第21話 欠けたVTuberマンションは今日も営業中
三春さんがいなくなってから、2週間が過ぎた。
今回のループはまだ続いている。
1周目の炎上タイミングから、すでに1週間も時間が経っている。
最長記録だ。
そして、あまりにも平和すぎる。
炎上が起きる気配なんてまったくなくて、とても穏やかな日々だ。
だけど、女子棟の102号室は空室のままだ。
ぼんやりとスマホを眺めていると、思わず手が止まった。
「あ、三春さん、配信してる」
このマンションを出ていった後も、彼女は普通に活動を続けている。
引っ越したことは配信でも言っていないようだ。
その理由はわからないけど、実情を知っている身からすると、うすら寒いものを感じてしまう。
『みんな、元気にしてるー?』
とても明るい声だ。
一見、配信内の彼女は元気そうに見える。
だけど、画面に映っているのはVTuberとしての姿だけだ。
彼女の表情を捉えてキャラを動かしているけど、感情のすべてを表現しているわけじゃない。
本当はどんな顔で配信しているのだろうか。
もしかたら、今も後ろにあの男がいて、常に見張られながら配信しているかもしれない。
不気味だ。怖い。恐ろしい。
「あーもー! VTuberの配信をみて、なんでこんな気持ちにならないといけないんだよっ!」
VTuberの配信というのは癒されたり、楽しんだりするものだ。
こんなにモヤモヤした気持ちで見ていいものじゃない。
気分転換に外でも歩こう。
ドアを開けると、透き通った夜空が目に入る。
周囲が明るいせいか星はほとんど見えないけど、それでも思わず吐息を漏らしてしまう。
「あ、こんばんは、管理人さん」
「こんばんは、四分一さん」
偶然通りかかったのだろう。
四分一さんが挨拶をしてきた。
「ちょうどよかった。訊きたいことがあったんですよ」
「なんですか?」
「管理人さん、三春さんと何かあったんですか?」
「いえ、その……」
何かがあった、どころの話ではない。
だけど、この話はホイホイと他人に話せることでもない。
「まさか、ヤることヤっちゃいました?」
「ごほっ!」
なんでそんな話になるのだろうか。
意外と四分一さんの頭の中もピンクだ。
「オレは玉ナシですよ」
「玉を取っても、勃起したり快楽を感じたりはできるらしいじゃないですか」
「よく知ってますね」
だけど、オレは玉を取ってから欲情して勃起したことが一度もない。
推しへの誓いが、オレの性欲を凌駕しているのだ。
「性器とかセックスについては色々と調べる機会が多いので」
「恋人でもいるんですか?」
「残念なことに、いいえです。性器と民間伝承って、意外と密接な関わりがあるので」
「なるほど」
四分一さんはオカルト関係のプロフェッショナルだ。
昔は今と比べると、セックスはかなり身近なものだっただろう。
今も娯楽だって、セックスか食事しかなかったはずだ。
しかも人間の歴史のほとんどは、子供を産んで労働力を確保しないと生きていけない時代だ。
古くから言い伝えられた話に、頻繁にセンシティブな話が出てきても不思議ではないだろう。
「それで、さっきの反応は図星ですか? あんな小さい体相手に」
「違いますよっ! そんなんじゃないです」
「じゃあ、何があったんですか?」
これ以上訊くな、という雰囲気を出してもズズイと入り込んでくる。
ああ、若者ってこうだよなぁ。眩しいなぁ。
だけど、オレは大人の対応をしないといけない。
「すみません、プライベートなことなので」
ふーん、と納得してなさそうに鼻を鳴らす四分一さん。
「あの人、スナックバーに通ってましたよね」
「そうですね。毎日のように」
「なんで通っていたか、聞いてますか?」
首を横に振る。
理由なんて考えたこともなかった。
「不思議じゃないですか。スナックバーなんて、相当気に入らない限り通いつめたりしませんよ。正直、管理人さんの提供するお酒もおつまみも、そんなおいしいわけじゃないですし」
痛い痛い。耳が痛い。
普段酒を飲まないけど、これでも頑張っているつもりなんだよ!
「僕、三春さんに直接訊いたんですよ。そうしたら、なんて答えたと思いますか?」
「わかりません。なんと答えたんですか?」
酔ったオレから弱みを引き出すための可能性が、最初に浮かんだ。
高校時代の彼女なら考えそうなことだ。
「あいつが1人で店にいるのが寂しそうだったから、って言ってましたよ」
聞いた瞬間、息が止まった。
ほんのり頬を赤らめて視線を逸らしながら、セリフを発する彼女の姿が脳裏をよぎる。
「そうだったんですか」
次の言葉が浮かんでこない。
四分一さんはさらに問い掛けてくる。
「管理人さんは、なんでこのマンションをはじめたんですか?」
「……推しへの恩返しのためです」
「じゃあ今、その推しに顔向けできますか?」
「――っ!」
針が刺さったみたいに胸が痛い。
耳鳴りがして、視界がチカチカする。
5秒ほど意識が朦朧としていただろうか。
次に顔を上げた時には、四分一さんの姿はなかった。
タッタッタッタッ、と。
ふと足音が聞こえて振り向くと、おどおどとした少女が走ってきていた。
二本松さんだ。
「あ! 管理人さん」
「どうしたんですか? 不安そうですけど」
「あの、三春さんと連絡がつかなくて……」
また、胸が痛む。
「連絡先、交換してたんですね」
「あ、はい。えっとその、変わったリスナーさんについて悩んでいる時に声を掛けてもらえて――」
三春さんは彼女の相談を真剣にきいて、色々と助力していたらしい。
だから、三春さんが突然いなくなったことには心底驚いたらしい。
なにかあったのか。 あったとしたら少しでも助けになりたいと、二本松さんはたどたどしく教えてくれた。
「オレからも連絡をかけてみます」
「あ、もしエロい展開になったら教えてくださいね。次の作品のネタにしますので」
「絶対にやめてくださいっ!」
脳内ピンクは相変わらずのようだ。
次に、十六夜さんから電話がかかってきた。
彼女も三春さんを気にかけていた。
廊下で倒れている彼女を解放したり、一緒にショッピングに行くこともあったらしい。
「そんなことまで」
心が落ち着かなくてブイックスを見ると、五木さんが三春さんにリプライを送っているのが目に留まった。
あとから聞いた話なのだけど、引っ越し早々機器トラブルに見舞われた五木さんを助けたのが三春さんだったらしい。
いなくなった途端、一気に情報が入り込んでくる。
彼女は、他の住人たちのことを目にかけていたのだ。
「…………小桜先輩」
知れば知るほど、自分に嫌気が差してくる。
彼女はこのマンションは居心地がいいと言ってくれた。
だけど、本当に居心地をよくしようとしていたのは彼女じゃないか。
彼女から見て、オレはそれほどに不出来だったのだろうか。
それとも純粋な好意で行動していたのだろうか。
わからない。
もう訊けない。
オレはどうすればいいんだ。
今から助けにいけば解決する?
いや、ダメだ。彼女の性格から考えて、絶対に元鞘には戻らない。このマンションには帰ってこないし、オレとの関係も完全に絶ってしまうかもしれない。
彼女は、このマンションを少しでも過ごしやすくするために心を砕いてくれていた。
それなのに、彼女がここから離れていいわけがない。
解決策。
1つ。考えていることはある。考えてはあるんだ。
だけど、踏み出す勇気をどうしても持てないでいる。




