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03

「おい、佐藤、大丈夫か?」


「ん…ああ、まあね」


今は終業式の日の休み時間。

クラスメイト達は各々夏休みの話題で盛り上がっている。

健康的に日焼けして充実していたと見える近藤とは対照的に、自分でわかるほど僕の顔は青白かった。

あの日から今日まで自分が何をしていたのか全く思い出せない。

1カ月弱という時間がまるで永遠のようだった。


「本当に大丈夫か?無理しないで保健室行って来いよ。俺が口利いとくから」


「いいよ、気持ちだけ受け取っとく」


「ちょっと水を飲んでくる」、と言って立ち上がろったものの、軽い眩暈にふらつく。


「……成田さんのことか?」


歩き出そうとした足を思わず止めてしまう。

鋭い。伊達に1年以上つるんでないものだ…


「あれは…事故みたいなものだろ、仕方ないさ。……大丈夫だって!お前はいいやつなんだからもっといい彼女作れるって!俺が保証してやるから」


全く…どうしてこいつはこんなにもお人よしなんだ。

近藤へ顔だけ振り向く。彼はともすれば泣き出しそうに顔を歪めていた。


「うん、ありがとう」


そういって微笑み、まだ何か言いたげな近藤を残し教室を出る。

水を飲みに行くというのは半分本当だ。

喉がカラカラに乾ききってしまっていたのだ。

そしてもう半分というのは…


「おい、佐藤もうすぐ予鈴だぞ……お前、大丈夫か?」


担任の吉田先生が向こうから歩いてきた。


「ええ…それより先生、あの、成田さんのことで話したいことが…」


吉田先生は傍目にわかるほど眉を顰める。


「…大事な話か?」


「ええ」


成田さんのことはすでに朝礼時でも、また、全校集会時でも話されていた。

対する生徒たちの反応は、ざわつきはしたものの、彼女に特に親しい友人がいたというわけでもなかったのか大きく取り乱した様子の人はいなかった。

それは、僕を含めて彼らが、彼女が自殺するに至った理由に心当たりがなかったことを暗に示しているようにも見えた。

吉田先生は少し考えこみ、「16時頃に進路指導室に来てくれ」と言い別れる。

僕は水飲み場へ着き水を飲もうとして、ふと思いなおして冷水で顔を濡らした。


*******


「おう、待たせたな佐藤」


「いえ、あの、この人は…」


進路指導室に通された部屋では僕と吉田先生のほかに男が一人いた。

警察服を着た人だ。恐らく、いや間違いなく警察官なのだろう。


「ああ、この人は上野さんと言ってな。成田の事件の聞き込み調査などを担当している人だ」


その警察官の方は「すいません、上野じゃなくて上田です」と訂正しつつも自己紹介をし、「もし気になることなどがあったら本官からも質問させてほしいです」と付け加えた。

窓の外は夕暮れに染まり、生徒の笑い声に交じってヒグラシの声が響いていた。


「いやー、すみません!上田さんですね。…佐藤、それで大事な話ってのは?」


吉田先生が促してくる。


「はい、夏休み中成田さんからトークアプリでメッセージが届いていたんです。8月1日でした。文面はわからず、送り先をどうやら間違えたようなのですが、こうなってしまうとこれにも何か意味があったように思えてきてしまって」


そう言って成田さんのあの日のやりとりの(やりとりといっていいのか?)画面を二人に見せる。

二人とも画面を見て眉を顰める。

しばし無言の時間が続いた。

やがて上野…上田さんは持ってきた書類に目を落とし、吉田先生は「佐藤は成田とその、交際していたのか?」と尋ねてくる。


「いえ…ただのクラスメイトです。特に接点もないです」


「そうか…彼女の死に心当たりはないか?」


「いえ、わかりません。彼女が何か悩んでいるという様子もありませんでした」


そうして、夏休み前、彼女の笑っていた様子を思い出す。

あれはまず、何かに迷っているという人間の顔にはとても見えなかった。

ふたたび沈黙の時間が流れる。

上田さんが書類から目を上げ、質問してきた。


「成田さんの死についてはニュースで見ましたか?」


「ええ、確か、自宅の浴室で首吊り自殺をしていたって」


そうですか、と上田さんは席を立ち、進路指導室の扉についた小窓から誰もいないことを確認したのち、小窓に備え付けられたカーテンをゆっくり閉めた。

しばらく逡巡したのち、「彼女の死亡時の様子を聞きたいですか?」と聞いてきた。

「……はい」と僕は答える。

もしも彼女が本当は何かメッセージを送ろうとしていたのだとしたら、ここで食い下がらなければ彼女について結局わからないまま終わってしまう。

そう考えた末での返答だった。


「誰にも言わないと約束できますか?」


「はい」


「後悔しませんか?命をかけられますか?」


この話でその言い回しはどうだろうと思ったものの、「は、はい…」と気おされつつも答える。

もし、後になってこの時を思い返すのなら、おそらくここが最終警告だったのだろう。

僕の人生観の分岐点という意味では。

上田さんは深くため息をつき、「わかりました。では…」と続ける。


彼女についての話が始まった。


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