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第10話 薔薇に挟まる蝶は絵になる

 お酒に弱い人のことを下戸(げこ)というけど、なぜそんな呼び方をするのだろうか。

 逆にお酒に強い人のことはザルというけど、そっちは直観的でわかりやすい。


 気になって下戸の由来を調べたことがある。


 下戸の由来は、701年に制定された

 学校で習ったのかもしれないが、そんなものは全く覚えていない。


 当時は身分によって飲める酒の量が決まっており、大戸、上戸、中戸、下戸と階級が後になるほどに減っていった。

 

 身分で飲酒を制限されるなんて、今では考えられない話だ。

 ちなみに『笑い上戸』や『泣き上戸』の『上戸』もこれが由来らしい。


 1300年以上前の言葉が現存して、今でも日常会話で使われている。

 そう考えると、少し誇らしい気分になってしまう。


 ちなみに、オレは下戸だ。

 お酒はあまり飲めないし、数口飲めばすぐに酔っぱらってしまう。

 だからお酒の飲み比べが難しくて、スナックバーに並べるお酒も無難なチョイスがほとんどになっている。


 例えば、酒乱のお姉さんに意見を仰いでみたい。


 さて、現実逃避もこれくらいにしようか。



「ごめん……なさい……」



 目の前にいるのは、グラマラスな美女だ。

 ゲロを吐いていなければ、思わず近寄ってしまうだろう。

 いつの間にか、運んでいるゴミ袋を落としていた。


 彼女は最後の入居者である。


 十六夜(いざよい)陽子(ようこ)

 圧倒的なトーク力が人気なVTuber。

 そして、彼女には公言している(・・・・)もう1つの顔がある。



「こんなところで吐いてどうしたんですか?」

「……部屋に、運んで」

「なんで外に出てきたんですか?」

「風に当たりたかったから……」

「それなら、自分の部屋の窓から浴びてくだいよ」

「あそこの風、きらい」



 オレは呆れながらも、十六夜さんに肩を貸した。


 そして感じる、ふくよかな感触。


 去勢しているからだろうか。

 それとも、心の中にずっと推しがいるからだろうか。

 あまりドキドキしない。



「じゃあ、歩きますよ」

「……すみません」


 

 十六夜さんの部屋に入る。

 部屋はキレイに片付いていた。

 少し下着が落ちているけど、さっき見た五木さんの汚部屋と比べると天国に思える。


 ゆっくりと彼女を座らせて、ふいに大きな胸を見てしまう。



「ん? どうしたんですか?」

「いえ。いい体だなー、と見ていました」

「欲情したー?」

「いえ、それは別問題です。なんというか、大きいのはついつい見てしまうだけです」

「それはそれで傷つく」



 唇を少し尖らせる十六夜さん。


 本当に彼女は、マンガの世界から出てきたのかと疑うほどに女性らしい体つきをしている。

 それなのに、オレはあまり興奮できない。

 よくよく考えれば、合法ロリの三春さんと付き合っていたことがあるし、推しの『一番星銀花』の見た目どちらかと言えば幼女体型寄りだ。


 ……これ以上考えるのはやめておこう。



「それで、今から仕事ですか?」

「そう。今日もオッサン達のお話相手」



 水を渡すと、十六夜さんは一気に飲み干した。

 見ていて気持ちのいい飲みっぷりだ。


 彼女のもう1つの顔。

 それは、夜職としての顔だ。


 VTuberは『インターネットキャバクラ』と揶揄されることがあるが、あの言い方は好きになれない。

 似ているところはあるし、近い能力を求められることは多いだろう。


 だが、配信はリスナーと配信者が紡ぎあげるエンターテインメントだ。

 配信者がリスナーを気持ちよくさせるためのものではないのだから、キャバクラとは性質がまるで違う。


 

「いつもお仕事お疲れ様です」

「本当。昨日もしんどかった。変なおじさんに絡まれるし」

「大変ですね」

「でも、いいと思う時もあるよのよー?」

「ほう。どういう時ですか?」



 自分が全く知らない界隈の話には、かなり興味がそそられる。



「たまに、会社の後輩を連れてくる中年がいるんだけど」

「はい」



 よくありそうな話だ。



「先輩と後輩と別々に仲良くなって、アフターすることがあるの。その時。あー、この仕事をしていてよかったなー、って思っちゃう」

「なんでですか?」

「仕事場ではただの先輩後輩の関係なのに、私を通して穴兄弟になってるんだなぁ、って思うとすごく興奮する」



 ふと、十六夜さんの部屋を見渡す。

 大量の本棚が並べられており、一見知的に見えるが、背表紙を見るとそうではないとすぐにわかるだろう。

 BL漫画やBL同人誌がびっしりと並べられている。


 この部屋にいるだけで危機感が湧き上がり、自然と尻の穴がキュッと閉まる。



「好きなんですね。そういうの」

「うん。大好きなのよー」



 ちなみに、BLやGL――同性愛が好きな人にも、いくつかの派閥がある。

 単純にカップリングを楽しみ、その間に絶対誰もはさみたくない派。

 逆に、カップリングの間に自分が挟まれたいと夢想する派。


 彼女は後者のようだ。


 1周目とまったく同じだ。



「あの、1つ質問なんですが」

「なに? 管理人さんなら何でも答えちゃう」

「自分のリスナーでBL小説とか書いてないですよね?」



 一瞬の間。



「えっ……!」



 彼女は驚いた声をあげたあと、とっさに顔を背けた。


 やっぱり、今回の周回でも書いているか。


 彼女が1周目で炎上した理由。

 それは、リスナー同士を生ものカップリングして小説を書いてしまったことだった。


 書くだけならいい。

 誰の目にも触れなければ、何を書いたっていいのが創作だ。

 だけど、彼女は手違いでその小説を公開してしまったのだ。


 ネタにされた本人たちが発狂し、コメント欄は大荒れ。

 ネタにされたリスナーをうらやむもの。

 禁忌に手を出したと魔女裁判にかけようとするもの。

 お祭り騒ぎで対立煽りをするものなど。


 かなりの炎上になっていた。



「書くのは自由ですけど、ちゃんと隠してくださいよ」

「わかってる」



 ここで消せ、と言えれば楽かもしれない。

 だけど、できる限りそういうことはしたくない。

 創作者にとって、自らの創作物を捨てることは四肢を切り落とすぐらいの苦しみが伴う。


 そんな苦しみを背負わせてまで、炎上を阻止しようとはどうしても思えない。



「じゃあ、オレは行きますね」

「管理人さん、運んでくれてありがとう」

「どういたしまして」



 オレは十六夜さんの部屋を後にして、廊下のゲロを処理した。

 もう日は沈み、夜が迫っている。


 日付を確認すると、ついつい目が鋭くなる。



 そろそろあの時期(・・・・)がやってくる。


 

 5人が同時に炎上した日。


 今までは情報収集と、二本松さんの炎上阻止を中心に動いてきた。

 ……二本松さんについては諦めたけど。

 だがしかしっ! これからは攻勢にでる。


 対策を打ち、1つでも多くの炎上の種をつぶそう。

 今回失敗しても、次に活かすことを考える。

 何回炎上しても、最終的にすべてを阻止すればいいのだ。


 改めて誓う。


 オレはこのマンションを守るんだ。

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