第17話 迷探偵タマナシの珍々推理 後編
「これは友達の話なんですが」
「あら、管理人さんに友達がいたの?」
「…………」
友達ぐらいいるし。いたし……。
人の顔と名前が覚えられないから、学生時代の友人は奇人変人ばかりだった。
オレは入学早々小桜先輩に告白したこともあり、学校中から『ロリコン』の愛称で呼ばれていた。小桜先輩は不服に思っていたようだけど、オレとしては誇らしかった。
ロリコンと呼ばれれば呼ばれるほど『小桜先輩の彼氏=ロリコン』というレッテルが貼られることになる。それに、もしオレと小桜先輩が別れたとしても、後釜もロリコンと呼ばれることになるだろう。高校生でロリコンと呼ばれたい物好きはどれほどいるだろうか。
彼女には申し訳ないけど、本気でそんなことを考えていた。
そんなオレの友人関係がまともな訳がない。
すべからず社会不適合者。
大人になった現在、まともな人生を歩んでいないか、奇跡的に大成功しているかの2択だろう。
もちろん、オレとの交友関係が続いている道理はない。
高校卒業後の、フリーター時代。若いときには友人は何人かいた。変人ばかりだったのに、ほとんどは結婚や出世してしまったけど。
アラサーになってからは、バイト仲間はみんな年下だ。対等な友人なんてできるわけがないし、常にバカにされている気分さえ味わっていた。
必然、今現在関係が続いている友人はいない。
ああ、悲しくなってきた。
こっちの方を相談したいけど、食いしばりながら我慢だ。
今は炎上を阻止することが優先。
その後ならいくらでも相談できる。
「その友人が、ひょんなことで元カノに出会ったそうなんです」
「へー。そうなのー」
なんとなくだけど、十六夜さんは信じていない気がする。
茶番に付き合ってもらっている感が強い。それでも、オレは白を切って『友人の話』として続ける。
「それで、その友人が元カノから合コンに誘われたみたいなんですよ」
「あら。素敵な話ね」
「これって、どういう意味だと思いますか?」
「んー。本人に訊くのが手っ取り早い気がするけどー」
「本人に訊いても答えるわけがないですよ……って、その友人が言ってました」
「あらあら。まあ、そうよねぇ」
一瞬テーブルの上にあった缶ビールに手が伸びかけていたけど、さすがにやめたみたいだ。
「多分だけど、甘えたいだけだと思うわ」
「甘えたい、ですか」
「寂しいのかもね」
「あらあら。よく話してよく騒ぐ人ほど寂しがり屋なものよ?」
「そうは見えませんよ」
口元を隠して、鈴のように笑う十六夜さん。
「いいわねー。いくつになっても青春っていいものねー」
「オレの友人の話、です」
「そうだったわね。ふふふ」
上品な笑い方なだけに、羞恥心もひとしおだ。
「それで、管理人さん……じゃなかった。友人さんはどうしたいのかしら?」
「えっと、問題はそれだけではない……そうで」
もはや『友人の話』という設定を守る遊びみたいになっている。
それでもわずかな自尊心を守るために続けるしかない。
「元カノが厄介な男に見張られているそうなんです」
「厄介な男?」
「以前お付き合いしたことがあって、フラれた相手らしいんですけど」
「なるほどねぇ」
「もし彼の逆鱗に触れてしまったら、色んなものをバラまかれてしまう……とのことです」
オレはあえてループの件は濁した。
ループの事を言っても信じてもらえるはずがないし、この相談をまともに受け止めてもらえなくなるかもしれない。
「それで、その男が何を考えているのかわかんないんです……と友人が困り果てていまして」
「それはそれは管理人さん――の友人さんも大変ねぇ」
しばらく、十六夜さんは考えこんだ。
オレはじっと無言で待つ。
「多分だけど、自分で捨てたものが他人の手に渡るの嫌なのでしょうねぇ」
「……なんですか、その考えは」
「たまにそういう人がいるのよ。自分が捨てたことにより、他人の利益になってしまう。それが許せない」
「バカげた考えですね。自分が得することはないのに。全く理解できない」
嘘だ。オレは今、嘘をついた。
その男の考えは、少し理解できてしまう。
高校時代に考えていたことと似ている。
でも、肯定してしまえば人間として堕ちてしまう気がする。
あの時は自分も子供だったのだ……と思いたい。
「他人の幸せを喜べない。自分以外は不幸じゃないと気が収まらない」
「どうすれば説得できると思いますか?」
「説得かぁ。無理じゃないかなぁ。一時の感情でしか動かないような人だろうから」
「じゃあ、どうすれば止められますか?」
説得は無理でも、止める手段ならあるはずだ。
「ごめんなさい。私はそういうことをお店のスタッフさんに任せているからわからないわ」
「そういうこと……」
口で言ってもわからないなら、手段は1つしかない。
そういうことだ。
「でも、それではダメよ。管理人」
「……友人の話ですよ」
「じゃあ、その友人に伝えてくれる? 方法はあるけど、その方法に頼ってはいけないって」
「わかりました。ですが、それならもうお手上げじゃないですか」
十六夜さんは目を細めて、手近にあったリスのぬいぐるみを撫でる。
「大丈夫よ。その元カノさん、管理人さん――の友人が想像しているより何倍も強いから」
「強い、ですか?」
「そう。とっても強い子」
無意識に、眉が八の字に曲がる。
「いつもヘラって、ずっと愚痴を呟いている……らしいですけど」
「あら。愚痴を言っているから弱い、なんてことは一切ないのよ?」
「本当ですか?」
「いつも、どんな愚痴を言っているのかしら?」
「本当に色々ですよ。いつもいつも違う愚痴を話していて、よく世の中にそれだけ不満を持てるなぁー―って、友人がボヤいてました」
「じゃあ、やっぱり大丈夫」
不可解な言動に、オレは小首を傾げた。
それが面白かったのか、十六夜さんは微笑む。
「いつも違う愚痴が出るってことは、常に戦っている証拠よ。立派な人だわ」
まあ、いつも同じ愚痴の人はちょっとヨワヨワだけどね、と彼女は付け加えた。
オレは衝撃を受けて、喉をゴクリと鳴らした。
愚痴を言うのは、それだけ不満があるということ。
不満があるということは、常に理想を追い求めて走り続けているということだ。
現状で満足せず、常に進み続けている人間が、弱いはずない。
「たしかに、そうですね」
「ええ。そうでしょう?」
ほんのりのドヤ顔がかわいい。
「ありがとうございます」
「ちょっとはお役にたてたかしら?」
「はい。とっても」
「あら? それならよかった」
「何かお礼をさせてください」
十六夜さんはゆっくりと首を横に振った。
「いいわよ。いつも私もお世話になっているし」
「それだけだとオレの気持ちが収まらないです」
「そうねー。だったら、今度お店か配信にきてちょうだい」
「そんなことでいいんですか?」
十六夜さんは、上品に手を合わせながら微笑む。
「だって管理人さん、このマンションを建てられちゃうぐらいお金持ってるんでしょう? しっかり骨抜きにして、私なしで生きていけないようにしないと」
「ははは。わかりました。しっかり金づるになりますよ」
「よろしくね」
彼女の声は優しいのに、とっても強かだ。
まるで蜘蛛の巣。
聞けば聞くほどがんじがらめになって、 彼女の魅力から抜け出せなくなってしまいそうだ。
オレの心の中に推しがいなければ本当に危なかった。
お酒を飲み過ぎてゲロを吐かなければ、本当に素敵な女性だ。
「それでは、失礼しました」
「がんばってね。あくまで常識の範囲内で」
「はい。本当に、十六夜さんに相談してよかったです」
そして十六夜さんの部屋から出ると――
「…………ぁ」
なぜか、パジャマ姿の二本松さんが体育座りでいた。
手に持っているのは
「あ、いえ、その……」
オレの脳が名探偵ばりに回りだす。
もし彼女が『管理人が女性の部屋に入る現場』を目撃したら、どういう思考をするだろうか。
絶対に部屋の中でエロ同人誌みたいなことが起きていると想像するだろう。
そうなれば、彼女の創作のネタだ。
「……あ、あのぉ、そんな怖い顔しないでください」
オレはスタスタと歩き出す。
さっさと部屋に戻りたい。
「無言やめてくださいっ! 怖いです! 謝りますから! いくらでも同人誌あげますから無視しないでください!」
二本松さんにしがみつかれても、止まらない。
折角いい気分だったのが台無しだ。
そそくさと自分の部屋に戻った。
よし、二本松さんのことはさっさと忘れよう。
布団に入って目をつむる。
――その調子だよ。あと、もう少し仲良くしてあげて。
相変わらず、推しの声が聞こえる。
まあ、時間をループしている時点で正常な状態じゃない。
幻聴の1つや2つ聞こえてもおかしくないだろう。
オレは部屋の外で騒ぐ二本松さんを無視して、眠りにつくのだった。
誠に勝手ながら、本日から更新時間を変更させていただきます
20:40 → 22:20
ちょっと生活リズムを変更したためです




