニメで見た、彼女たちみたいに。
おしとやかで、上品で、誰もが見惚れるような素敵な女性に。
だけど、幼いときに憧れた姫様はそれだけじゃない。
「あたし、口元が冷たいの。温もりを分けてくれない?」
「いくらでも分けますよ」
気持ち悪く笑った王子様が、高さを合わせるためにしゃがむ。
本当に王子様みたいに優雅な所作だ。
だけど、それが仇になることだってある。
まったく無防備だ。
ここしかない。
あたしは右足に力を込めて、後ろに振り上げる。
ふと、王子様との出会いの瞬間がフラッシュバックした。
一目見た時から好きだった。
本当に大好きだった。
心の底から愛してた。
だけど、彼は自分の幸せしか見ていない。
過去の妹しかみていないんだ。
だから。
だからっっっ!!!
「こんのシスコン自己陶酔変態くそ野郎がああああああああああああああああ!!!!!!!」
あたしの愛も時間も日常も――全部踏みにじったこいつは絶対に許せないっっっ!!!!
ハイヒールの鋭くて固い靴先が、スカートに包まれた股間に吸い込まれていく。
ゴ――――――――ン、と。
すごくいい音が聞こえた気がした。
結婚式の鐘より、ずっとずっと汚い響き。
だけど、とってもスッキリする音色ね。




