第27話 シスコンの本領なんて発揮しなくていい
「着きましたね」
「ん」
目の前にあるのは、全国チェーンの居酒屋。
特別おいしいわけじゃないけど、値段相応には楽しめる場所だ。
まあ、あたしがセッティングしたわけでもないし、場所選びについてはノーコメントとしよう。
「あの、三春さん」
「どうしたの?」
なぜか緊張した面持ちをしている。
最近、まに小桜先輩を呼びをされる。
どういう意味なのか一瞬考えるのだけど、結局よくわかない。
訊くのもなんか恥ずかしいし。
「絶対守りますから」
「頼りにならないなぁ」
少し凛々しそうな眉をしているけど、それだけだ。
体格も挙動も全然頼りにならない。
「すみません。これでも覚悟を決めてきたんですが」
なんの覚悟を決めてきたの?
よくわらかない。
「やっぱりあんたは王子様じゃない」
「じゃあ、オレは三春さんにとってなんなんですか?」
「小人」
それが一番しっくりくる。
「小人? 小さいのは三春さんじゃないですか」
「はあああああ!?」
「あ、いえっ。なんでもないですっ!」
あたしが少しすごむと、怯えながら目線を逸らしている。
やっぱり小人だ。従者が似合っている。
「まあ、行くか」
あたしたちは早速、店の暖簾を押して入る。
合コンや飲み会は大好きだし、少しは楽しみな気持ちはある。
すでに他の人たちは集まっていて、すぐに合コンがはじまる。
「早速ですが、みんな集まっていただいてありがとうございます」
この合コンをセッティングしたのはあたしじゃない。
隣で人好きのいい笑みを浮かべている小川さんが幹事だ。
メガネを掛けていて一見地味で清楚な印象をうけるけど、そういう化粧をしているだけで中身はまるで違う。
常に男のことを狙っている野獣のような
あたしじゃなくて、こういう女こそ『ビッチ』が似合っていると思うのだけど、
でも、立ち回りがうまいんだよなぁ、小川さん。自分に非がないように見せたり、男に自分を守らせるような立ち回りをしている。
さらに隣には、佐久間さんがいる。
女装姿だ。
かなり厚めに化粧をしているけど、一目見てわかってしまった。
似合ってるなぁ、と息を吐いてしまった自分がうらめしい。
「じゃあ、かんぱーい!」
みんなの乾杯が鳴り響く。
飲み会って、この瞬間が一番楽しい。一番一体感があるし、お祭り感がする。だけど、合コンにおいてはこれはゴングなのだ。
まあ、あたしは今回バトルする気はあまりないけど。タイプいないし。
「いっきいきまーす!」
あたしは早速、ジョッキを飲み干す。
店員も他の参加者も驚いていたけど、失礼じゃない!?
さっきマイナンバーカードを見せただろ!
誰が合法ロリだ!
こちとら立派な成人じゃあああああああ!!!!
グビグビと飲むと、のど越しのいいビールが通過していく。
小さな体なのによく入るなぁ、って我ながら不思議に思う。
誰が小さいだっ!
あ、あたしが言ったのか。
若いときは一気飲みするのは余裕だった。
だけど、今は少し厳しい。
なんとか飲み切ったけど、息も絶え絶えだ。
でも知るか。
あたしは今、酔わないとやっていけないんだ。
なんでこの場に元カレが2人いるんだ。
片方は玉ナシだし。
片方は女装ストーカー。
ここは地獄か!
半分は自業自得だって!?
知るかっっっ!!!!
それからの記憶はあいまいだけど、暴れまくった気がする。
これじゃ合コンじゃなくて暴コンだよ。
「あの、すみません」
声を掛けてきたのは、佐久間さんだった。
「少し飲み過ぎですよ」
いやお前のせいだよ、とこの場では言えない。
「具合が悪いみたいなので、ちょっとトイレに連れていきますね」
あたしはそんなことは言っていない。
だけど、佐久間さんを前にすると断る勇気が湧かない。
断ったら何をされるかわからないし、もし断れたとしても、別の口実で連れ出そうとしてくるだろう。
諦めて、女装した彼に連れていかれる。
当然のように女子トイレに入っていくし、サイアク。
一緒に個室に入ると鍵が閉められる音が聞こえて、思わず舌打ちをしてしまう。
すると、いきなりキスをされた。
まるで赤ちゃんにするみたいな、軽いキス。
佐久間さんの顔つきが変わる。
女子トイレにいてはいけない、男の顔だ。
「どういうつもりなんですか?」
「なにが?」
「あの玉枝という男です」
「別に、誰を連れてきても。男側に空きが出るってきいてたし」
「それはそうですが、私は小桜ちゃんを信頼して、今は見逃しているんですよ?」
「見逃すって……」
あたしの親でもないのに。
「それなのに、一緒に合コンに出るなんて」
「別にいいでしょ」
「兄として認められません」
「兄じゃないって、いつも言ってるわよね?」
どれだけ嫌な顔をしても、佐久間さんの表情は揺るがない。
「これはもう決まっていることなんですよ」
「決まってない」
「小桜ちゃんは私の妹なんです。小桜ちゃんが認めなくても、これは決まっていること」
本当に、会話にならない。
その耳はなんのためについてるの?
「あたしは、あなたの死んだ妹じゃない。いくら見た目が似てても」
「ええ。そうですよ。でも、そんなのは些細な問題ですよ」
「は?」
「この世界に、何億人の人がいるかわかりますか? 80億ですよ、80億。そんな中で、妹と同じ見た目も声も一緒の人に出会えた。これが運命と言わず、なんといいましょうか! きっと天国の妹も喜んでいます。ああっ! あなたは私のお姫様なんです。絶対に守ります。守り抜いてしまう。前の妹と同じ目には遭わせません。だから安心してください。ゆだねてください。ああ、お礼はいらないですよ。これは兄として当然の行為なんですから。たまにキスしてくれるだけでいいんです。少し行き過ぎることがありますが、許してくれますよね? だって、あなたは妹ですから。ああ、妹のいる人生、すばらしいぃっ!!!」
やばい。めまいがする。
飲みすぎ? それとも、気味の悪い演説を聞いたせい?
あたしの意識が落ちていく。
……………………………………
「…………ぅん?」
目を覚ました時には、佐久間さんの姿はなかった。
だけど、匂いは残っている。
寝ている間にキスされたのかもしれない。
ずっとトイレの個室で寝ていたみたいだ。
おっかなびっくり戻ると、すぐに異変に気付く。
「あれ、あいつ、いない」
無月の姿が、どこにもない。
佐久間さんの姿も見当たらない。
一気に、冷や汗があふれ出た。
イヤな予感がする。
あたしの知らないところで、とんでもないことが起きている気がする。
「ねえ、無月と佐久間さん、どこに行ったの?」
「あ、大丈夫ですか?」
すでに男2人を手玉に取っている小川さんに訊いてみた。
こいつはなんだかんだで周囲を見ていて、状況を把握する能力が高い。
全部、男を得るために使っているけど。
「ごめん。ちょっと寝てたみたい」
「そうなんですね。あの2人なら、一緒に外に出たみたいですよ?」
聞いた瞬間、イヤな予感がさらに強まる。
あたしは適当にお金を置いて、外に飛び出す。
外は暗闇だ。
闇雲に探しても見つかるとは思えない。
だけど、いてもたってもいられずに走り出す。
ヒールだからうまく走れなくて苛立つ。
少し店から遠ざかると公園があって、通り過ぎようとした瞬間、音が聞こえた。
昔、聞いたことがある。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、と。
殴打音。
水音のような音も混じっている。
幼い頃に目撃した修羅場がフラッシュバックする。
「やめてよ」
乾いた唇を濡らしながら、スマホのライトを向けと――
女性が、男性に馬乗りしていた。
一瞬だけ見れば、情事の現場に見えるかもしれない。
だけど、よく見ると違う。
拳が絶え間なく振り下ろされている。
女性に見えているのは、女装した佐久間さん。
男性は、おそらくは無月。顔までは見えない。見えても酷い有様だろう。
なんでこんなことになってるの?
おかしいよね?
これって現実?
人を人が殴っているところなんて、ほとんど見たことがない。
もうヤダ。
やめて。
今結構幸せなんだよ?
なんで壊れるの?
なんで殴られてるの?
ヤメてよ。
これ以上傷つかないで。
あたしが悪かったから。
頼ったのが悪かったから。
そこまで戦ってなんて言ってないよね?
それ、あたしを守ってないよね?
お願い。
あたし、いい子にするから。
もうイヤなの。
周囲の人のキズをみたくない。
苦しんでほしくない。
笑顔でいてほしい。
笑って楽しんでほしい。
なんで、そんな簡単なことができないの?
あたしが無能だから?
なにもできないから?
ちんちくりんだから、舐められるから、ビッチだから???
ヤダ。
イヤだ。
泣かないで。
傷つかないで。
もうイヤ。
イヤ。
きもい。
ださい。
サイアク。
あああああああああああああああああ!!!!!
こんな思いをするぐらいなら、死にたい。
消えたい。
苦しくて苦しくて、涙がこみあげて、ああああああああああああ!!!!!
本当に……?
ストレスでどうしようもなくなった瞬間。
光が見えた。
光は徐々に形を成して、見覚えのある姿になっていく。
フリフリとしたドレスを着た、VTuberとしての姿。
理想のあたし。
こうなりたかったあたし。
なんで、あのあたしは笑っていられるの?
そんな自信満々な顔をできるの?
あの姿のあたしだったら――
「……ぁ」
頭の中で、ブツンと鋼線が切れるような高い音が響いた。




