第14話 合コンは修行僧の気持ちで臨むべし
正直、合コン自体は何度か経験したことがある。
20代の頃、何度も付き合いで参加した。
……数合わせや引き立て役として、だが。
だからか、合コンにはいい思い出が全くない。
そもそも、オレは人の顔を覚えるのも、名前を覚えるのも大の苦手だ。
一度自己紹介されたからって、それで人物を記憶できるわけがない。できる人間の頭は一体どうなっているのだろうか。カメラとSSDでも内蔵しているのだろうか。
たった一度しか会わないと考えれば気楽だけど、神経は摩耗する。
人の顔を覚えられないからしぐさや言動で人を判別できるようにして、やっと話せるようになる。
そうしているうちに女性たちの興味は他の男に向いて、オレは独りぼっちで帰るハメになるのだ。
そもそも、今のオレは玉ナシだ。
玉ナシが合コンに参加していいのだろうか。
そんな不安は一瞬で吹き飛んだ。
「こいつ、再会したら去勢してたのよ!?」
小さくて細い指に差されて、眉間に皺が寄る。
三春小桜は完全に暴れている。
自己紹介が終わって早々ビールを一気飲みしはじめて、すでに出来上がってしまっているのだ。
ちなみに、店員からはしっかりと年齢確認されていた。
運転免許証を持っていないから、結構苦労しているらしい。
これは結婚できないだろうなぁ。
VTuberマンションのことを話していないことだけは有難い。
「あー。えっと、苦労してますね」
「ありがとうございます」
本来、合コンの同性は敵と認識されるだろう。
それなのに、他の男に同情されている。
優しさが痛い。つらい。いたたまれない。
「高校生の時はもっと大人しかったはずなんだけどなぁ」
いや、違う。
お酒のせいだ。そう信じたい。
男5人に女4人。それと暴れる獅子1匹の合コンは、獅子が暴れるだけで終わりとなった。
その帰り路。
オレは三春さんをおんぶさせられた。
本人曰く『歩けない』らしい。
明日彼女の配信がなければ、放置していたところだ。
「ねえ、あんた、他の女で誰が好みだった?」
「全然覚えてません。そもそも顔を覚えられないので」
「そうだったわね。それでよく話せるわ」
「まあ、こんな悪い頭でもなんとか生きていますから」
背中越しに、短いため息が聞こえた。
「相手のこと覚えてないと話す内容も決められないし、話の広げようがないでしょ」
「相手のことは覚えてますよ。話している間は。今はもううろ覚えですが」
突然、背中に乗った彼女がピクリと反応した。
「どうしたんですか?」
「なんか、前の彼氏を思い出した。リスナーから選んだ人」
「なんでですか?」
少し考え込む三春さん。
「あー。匂いだ。なんか、前の彼氏が着けていた香水と同じ匂いがする」
「オレは香水をつかいませんよ」
オレも嗅いでみても、特に香水の匂いを感じられない。
彼女が酔い過ぎているだけだろう。
「なんで。もう少し見た目に気を遣えばマシになるのに」
「香水を買うぐらいならスパチャをします」
「あんた、相変わらずねぇ」
すごくバカにする言い方だったけど、なぜか悪い気がしない。
「ねえ、なんでそんな好きなことに真っすぐになれるの?」
「好きだから、ですよ」
「普通の人は『好き』をそんに突き通せないのよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなの」
3秒ぐらい無言になった後、小さくて酒臭い口が開く。
「あたし、配信が好きなのかな? VTuber活動が好きなのかな?」
「好きじゃ、ないんですか?」
できれば聞きたくない。
もし彼女がVTuber活動を嫌いと言ったら、心に傷が残るかもしれない。
「多分、好きなんだと思う。だけど自信がない」
「自信がない、ですか」
「うん。配信してるときはとっても楽しい。リスナー。ああ、生きていてよかったなぁ、と思う」
「じゃあ、いいじゃないですか。絶対好きですよ」
彼女が何を言いたいのか、まったくわからない。
「だけど、たまに思うの。これは本当のあたしじゃないって」
「本当の自分なんて、考えても仕方がないですよ。きっとそんなものはないので」
「そうなのかなぁ」
三春さんは納得していないような曖昧な声音で呟いた。
「本心で話しているつもりだけど、配信の中のあたしはあたしの中で作ったあたしって気がする」
「言葉遊びですか?」
「違う。もっとちゃんと聞いて」
オレは「はいはい」と返事をした。
正直、こんな風にダル絡みされるのは嫌いじゃない。
「リスナーを騙しているとかじゃなくて、活動者のブランディング的に少し態度が変わっちゃう」
「ブランディング……」
普段はあまり聞かない言葉に、一瞬辟易してしまう。
三春さんも立派な有名企業のVTuberだ。
ブランディングのひとつやふたつ、常に考えて配信をしているだろう。
普通に考えていればわかる事だけど、普段楽しんでいるエンターテインメントの裏側を覗くと微妙なリアクションになってしまう。
「なんていうか、それって本当の自分じゃないから。仕事をしている自分。仮面と猫をかぶってる」
「それはVTuberだから、ですか?」
VTuberは顔を見せない。
だからこそ、そんな感覚があるのではないだろうか。
「それは関係ない。顔を出しているかどうかじゃなくて、心持ちの問題」
「心持ち……」
ついつい、居酒屋で食べたおこわがおいしかったなぁ、と考えてしまう。
真面目な話は苦手だ。
茶化したいけど、茶化したら絶対に機嫌を損ねてしまう。我慢一択だ。
ここはちょっと話をずらすんだ。
「じゃあ、なんでVTuberをはじめようと思ったんですか?」
「えー。なんでだっけ」
「覚えてないんですか?」
「ああ、そうだ」
なぜか、頭を撫でられた。
とてもやさしく。子犬を撫でるみたいに。
「あんたが声を褒めてくれたから」
「え?」
そういえば、彼女のことが好きなことになった理由は、声だった。
声が好きで、見た目も気になって、どんどん好きになっていった。
一番星銀花も、一番好きなのは声かもしれない。
「あたし、容姿にはそこまで自信はないけど、声で勝負できるVTuberならなんとかできると思ったから」
「見た目もかわいいですよ」
「でも、ちんちくりんだし……胸ないし……顔に愛嬌ないし……」
「そんなことないですよ。十分可愛いです」
「十分かぁ。まあ、ありがとうって言っておく」
「なんで上から目線なんですか」
軽口を叩いていると、高校時代を思い出してしまう。
なんだか若返った気分だ。
だけど、それもほんの一瞬で終わった。
過去には生きられない。
「ねえ。マンション、つぶさないでよ。居心地いいから」
「わかってますよ。命が燃え尽きても守り続けます」
「あんたが燃え尽きてどうするのよ。あんたのマンションなんだから」
「たしかにそうですね」
何が面白いのか、三春さんは笑い出した。
なんだか勝手に吹っ切れたみたいだ。
意味はわからないけどよかった。
空を見上げると、お月様が目に入る。
徐々に気分が上がって、疲れた体に気力がみなぎっていく。
明日からまた頑張ろう。
炎上を止めよう。
住人が少しでも快適に暮らせるように最善をつくそう。
オレはお月様と、一番星銀花にそう誓うのだった。
そして次の日、炎上した。
なんで……?




