第13話 合法ロリの憂鬱
「ねえ、なんであたしには王子様がいないと思う?」
メモを書いた次の日。
マンション内のスナックバーにて。
計画通り。
きっと、今のオレはすごく悪い顔をしているだろう。
直接聞いたとしても、彼女は素直に答えるわけがない。
三春小桜とはそういう女だ。
だからお酒で口をふにゃふにゃにして、話を誘導している最中である。
ここまでくれば、オレの欲しい情報までもうすぐだ。
彼女の口か出てくる愚痴のほとんどは、婚活関係だ。
VTuber活動関係での愚痴はほとんど聞いたことがない。スタッフに対する愚痴ぐらいだろうか。
「今まで付き合ってきた男の中に、王子様はいなかったんですか?」
「そうねぇ。いないわね」
「オレも含めて、ですか?」
「あんたが王子様なわけないでしょ。まあ、一番長く続いたけど」
オレ達の交際期間は、約2年。
高校時代の大半を一緒に過ごした。
学生時代が一番長く続いたというのだから、彼女自身に何か問題がありそうに思える。
「最後に恋人がいたのはいつですか?」
「……1年前」
「どんな人だったんですか?」
「……言いたくない」
「そういえば、以前リスナーから彼氏を募集してましたよね?」
「――――――――!!!!」
突然、彼女は言葉にならない悲鳴を上げた。
まだアルコールが足りなかったのだろうか。こっそり強めのジンでも継ぎ足しておこう。
オレが聞きたかったのは、この話だ。
約1年と半年前。
彼女は配信で新しい恋人を募集するという、狂気の企画を実施した。
結果、300名を超える応募があり、書類審査を経て、配信内での
最終的に選ばれたのは、高身長高学歴、お医者さんをしている30代前半の男性だった。
現代日本において、かなりの優良物件と言えるだろう。
「彼はかなり王子様っぽかったと思いますけど」
「ああ。彼は……」
すごく遠い目だ。
1年前の出来事なのに、何十年も前の出来事を思い出しているように見える。
それだけ記憶の奥底に封印していたのかもしれない。
まあ、容赦なく訊くけど。
「なんでフラれたんですか?」
「なんであたしがフラれた前提なのよ。……まあ、当たらずとも遠からずだけど」
「というと?」
「あたしの姿が、若いころに亡くなった妹と被るんだって」
「ああ……」
なんとも反応しにくい理由だ。
正直、元カノと交際していた男の話なんて耳に入れたくない。
だけど、聞かなくてはいけない。
このリスナーが、彼女が1周目で炎上した件に関わっているから。
彼の情報を聞き出し、炎上を阻止する。
それが今のオレの目標だ。
「その方、お医者さんだったんですよね?」
「そう。いつも忙しいのに、あたしのために時間をとってくれた。」
「今はどこで何をしているとか知っているんですか? 連絡先とかも」
「わかんないわよ。わかるわけないし、知りたくもない」
一気に酒をあおる三春さん。
体は小さいのによく飲める。体のほとんどが肝臓で出来てるんじゃないかと疑ってしまう。
「でも、まだ配信を見に来てくれてるし」
「配信、見に……」
それは複雑な気分だろう。
元カノが配信を見ているだけで、そこまでいい気持ちはしないだろうし、なにより相手は個人情報を知っている。
顔を隠しているVTuberにとって、情報1つ流されるだけでも致命的になる場合がある。
まあ、彼女の場合は公然と婚活している時点で今さらかもしれないけど。
「なんで見に来るんでしょうね?」
「どうやら、まだあたしのことは好きみたい。妹として」
「ああ。なるほど」
恋人としては相性は悪いけど、妹の代わりとして扱っているのだろう。
だけど、三春さんが求めているのは兄ではない。王子様みたいな旦那さんだ。
2人の感情が一致することはないだろう。
「どの人なんですか? ブイックスのアカウントは?」
酔っていて判断が鈍っているのか、彼女はあっさりと教えてくれた。
ブイックスを覗いても、あまり発言が多い人ではないようだ。
「あーあ。こんなこと忘れられるようないい人と出会いたい。結婚したい」
ちょっと訊いてみたくなった。
「なんで結婚したいんですか?」
「独りが嫌だから。独りで死にたくない。誰だってそうでしょう?」
確かに独りは怖い。
その恐怖をぬぐってくれる最もポピュラーな手段は、やはり結婚だろう。
「でも、それなら相手が王子様じゃなくてもいいじゃないですか。一緒にいてくれるなら」
「せっかくなら、少しでもいい人を求めたい。妥協したくない。後悔したくない」
「なんでですか?」
「車や家なんかより、よっぽど大事なものだから。あたしの人生の全てになるかもしれないんだから、こだわり抜かないと」
彼女の考えは理解できる。
だけど、納得はできない。
「完璧な人なんていませんよ」
「別に完璧さは求めてない」
「でも、妥協はしないんですよね?」
「……まあね。完璧じゃなくても、理想は譲れない」
どこからどうみて、彼女の理想は完璧に限りなく近い。
なんだか煮え切らない態度に、少しイラッとしてしまう。
「その理想の中に、健康だったり収入が入っているんですよね?」
「うん」
「じゃあ、病気で働けなくなったらどうするんですか? 見捨てるんですか?」
彼女は驚いたよう目を見開いた。
「……別に、そう思ってる訳じゃないわよ」
しばらくにらめっこが続く。
「ねえ、でも、やっぱり……」
言葉に詰まっているみたいだ。
「あんた、あたしの家庭事情知ってるでしょ?」
「……はい」
別れる前に、聞かされた。
当時は彼女のことが本当に大好きで、全く気にならなかった。
だけど、今思えば重すぎる境遇だ。
「幸せってなんなのかしらねぇ」
おそらくは独り言だろう。
答えなんて求めていない。
だけど、オレは自分の考えを伝えないといけない気がした。
「幸せは、信じるものです」
「信じる?」
そうです、とオレは続ける。
「今が幸せだと信じて、突き通して、自分の中で守り切るんです」
「でも、自分でいくら信じても誰かに壊されるでしょ? 絶対に」
幸せがあれば不幸がある。
ずっと幸せなんて、続くわけがない。
「だから、少しでも長く続くように信じるんですよ。幸せなんて、心の中にしかないんですから」
「それがあんたの幸せなの?」
「そうです」
少女みたいな見た目には全く似つかわしくない、疲れた笑みを浮かべる三春さん。
「やっぱり、あんたと別れてよかったわ」
「酷い言い草ですね」
それから無言の時間が続いた。
三春さんは酔いが冷めてしまったようで、お冷を要求してきた。
彼女はキンキンに冷えた水が好きではない。
常温ぐらいのミネラルウォーターを出すと、ゆっくりと口をつけた。
半分ぐらい飲んだ後、呟くような小さい声で話しかけてくる。
「ねえ、明日、一緒に合コンに出てくれない?」
自分のかわいさを十全に活かし切った上目遣い。
思い出してしまう。
三春さんと――いや、小桜先輩との高校時代。
ただただ純粋に恋心を育めばよかっただけの青春。
喧嘩をしたときも、デートの行き先を決める時も、割り勘でもめた時も――
いつも、小桜先輩には勝てなかった。
本当にずるい。
この目で訴えられると、断れた試しがない。




