第16話 迷探偵タマナシの珍々推理 中編
そもそも、オレはループについてほとんどなにも知らない。
検証していくつかなルールは把握できている。
だけど、それだけだ。
なんでループしているのか。
誰がループさせているのか。
それとも、偶然として起きた自然現象なのか。
疑問は尽きない。
だから、何を起きてもおかしくない。
いや、今までオレの都合のいいように使えていたのが異常だったのかもしれない。
さて、オレはすでに9周目に差し掛かっている。
ループ地点が変わってから3回炎上したのだ。
言っておくが、特に何も考えずにループしていたわけではない。
なぜ『三春さんの炎上が早まったのか』を常に考察して動き続けた。
だけど、結局のところ何もわかっていない。
おそらくはオレが三春さんの合コンについていったのがトリガーなのだろうという考えにいたり、8周目に断った結果、彼女が引きこもってしまった。
そうしたら、当然のように炎上した。
いまだ原因がよくわかっていない。
もしかたら、どこからか怪文書の犯人がこちらの様子を伺っていて、彼の気に入らない行動をしたら炎上するかもしれない。
そうだったとしたら、最悪だ。
「あーもー!!!」
独りで考えても、堂々巡りするだけだ。
あまり出来のいい脳ミソじゃないから、限度が来ている。
本当はこんなことしたくなったけど、背に腹は代えられない。
三春さんの合コンの動向をオーケーした後、オレが向かったのは女子棟の103号室だった。
つまり、女性3番目の入居者。
チャイムを押すと、インターホン越しに声が響く。
「はーい」
「すみません。管理人です」
「こんな時間にどうしたの? 家賃はまだ先よね?」
今は午後23時頃。
すでに就寝している住人もいるだろう。
「あの、本当に情けない話なのですが……」
住人にこんなことをするなんて、管理人兼オーナーとして恥ずかしい限りだ。
勇気を振り絞ってきたはずなのに、尻すぼみになってしまう。
「なに? 悩み事?」
「……そうなんです」
「じゃあ、ちょっと待ってて。玄関を開けるから」
「え?」
あっさりとした回答に、一瞬呆気に取られてしまった。
フリーター時代は誰かに相談するとき、もっと苦労した記憶しかない。
誰も他人の相談なんて好んで聞くわけがないし、面倒ごとを避けるのは自然なことだ。
だから、何か裏があるのではと身構えてしまう。
「いえ、スナックバーで奢りますので」
「いいのいいの。それじゃあ、私がお客様になっちゃうでしょう?」
「ですが……」
「悩んでいる人がおもてなししてどうするの」
「そういわれましても……」
「気にしないで。私、嬉しいのよー」
にこやかな笑みを浮かべた。
一見すれば本当にただの人好きのする笑顔なのに、目の前にすると逆らえる気がしない。
言うなれば、母親の発する圧に近いだろうか。
「男からの相談なんていっぱい聞いてきたんだから、気にしないで。弱みを出している男は好きだし」
「偉そうな男は嫌いなんですか?」
「金を払うだけで偉くなれるほど、この世は甘くない。なんでそんなこともわからないのかしらねぇ」
「あ、あはははははは」
乾いた笑いしか出てこない。
自分はそうじゃない、と言える自信がない。
一瞬、相談相手が彼女でよかったのか、と思ってしまう。
いや、ここに来る前に結論は出したはずだ。
こんな時間で起きているのは、昼夜逆転組だけ。五木さんと十六夜さんだ。
五木さん……。呑気で天然。相談相手としてあれほど不適切な人物もいないだろう。
今すぐ相談をお願いできるのは、十六夜さんしかいない。
「じゃあ、どうぞ」
「お邪魔します」
部屋に入ると、なんだかいい匂いがした。
テーブルの上には大量の化粧品が並んでいる。
棚の上にはおしゃれなオイルデュフューザーや高級バッグが置かれていて、知らない世界に来たような感覚に陥る。
「はい。どうぞ」
テーブルの前に座ると、気品の高いティーカップを差し出された。
中に入っている液体は、わずかに色がついていて、嗅いだことのない香りが漂っている。
「ハーブティーよ」
「あの、何か入ってないですよね?」
「あら? 意外と用心深いのね」
「ちょっといろいろありまして」
主に、二本松さんのせいである。
あの睡眠薬事件は未だに忘れられない。
本当に失礼なことを言っているのに、十六夜さんは気にする様子もない。
オレの方が年上なのに……。
本当に情けなくて思わず肩をすぼめてしまう。
彼女はオレのカップを一口飲んで、こともなげに言う。
「これで安全でしょ」
間接キス。
オレももう33歳だ。普通の間接キスは意識するほど初心じゃない。
だけど、相手はグラマラスで妖艶な十六夜さんだ。
仕事に行く準備をしている最中なのか、さわやかなのに鼻に残る香水のミストが漂っている。
異様に緊張して、無いはずの金玉が熱くなった気がした。
震える唇で一口飲んでみると、味に驚く。
すっきりしているのに、ほのかな甘みを感じる。
香りも良くて、自然と全身の筋肉がほぐれていくのを感じる。
「どう?」
「おいしいです。とっても」
「お客さんからもらったものなの。本当に助かるわー」
お客さんからのもらいもの。
そう考えると、少し申し訳ない気分になってしまう。
そのお客さんは、十六夜さんに喜んでほしくて送ったはずだ。それが、違う男の口に入ったと知るとどんな想いになるだろうか。
オレだったら、絶対にいい顔はできない。
でも、もう飲んでしまったのだから、しっかりと味わいお礼を告げて、十六夜さんを喜ばせることしかできない。
勝手な言い分だけど、それがこのプレゼントを贈ったお客さんに対する礼儀だ。
「とてもおいしいです。ありがとうございます」
「うふふ。どういたしまして」
カップから顔を上げると、十六夜さんはオレの顔を覗き込んでいた。
ゆったりと、オレの言葉を待っているようだ。
「あの、厄介な男性に詳しいですか?」
「もちろん。そういう人はいっぱい相手にしてきたからねー」
「そうですか」
そして、オレは相談内容を話しはじめた。




